第七十七話
「こ、これは……っ」
「これが、最果ての空の向こう側……」
永遠に続くとすら思えた雷雲の先。
荒れ狂う暴風を抜け、満身創痍となった二人が見たのはあまりにも美しい世界だった。
極寒であるはずの極地でありながら、ぶ厚い雲に区切られたその空は実に暖かい。
そこにある広大な大陸には緑の木々が溢れ、大小様々な動物たちが暮らす。
穏やかに流れる大河と、流れ落ちる雄大な滝。そしてそこにかかる虹は、この土地が豊かな水資源に恵まれていることを示していた。
そしてなによりルカ達を驚かせたもの。
それはこの区切られた空を悠々と飛ぶ、数え切れないほどの〝ドラゴンの群れ〟だった。
「ドラゴンが、こんなにたくさん……!」
「消えたドラゴンは、みんなここにいたのか……」
「はふー……ちょーっとヒヤヒヤしたけど、なんとか帰って来れたみたい。お疲れ様、ルカ。それにリゼットもね!」
「そ、そうだ! 最果ての空を越えられたのはいいが、俺達はそのシステムとやらに認めてもらう必要があるのではないか!? これからどうすればいい!?」
「ですです! 見とれてる場合じゃありませんでしたっ!」
「あははっ。心配しなくてももう大丈夫……ほら、二人とも見てごらん!」
一時その光景に目を奪われたルカとリゼットだが、そもそも二人は世界の滅びを止めるためにここに来たのだ。
だが焦る二人に、アズレルはにこにこと笑って上空を見るようにうながした。
「よくわからんが、凄い勢いでドラゴンが集まってくるのだが!?」
「ちょ……! 本当に大丈夫なんですかこれ!?」
「ここに来る前にちゃんと説明したでしょ? システムに君達を見せるんだーって。実はそのシステムって、ボク達ドラゴンのことなんだよねー」
「さっぱりわからんのだが!?」
「簡単に言うと、ドラゴンはシステムに命令ができるんだよ。だからこの世界を滅ぼすかどうかも、〝ボク達ドラゴンみんなで決める〟ってことー!」
「ま、マジですかっ!? じゃあこの状況ってもしかして、私達が本当に大丈夫かどうかチェックされてるってことなんです!?」
最果ての空を越えた先。
そこで待っていた無数のドラゴン達が、美しい編隊を組んでルカとアズレル、そしてボロボロに傷ついたレディスカーレットの周囲で円を描くようにして飛ぶ。
色も大きさも様々なドラゴン達に見つめられ、ルカとリゼットはまるで試験を受ける学生のような緊張した面持ちでごくりと喉を鳴らした。すると――。
「ねえ、ルカ」
「ん? どうした、アズレル?」
「ルカはさ……この世界のことどう思う?」
「世界?」
突然、アズレルは普段と同じように。
しかしどこか彼女らしくない静けさでルカにそう尋ねた。
「ボクから見ても、今のルカはとっても頑張ってると思う。けどルカはこれまで凄く大変な目にあってたよね? ギルドから追い出されたり、竜騎士だからって差別されたり、馬鹿にされたりしてきた……辛いことだって、本当にいっぱいあったよね?」
「そうだな……」
「それでも、ルカはこの空が好き?」
「むーん?」
その問いは、まるでルカに最後の判断を委ねているように聞こえた。
しかしルカがアズレルの顔を見ると、当のアズレルは特に神妙でも何でもなく、いつも通りのニコニコ笑顔だった。だから――。
「ああ……俺はこの世界が大好きだ! たしかに辛いことも悲しいこともたくさんあったが……それでも俺は、心の底からこの空に生まれて良かったと思ってる!! ――って、俺ならそう言うに決まってるだろう!? 最初からわかってて聞いたなっ!?」
「えへへー、まーねー! というわけだから、みんなもいいよねー?」
ルカなら、きっとそう答えるだろうと。
思った通りの答えにアズレルは無邪気に笑い、空に集まる大勢の同胞達に呼び掛ける。
するとどうだろう。
ルカとリゼットの周囲をぐるぐると羽ばたくドラゴン達は、まるで我が子の成長を見届けたかのように大きな咆哮を上げて飛翔。
やがてまばゆい光をその身に纏うと、天の果てまで続く空と雲の世界をどこまでも高く……巨大な光の柱となって、遠く輝く星々の世界に向かって昇り始めたのだ。
「これは……ドラゴン達は、なにをしようとしているのだ?」
「出発だよー! もうこの星のみんなはとっても立派に育ったから、まだボク達ドラゴンの力が必要な〝他の星の人達を助けに行く〟んだ! この空には、他にも地球から逃げた人がいーっぱいいるからねー」
「それって……! じゃあ私達は……!」
「もちろん大丈夫! 他のみんなも、ルカとリゼットを見てすっごく喜んでたよ。本当なら、〝君達を地球に連れて行く〟までがボク達の役目なんだけど……そんなの、今の君達には関係ないことだもんね?」
「そうか……なるほど……って、ということはまさか!?」
ほどけ始めた白雲の壁。
その先に続く抜けるような青空。
そしてその中にそびえ立つ、ドラゴン達による光の柱。
夢のようなその光景を見上げながら、しかしルカははっとなって目の前にあるアズレル背にしがみつく。
「ではアズレルはどうするのだ!? アズレルも他のドラゴンと一緒に別の星に行ってしまうのか!? 嫌だ! 俺は絶対にアズレルと離れたりはしないぞ!! 頼むから行かないでくれっっ!!」
「え? なんで? 行かないけど?」
「行かないんかーい!? って、それはそれで嬉しいがなぜだ!? 別の星ともなれば、最果ての空などとは比べものにならんくらい遠いのだろう!? もう二度と仲間達と会えないかもしれないのだぞ!?」
「あはははっ! そんなの、もう何度も言ったよー?」
平然と長い首をかしげて答えるアズレルとは反対に、ルカは全く気が気じゃない様子で取り乱している。
しかしそんなルカに、彼の一番の相棒である青いドラゴンはにっこりと笑いながら告げた。
「ボク、ルカのことがこの空で一番大好きだからねー!」




