第七十三話
「アークホエールだと……!? 馬鹿な、決められた空だけを飛ぶアークホエールが、なぜここに!?」
「お待たせしましたルカさんっ! 頼まれてたアークホエールの誘導、ちゃんとできましたー!」
「フェリックス……! 間に合ってくれたか!!」
操られた無数の暴獣と、古代技術を利用した戦闘機械群。
同盟が繰り出す圧倒的戦力によって劣勢に立たされたレジェール・連合艦隊の救援に現れたのは、まさかの巨鯨アークホエール。
そしてアークホエールの前を飛ぶのは、レジェール青空飛行組合の面々。
フェリックス、ココノ、ユウキがアークホエールの好む撒き餌を散布し、はるばるこの戦場まで誘導してきたのだ。
「まだ油断するのは早いわよフェリックス! 私達はまだ、アークホエールを騎士団のどまん中まで連れてかないといけないんだから!!」
「ならここからは俺が前に出る! フェリックスはクジラ様の誘導に専念しろ! サポートは頼んだぜ、ココノ!」
「あ、ちょっとユウキさん!?」
「わ、わかりましたっ!」
突如として戦場に現れた全長数キロもある巨大生物に同盟艦隊はもとより、デスクラウドのような暴獣もまた恐怖にわななく鳴き声を発する。
一方、当初からこの作戦を共有していた連合艦隊は即座に後退、上昇。
足並みを崩した同盟艦隊めがけ、アークホエールの進撃と同調した見事な連携攻撃を開始する。
『フフフ……言っておきますが、我々が呼んだのはあの巨大クジラだけではありませんよ。ねぇ……〝空賊さん〟?』
さらにその時、ゼノンの乗る連合艦隊旗艦からいかにも〝マッドで胡散臭い声〟が戦場に響く。
そしてその声と同時、アークホエールが現れたのとは反対側の雲海を突き抜け、一斉に無数のフェザーシップと深紅に塗られた艦隊――クリムゾンフリートが出現する。
『おいおい、今回は世界の危機だってんで協力してやってるだけだからな。それに……そこにいるルカには、この前助けられた借りを返さないといけないんでな!』
「レターナ! 君も来てくれたのか!!」
『よーう、この前ぶりだなルカ! 最果ての空を越えようなんて、面白そうな話になってるじゃないか。せっかくだから、俺達も特等席で見物させてもらうぜ!!』
『ひゃっはーー!! 今回だけは特別だ! 騎士団をボコボコにして、連合の奴らをせいぜいビビらせてやろうぜ! なあ!?』
『こちらクリムゾンフリートの航空隊長、クラブフィストだ。話は聞いているな。これより連合・レジェール艦隊の援護に入る。落とす相手を間違えるなよ』
両翼から迫るアークホエールとクリムゾンフリート。
さらに前方には連合艦隊と、それまで優勢だった同盟側は完全に包囲され逃げ場を失う。
『おのれ……! 怯まず戦うのです! 所詮相手は汚らわしい賊と下等生物にすぎません! 我ら同盟の崇高なる使命のため、最後まで戦うのです!!』
『うん……決めるなら今だね。全軍前進……高度有利のまま、あの要塞に攻撃を集中させて』
「アズレル……! あくまで人の側にその翼を置くつもりか……!!」
「そうだよ。あのクジラさんには巻き込んでごめんなさいだけど……どっちみちこの空が壊れちゃったら、元々この星に住んでたみんなだって死んじゃうんだ。君がやろうとしてるのは、そういうことなんだよ――!!」
アークホエールとクリムゾンフリートの出現で戦況が覆った戦場の空。
ルカをルーナの元に飛ばしたアズレルははばたきながらその口を広げて雷光を収束。
スヴァルト目がけて強烈な熱線を撃ち放つ。
対するスヴァルトは一体化した古代兵器の各部を展開。
そこから出現した生物的な外見の砲塔をアズレルに向け、空を切り裂く漆黒の閃光を放出。
両者の破壊光線は空中で凄まじい衝撃波と共に激突し、辺りの雲を大きく押しのける。
「俺達がこの空に来てどれだけの時が流れたのかは知らんが……少なくとも今は、俺達はそれなりにうまくやっているはずだ! それを見ようともしないお前が俺達の日々を壊そうなど! 許せるわけがない!!」
「知った風な口を聞く……! いかに竜騎士として進化していようと、やはりお前も矮小な人間の価値観しか持たぬ存在だ!!」
「ならば答えろ! お前がその目的を達したとして、ルーナ殿はどうするつもりだったのだ!? この空に住む人々が消え去った世界で、ルーナ殿だけで生き抜けとでも言うつもりだったのか!?」
「俺には、ルーナの行く末など……!」
「私は……! スヴァルトの竜騎士です――!!」
激しい閃光に震えるスヴァルトの背。
空中をめまぐるしく回りながら、ルカは漆黒の竜槍を力任せに振るうルーナに何度も挑みかかる。
「なんの力もなかった私に……スヴァルトは力をくれた。すごく、嬉しかったんです……やっとお母様のお役に立てるって……! 〝一人で苦しみ続けているお母様の力になれる〟って……! だから、私は貴方を倒さないと――!!」
「ルーナ殿……っ」
母のために手にした竜騎士としての道。
ルーナのその叫びは、まさにルカそのものだった。
たった一人、最後の竜騎士としての責務を果たすために戦い続けていた母の力になりたいと……母が抱えた孤独を癒やしたいと。
もしそれが叶うならなんでもすると……そう願い続けたかつてのルカと、ルーナはあまりにも良く似ていたのだ。
「だがだからこそ――! 俺は君を絶対に止める!! アズレル、合わせられるか!?」
「いつでも!」
「仕掛けてくるぞ……! ルーナよ、これ以上奴らの好きにさせることはない。全力で叩き潰せ!」
「あ、ぐ……っ! わかり、ました――!!」
ルーナの覚悟を見て取ったルカはスヴァルトの背から飛翔。
至近に舞い戻ったアズレルの背に着地すると、まるで弓を引き絞るような構えで竜槍の光刃に持てる全ての力を収束させる。
一方、ルーナもその両刃形状の竜槍にのたうつ漆黒の雷撃を纏わせる。
だが強大な力は彼女の纏う甲冑を引き裂き、溢れる雷はルーナの体もまとめて傷つけ始めていた。
「狙うのは〝氷蛇の時と同じ〟だ!! 今の俺達なら……絶対にできる!!」
「うん! ボクとルカなら――!」
アズライトに収束した光が、暖かな熱を帯びる。
それはルーナが集める破壊の力とは明らかに異なる。
数千年以上続く竜騎士史上において、ルカだけが行使した癒やしと解放の力だった。
「子供の頃の俺にはわからなかった……だが今ならわかる!」
『私はもう、ルカに沢山のものを貰ったよ……今こうしてルカが私と話をしてくれることも、毎朝起きておはようと言ってくれることも、すべて本当に感謝している。母さんには、それだけで十分だ……』
ルカにはもうわかっていた。
かつてルカに向かってルミナが言った言葉は、紛うことなく本心だったと。
たとえ竜騎士になどならなくても。
たとえその孤独を癒やせなかったとしても。
ただ、一緒に生きてくれたこと。
一緒に日々を過ごしてくれたこと。
それだけでよかった。
それだけで、本当に嬉しかった。
だからこそ、ルミナはルカのために最果ての空に飛び立てたのだと。
ルカには、もうわかっていた。
「だから……! 君はここで死んだりしちゃだめだ!! お母さんのためにも……君は絶対に生きないとだめなんだ!!」
「お母様――!」
一閃。
青と黒。
互いに極限まで収束した力と力が至近で交わり、一瞬にして弾ける。
しかしその攻防はあまりにも圧倒的だった。
ルーナの力はルカの力に触れることも出来ずに砕け、振り抜かれたルカの竜槍による一撃は、ルーナとスヴァルトの接続を寸断。
スヴァルトは一体化していた古代兵器を大破され、きりもみになって落下。
ルーナもまた漆黒の甲冑を木っ端微塵に砕かれるが、ルカの放った力はルーナが負った傷を穏やかに癒やしていく。
そしてスヴァルトの背から空中に投げ出されたルーナを、アズレルの蒼い翼と共に飛び込んだルカが優しく抱き留めた――。