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第九話


『ギャッギャッギャ!』


『キキー!』


 壁空の神殿の外部。

 広大な木々と石の迷宮に、無数の暴獣が群がる。


 その構成は前回のクラウドシャークのように単一ではなく、巨大な何枚もの羽を持つ大空ムカデや、大きな翼を広げるキラーコンドルなど。

 とてもではないが、〝自然に集まったとは思えない〟ほどに多種多様だった。

 

「エミリオ殿、俺にしっかり掴まっててくれ!!」


「落ちそうだったら言ってねー」


「は、はひぃっ!」


「ルカとアズレルさんはお兄様を! 先導は、私とレディスカーレットが引き受けますっ!!」


「頼む! 気を付けてな、リゼット!」


 ゴーレムとの戦闘によって荒れ果てた祭壇の間。

 ルカはエミリオを抱えてアズレルに飛び乗り、アズレルが咆哮と共にその翼を広げる。


 同じくリゼットは軽快な身のこなしで愛機のコックピットに飛び乗ると、丸められた飛行帽とゴーグルを素早く装備。

 コックピット横のバルブをゆっくりと開き、正面にある計器類の変化を冷静に見つめながら、足元のレバーをギコギコと動かしてエンジンに大気を送り込む。

 

「内部圧力よし……! 大気混合率、反応量、回転数よし! レディスカーレット、出ます! ちゃんと付いてきてくださいねっ!」


 瞬間、真紅の機体の側面から一斉に白い蒸気が放出。

 同時にプロペラが一気に回転速度を上げ、浮遊したままのフェザーシップに推進力を与えて加速。

 リゼットはそのまま速度を上げると、先ほど入ってきた祭壇の入り口に滑るように機体を飛び込ませる。


「とにかく、まずはこの遺跡から出なくてはな! 山ほどの暴獣の相手はそれからだ!」


「だ、だけど二人とも……外までの道はわかるの!?」


「いったん道なりに飛びます! それに、私の予想通りなら――!」


 狭く入り組んだ古代神殿の通路。

 そこを真紅のフェザーシップがけたたましいエンジンとプロペラの音を残して加速し、その後を青いドラゴンが竜騎士を乗せて羽ばたく。


 目指すは、壁空の神殿からの脱出。


 神殿の通路はところどころ崩落してはいるが、砕けた壁面を古木が塞ぐ構造のため、結局は通ってきた道を戻るのが最短距離となる。


『ギギギー!』


「やっぱり、そうくると思ってました!」


「先回りされたか!!」


 フェザーシップやアズレルは通れなくても、大小様々な暴獣の群れの中には、崩れた壁の隙間から侵入する個体もいる。

 現れた羽虫状の暴獣は、先頭を行くレディスカーレットを見て一斉に飛びかかる。


「邪魔ですっ!」


 暴獣の妨害を予想していたリゼットは即座に機銃斉射。

 邪魔な羽虫を一瞬で撃ち抜くと、次々と炸裂する爆炎を流れるように回避、全く速度を落とさずに切り抜ける。


「ひぃっ! や、やっぱりこの暴獣普通じゃないよっ! もしかして……祭壇をあんな風にした犯人が、遺跡にきた人を逃がさないために!?」


「そんなっ!? なら犯人はゴーレムだけじゃなくて、暴獣まで操れるっていうんですか!?」


「もはや悪戯で済むレベルではないのだが!?」


「そうなのー?」


「僕は今回、この遺跡でレジェールの水不足解決の手がかりがを見つけようと思ってたんだ……でももし浮遊大陸の水資源の量と、古代遺跡が本当に繋がっていて……そのシステムが今も生きているんだとしたら……そして犯人はそれを知ってて、この遺跡のシステムに細工を……? けど本当にそんなことできるの……!?」


 明らかに通常の枠組みを外れた暴獣の行動。

 そして、祭壇に現れた機械ゴーレム。

 

 エミリオはもはや恐怖も忘れ、アズレルとルカにしがみつきながら必死にその脳内を高速回転させる。しかし――。


『ギャギャギャー!』


『ギギイイイイ!!』


「っ――!」


 だがその時だった。

 遺跡のぶ厚い壁面を砕きながら、全長20メートルはある巨大な羽サソリと空クモが同時に出現。

 ルカ達の進む通路を、その巨体で完全封殺する。


「塞がれた――!」


 その時点で先頭を飛行するレディスカーレットと、現れた二体の暴獣までの距離はわずか400メートル前後。


 時速200キロ以上で飛行するフェザーシップにとって、その距離は回避行動をとるにも、機銃による撃破を狙うにも到底間に合わない距離だ。だが――!


「ルカ、私に――!」


「――任せる!」


 だがしかし。

 迫り来る絶望の光景を前にして、リゼットはその輝く瞳を大きく見開く。


 するとどうだろう。

 リゼットが意識を極限まで収束したその瞬間。

 彼女の視界が、波が引くように色を失う。


 そして代わりに現れたのは、まるで〝厚塗りの油絵絵画〟のように見える灰色の世界。


 リゼットはその中で、目の前に現れた二体の暴獣と、その間に存在するほんの少しの隙間を抜ける、さざ波のような流線――〝風の流れを目視〟。

 さらに暴獣が繰り出す糸や爪による攻撃も、攻撃の圧力で押し出される〝風を視認する〟ことで全ての軌道を完全予知。


 若くして〝レジェールのトップエース〟と人々から呼ばれる赤髪の少女は、その神技的な操縦技術で攻撃と封殺の合間に突入。

 暴獣が砕いた神殿壁面の大穴をくぐり抜け、どこまでも広がる青空の下に飛翔する。


「ひええええええっ!?」


「うおおおおおっ!? や、やったなリゼット!!」


「わー! しっぽにちょっとだけぶつかったー!」


「ど、どど……どーですか私の超絶操縦テクニックはっ!? い、今のはさすがにほんのちょっとだけ危なかったですけど、私とこの子にかかればこんなもんです!」


 緊張から解放されたリゼットが安堵の息をつくのと同時。

 彼女の世界に鮮やかな色が舞い戻り、リゼットが見極めた軌道を追って、ルカとアズレルもまた青空の下へと躍り出る。


「さすがに、今のはリゼットがいなかったら完全に詰んでいた……これまで何度言ったかわからんが、これからも何度でも言うぞ! ありがとう!!」


「も、もしかして今のって……父上と母上が前に話してた、リゼットにだけ見えるっていう風の流れ……〝空の道〟を使ったの?」


「ですです! そういえば、お兄様の前で使ったのは初めてでしたっけ?」


 空の道。


 それはリゼットだけに見える、〝可視化された大気の流れ〟のことだ。


 神はリゼットの世界から色を奪い。

 代わりに風を与えた。


 リゼットは、生まれつき色を認識することができなかった。

 だが彼女はその幼い瞳に映るモノトーンの視界で、絶えず形を変える風の流れを見つめていた。


 しかし〝ある日の出来事〟が彼女の世界を変え、リゼットの瞳は色彩を知覚できるようになる。

 そして生まれながらに持っていた風と灰色の視覚と合わせ、二つの視覚世界を自由に行き来できるようになったのだ。

 

「むー。ドラゴンのボクでもそんなの見えないのにー、どうしてキミはそんなことができるのさー?」


「それは私にもさっぱり……でも、ルカと一緒に飛ぶのにはとっても役に立ってます!」


「役に立つどころではないぞ! さっきも言ったが、俺がこれまで何度リゼットの力に助けられたことか……っと、外に出て安心してしまったが、まだまだ油断は禁物だったな!!」


 リゼットの先導によって神殿から抜け出したルカ達は、すでに周囲に群がっていた暴獣の群れを見て再び気を引き締める。


「これだけの数だ、さすがに全てを倒すのは難しいが……突破するだけなら話は別だ!!」


「ですね! さっきまでと違って、今度はこの空を自由に使えますから!」


「そ、それはいいけど……! 頼むからお手柔らかにお願いしますぅぅぅううっ!」


「ねーねー! 早くお家に帰ってご飯にしようよー! ボク、もうお腹ぺこぺこー!」


 空を埋め尽くす暴獣を前に、ルカは再び竜槍を構え、リゼットは迷わず愛機の速度を上昇させる。


 青い竜と赤いフェザーシップの影が空で重なり、襲いかかる敵の渦に恐れることなく突撃。

 無数の爆炎と炸裂が、人里離れた壁空の神殿の上空をまばゆく照らす。


 そして、それから半日。


 竜騎士ルカと王女リゼット。

 そして王子エミリオは傷一つ負うことなく、無事にレジェール王国の王城へと帰還したのであった――。



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