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第七十二話


「私の力で……スヴァルトに選ばれた竜騎士の力で! お母様の笑顔を取り戻す! それだけが、私の望みです!!」


 膨大な闇の中心部。

 スヴァルトの持つ始祖としての力を、限界まで引き出したルーナの悲痛な叫びが空に木霊する。


 そしてそれと同時、ルーナの掲げた竜槍から四方へと荒れ狂う漆黒の雷撃が放たれ、集まった連合艦隊は次々と大破、一瞬にして十隻を超える空中戦艦が空の藻屑となって消えた。しかし――。


「私が……! お母様を――!!」


「な、なんだと!? 待つのだルーナ殿!! 君の攻撃で、同盟の味方まで巻き込まれている!!」


 連合艦隊を襲った漆黒の雷撃は、連合艦隊のみならずルーナの味方であるはずの同盟艦隊にも飛び火。

 ルーナの母である同盟議長ミュラウスがいる空中要塞も、その雷撃によって外郭部に強烈な直撃弾を受けていた。


「まずいよルカ! きっとあの子にはまだ、スヴァルトの全力を受け止めることなんてできないんだ。それなのに、無理矢理力を引き出したから――!!」


「では、ルーナ殿は我を失っているということか……」


「貴方を……連合を、倒せば……!」


 一瞬にして荒れ狂う巨大な雷撃と暴風に包まれたルカは、その中で必死に手綱を握り、アズレルの背から眼前のルーナとスヴァルトを見据える。


『アーッハッハハハ! 素晴らしいわルーナ! やはり貴方は私の娘……たとえどれほどの犠牲が出ようと、ここで同盟の脅威を全て消し去ればいくらでもやり直しはできます! アハハハハ! さあ、そのままなにもかも消し去っておしまいなさい!!』


 そしてその時。

 ルカの耳に、辺り一帯に響く議長ミュラウスの歓声と賞賛の声が届く。

 

 自らの旗艦も被弾し、次々と同胞が傷ついていく地獄のような様相の中、同じく命すら犠牲に戦う娘を焚き付けるその言葉に、ルカは驚愕と怒りを持って叫ぶ。


「な、なにを言っている……! 俺にはよくわからんが、貴殿はルーナ殿の母親で、同盟の指導者なのだろう!? 今ここでなにが起きているのか、貴殿にはわからないのか!?」


『黙れ! 私達同盟が、連合に……いや、そこにいる総統ゼノンにどれだけ苦しめられ、辛酸を味わわされてきたかわかりますか!? その男が現れるまで、私達は全てが順調だった……その男さえ、ゼノンさえ現れなければ、今頃同盟がこの空を支配していたはずなのです!!』


 アズレルの力によってはっきりと届けられたルカの怒りに、ミュラウスはより強烈な怒りを持って応じた。


 ミュラウスの言葉通り、ゼノンが総統となるまで同盟は連合に対して優勢だった。

 しかし彗星のごとく現れた神童ゼノンは、迫り来る同盟艦隊を自らの指揮と神がかり的な予測によってことごとく撃退。

 同盟はそれまでの戦いで手に入れた領土を全て失うどころか、本来の領土にすら攻め込まれ、わずか数年で国家存亡の危機にまで追い詰められていた。


『さあ、やるのですルーナ! 下らない犠牲など些細なこと。貴方の力で連合を、総統ゼノンを沈めるのです! アハハハハハハ!!』


「ふん……馬鹿な女だ。いや、愚かなのはあの女だけではないか。星々を越えても全く進歩することのない、人類全てが愚かなのだったな」


 常軌を逸したミュラウスの言動に、巨大な外装と一体化し、異形のドラゴンとなったスヴァルトが嘲るように呟く。


「スヴァルト……! まさか、君がここでボクやルミナと戦った後もこの空に残ったのは……!」


「そうだアズレル。俺は〝先人達の意志などどうでもいい〟……俺達ドラゴンが人の元を離れて百年。少しは変わったかと期待して様子を見に来てみれば、相も変わらず争うばかり。あきれ果てた俺は、あの時も今も……先人の審判を利用し、〝全ての人類を消し去るために〟動いている」


 その言葉と同時。

 異形の黒竜は禍々しい翼を大きく広げ、暴走するルーナと共にルカとアズレル目がけて飛翔、加速する。


「追い詰められ、心折れる寸前だったあの女を力に傾倒させることは実に容易だった。おあつらえ向きに、お前とお前の竜騎士が、俺達ドラゴンが持つ強大な力をあの女に見せつけてくれた直後だったのでな――!」


「お前が……! お前がルーナ殿の母上をそそのかしていたというのか!?」


「勘違いするな、アズレルの契約者よ。俺はただ、あの女の心に支えをくれてやっただけだ。俺というドラゴンと、その契約者であるルーナの力があれば滅びに瀕した祖国を救えると。そのための力と知恵を俺が与えてやろうと……そう持ち掛けたにすぎん」


「そういうのを……そそのかしたと言うのだッ!!」


 激突。

 互いに凄まじい電界を展開したアズレルとスヴァルトが空中で激突。

 質量では圧倒的に勝るスヴァルトに対し、アズレルは見事に拮抗。

 プラズマの放射による火花をまき散らし、閃光の明滅と衝撃波を周囲に伝播させる。


「俺には同盟の事情も、政治や戦争のこともよくわからん!! だが……母さんから受け継いだレジェール最後の竜騎士として!! お前だけは……お前の好きにだけは絶対にさせん!! 今ここでそう決めた!!」 


「ならばどうする? 俺とルーナを倒し、同盟を滅ぼして最果ての空を越え、お前達にとって都合の良い空を作るか? それもいいだろう、実に人間らしい考えだ」


「そういうことは……わからんと言った!!」


 刹那、拮抗するアズレルの背からルカが飛ぶ。

 鮮烈な光刃を竜槍から放ち、飛翔したルカの狙いはスヴァルト――その背に仁王立つルーナだ。


「お前の相手は、ルーナ殿を解放した後だ!!」


「レジェールの、竜騎士――ッ!」


 竜槍アズライトと竜槍スヴァルダート。

 双方から放たれた青と黒の斬撃はスヴァルトの背で激突する。


「私は、貴方を……この手で……っ!」


「やはり聞こえていないか……! だが――!」


 火花と共に初撃を弾かれたルカはしかし、すぐさま竜槍をスピンさせ連撃の構え。

 狭い闘技場ほどの足場にもなるスヴァルトの背を駆け、膨大な力に飲まれたルーナを救うべく即座に挑みかかる。


「どうしてなのスヴァルト!? 確かに君は前から人に対して厳しかったけど、ここまでじゃなかった! 滅びればいいなんて、言うようなドラゴンじゃなかったのに!!」


「逆にお前は人の側に立ちすぎだ、アズレル。お前はあまりにも人に甘い。今もこうして争い続ける人類の姿を見て、先人達が認めるとでも思っているのか? 俺の意志こそ、先人達の意志そのものだ」


 激化する戦場に、荒れ狂う暴獣。

 ルーナによる攻撃は同盟と連合双方に甚大な被害を与えたが、それは元より劣勢だった連合側により大きな影響を与えている。


 各国のエース達も必死に奮闘を続けていたが、こうしてルカやリゼットが同盟の最大戦力であるスヴァルトを抑えている間にも、戦況は同盟側に傾きつつあった。


「……〝そんなの嘘だよ〟。いくら転生したばかりだからって、そんなことボクにだってわかる。もし君が本気で人を滅ぼしたいなら、どうして君はその子を背中に乗せてるの? どうしてその子は君の竜騎士になれたのさ?」


「……っ」


「君は昔から頑固だったから……話したくないならそれでもいいよ。けどそんな隠し事をしながら、ボクとルカに勝てると思わないでよね――!!」


 先に空中の拮抗を崩したのはアズレル。


 ルカの意志に応えるように力を増したアズレルは、十倍以上の体格を持つスヴァルトの巨躯を強烈なエネルギーで押しのけ、ついには凄まじい勢いで弾き飛ばす。そして――!


「ルカさーーーーん! どこですかルカさーん!? 〝ルカさんのフェリックス〟が来ましたー!!」


「みんな生きてる!? 頼まれてたの、ちゃんと連れてきたわよ!!」


「おー! 結構ヤバそうだが、ぎりぎりで間に合ったみたいだな!!」


「なんだと……? この気流の乱れ……これは、何を呼んだアズレル!?」


「えへへー、なんだろーねー? 焦らなくてもすぐにわかると思うけどー?」


 空で対峙するスヴァルトとアズレル、二頭のドラゴンの視線が空の一点へと向かう。


 そこには水色と金色と紫という三機のフェザーシップが全速力で接近しており、その後方には無数の鳥の群れが続く。


 そしてその鳥の群れが集まる空域の直下。

 ぶ厚い雲海を粉々に砕ける。


 さらに砕けた雲を突き抜けてそびえ立つ山が、生い茂る木々が、森が、湖が現れ、それら全てをその背に乗せた超巨大クジラ――アークホエールが、最果ての戦場に到達したのだった。


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