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第七十六話


「――それが、進化した人間の力というわけか。なるほど……お前が惚れ込むのも無理はない」


「違うよスヴァルト……! この女の子(リゼット)の力は、今のボクも、前のボクも全然気付いてなかったんだ! だからきっとこの空には、今もたくさんの新しい才能が育ってる。君の目には変わらないように見えても、人もボク達も、ちゃんとこの星で前に進んでいるんだよ!!」


「そうだな……俺もかつてはそう思っていた。人は愚かだが、それゆえに前に進む力があると……それがやがて、先人達のように星すら越える力を生むのだろうと。そう思っていた」


「なら、どうして俺達を滅ぼそうなどと……!」


 それまで一切聞く耳を持っていなかったスヴァルトが、アズレルとルカの声に疲れ果てたように首を振る。

 その黒く大きな瞳に映るのは怒り……そして悲しみと後悔だった。


「何百年も前の話だ……俺は一人の竜騎士と共にこの空を駆けていた。その竜騎士は才覚に溢れ、多くの人と人の心を繋ぐ……まるで〝今のお前のように〟、このような人間が生まれるのなら、先人達の願いもいつか叶うのではないかと……この俺にすらそう思わせるような、そんな人間だった」


「スヴァルトの、竜騎士……」


「だが、あいつは死んだ……同族のはずの人間の手によって、俺の背の上でも、この大空でもない薄汚い路地裏で、あっけなく命を奪われたのだ」


「そんな……っ! じゃあ……もしかしてスヴァルトは、その人を殺されたから……!?」


 すでにスヴァルトから感じる感情は、怒りよりも深い悲しみが優勢になっていた。

 だがそうだとしても、彼の怒りは決して矮小なものではない。

 目の前で確かな希望を見たとして、その程度でかき消えるほど小さな炎ではない。


「そうだ……! 俺はあの時からずっと、俺からあいつを奪った人への怒りと憎悪を抱えて生きてきた!! それでも人間共が翼を手に入れ、俺達ドラゴンの役目が終わった時はまだ耐えていた……だが最果ての空で起きたあの戦いを百年ぶりに目にした時、俺の中の怒りは限界を超えたのだ!!」


「そう、だったんですね……。スヴァルトさんは最初から、使命とか役目とか……そんなのどうでもよくて……っ」


「スヴァルト殿……!」


 全ては、誰よりも深い信頼と絆で結ばれた人のため。

 愛であり、友情でもある竜と竜騎士の絆。

 その絆を一方的に奪われた黒竜の、憎悪による暴挙だった。


「スヴァルト……まさか、あの君がそんなに強く誰かを……。人を想っていたなんて……」


「スヴァルト殿が俺達を恨む理由はよくわかった……今更許してくれなど、事情も知らぬ俺に言えるわけがない!! だがそれでも……俺達はここで終わるわけにはいかないんだ!!」


「ならば、この俺の翼を越えて飛ぶがいい最後の竜騎士!! だがここは最果ての空、我らドラゴンの領域だ……! いかに〝風を見切るつがい〟が共にあるとは言え、この空で俺に勝てると思うな!!」


 それはまさに、嘆きの咆哮。


 スヴァルトはすでに、人の可能性をアズレル以上に知っていた。

 知っていたからこそ、それを失ったことに悲しみ、それを奪われたことに怒っていた。


 乱流の中を羽ばたく黒竜が、その翼をさらに傷つけながら飛ぶ。


 同時にスヴァルトの周囲から無数の熱線が展開され、それはルカとリゼットを守護する電界のフィールドを貫通。

 咄嗟に前に出たルカによってリゼットへの直撃弾は弾かれるが、荒れ狂う空は一瞬にしてルカとアズレルの体を傷つけていく。


「く――っ!」


「諦めないでルカ! もうすぐ……あと少しでこの空は――!!」


「行かせん……! 人が自らの手で希望を殺すというのなら、俺が全て終わらせてやる!!」


 なんとかリゼットが先行する道を飛ぼうとするも、度重なるスヴァルトの攻撃はついにルカとアズレルの態勢を崩す。

 自身の空と豪語したスヴァルトですら、最果ての空での戦闘はその身を文字通り削るほどのダメージを受けている。

 今ここでリゼットの道から外れれば、ルカとアズレルがこの空を越えることは不可能だろう。


「あぐっ……! このままじゃルカが……!」


「ルカっ!!」


「俺は、まだ――っ!」


「終わりだ……! 墜ちろ竜騎士……これが、俺から人間共への最後の手向けだ!!」


 雷雲を背に、スヴァルトが最後の力をその咆哮に収束させる。

 その一撃を受ければ、ルカの守護を失ったリゼットもまた運命を共にする。そう思われた、その時――。


「待って! もうやめて、スヴァルト――!!」


「なに……?」  


「っ!?」


 だがその時だった。

 荒れ狂う雷鳴と暴風を貫き、一人の少女の声が最果ての空に響く。


「この声……ルーナ殿!?」


「馬鹿な、なぜルーナがここに!?」


「フフフ……! 古今東西、真のヒーローとは常に遅れてやってくるものなのですよ。ご理解いただけましたか?」


「ヒーローかどうかはわからないけど……助けに来たよ、ルカ」


「ゼファー!?」


「フィンさんまでいるんですかっ!?」


 それはまさに、暗雲を切り裂く漆黒の希望。

 その機体から溢れる闇の翼を最大展開した総統ゼノンのレブナントが、ルカとリゼットが切り開いた航路を完全にトレースして追いかけてきたのだ。


「私、本当はわかってたんです……っ! スヴァルトが私達を滅ぼそうとしていることも……ずっと昔に何があったのかも……どうして貴方が、私を選んでくれたのかも。私はずっと貴方と繋がってたから……ずっと、貴方の辛さが私にも伝わってたからっ!」


「ルーナ……」


 大きく広げたレヴナントの漆黒の翼。

 そのエネルギーの向こうでフィンと共に後部座席に座るルーナが、両目に涙すら浮かべてスヴァルトに呼び掛ける。


「私には、〝貴方が失った大切な人の血が流れてる〟……! だからあの時、貴方は私のところに舞い降りてくれた……お母様の力になれなくて泣いていた私のところに、来てくれたんですよね……?」


「それは……」


「ルーナ殿にも竜騎士の血が……? だからスヴァルト殿は……」


 駆けつけたゼファー達がもたらしたルーナの声は、確かにスヴァルトの心に届いていた。

 収束した破壊の力は霧散し、それまで憎悪を糧に羽ばたいてた黒い翼は、弱々しく傷ついていた。


「許して下さいなんて言いません……けど、どうしても知って欲しかったんです。あの時、貴方が私の前に空から舞い降りた時から……貴方はずっと、〝私の生きる希望〟だった……っ」


「俺が……お前の希望だと……?」


 その言葉に、スヴァルトは驚いたように目を見開く。

 そしてその先で涙するルーナの向こうに、かつて共に空を駆けた竜騎士の面影を重ねた。


「だからもう、これ以上自分を傷つけるのはやめてください……っ。私はこれからも……貴方と一緒にこの空を飛びたい……っ!」


「そう、か……百年ぶりに見た人の愚かさの先で、お前という新たな希望を見いだしてしまったあの時……。すでに俺は、負けていたのだな……」


 すでに、勝負は決していた。

 最果ての空に木霊した少女の声は、荒みきってた黒竜の心を確かに鎮めていた。


「……行って、ルカ。後はこの子と一緒に僕達が引き受けるから」


「ゼファー……大丈夫なのか?」


「フフ……私の技術力を甘く見て貰っては困りますよ。元々このレヴナントは、リゼットさんやドラゴンの力などなくとも、最果ての空を越えるために全身全霊を注いで作った機体です。お二人のおかげで正確なルートが見えた今、心配などいりません」


「ありがとう、ゼファーさんフィンさん……! 私達……この空の先で待ってますからっ!」


 互いに力強く頷き合い。

 ルカとリゼットは前を向いた。


 希望も、怒りも、悲しみも。


 全てをその翼に乗せ、ルカとリゼットは共に渦巻く乱流の中を加速。

 何重にも重なる黒雲を抜け、雨の様に降り注ぐ雷を越え。

 獰猛な竜の牙にも似た暴風によって二人の翼は激しく震え続け――しかしやがてそれらは静かに。


 気付けば、全ての音が消えていた――。


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