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第六十九話


 最果ての空。


 それは、ルカ達が住む星の南極点を覆い尽くす巨大な雲と、激しい気流の渦のことである。


 かつてルミナ、パルマと共に世界中を回った冒険王ガイガレオンをして、近付くことすらできなかった世界最後の秘境。


 最果ての空を構成するぶ厚い雲は、この星を覆い尽くす雲海から成層圏まで隙間なく及び、現在のフェザーシップの性能では高空からの侵入は不可能。


 さらにその雲は強烈な上昇気流で常に上へ上へと押し上げられており、急激な温度差は雲の内部にこの世のものとは思えない規模の激甚的な嵐を生み出しているとされる。


 それはまさに、この空の星における至高の領域。

 あらゆる翼を通さぬ空の終着点。


 それが、最果ての空だった。


「――本当に良かったの?」


「なにがでしょう?」


 最果ての空を目指し進む連合艦隊。


 旗艦のブリッジから眼前に広がる雲平線を眺めながら、ヴァルツォーク連合総統ゼノンは、横に立つ白衣の男――フィンケル・クロウにそう尋ねた。


「フィンの夢は、最果ての空の先にある景色を見ること……そのためなら僕も、僕達連合だって利用するつもりだったんでしょ? それなのに、ルカとリゼットに一番乗りを任せても平気なのかなって」


「フフ……さすがは総統閣下。やはり私の目論見など初めからお見通しだったというわけですね」


「うん……でもフィンは頭がいいから。君が連合を利用するように、僕も君に助けて貰ってる」


「それはそれは、お褒めにあずかり光栄です」


 突然のゼノンの問いにも、フィンは眼鏡の奥の瞳をぴくりと動かしただけで動揺することはない。

 そして少し考えた後、その視線だけをゼノンに向けて答えた。


「私の両親は、オルランドで最果ての空の研究に全てを捧げた人間でした。天才的な頭脳を持つ私でさえ、父と母の顔はおぼろげにしか覚えていません。自分達で作っておきながら……初めから子である私に興味などなかったのでしょう」


「…………」


「結局、両親はさらなる研究のために最果ての空を目指し、死んだそうです。私がそれを知ったのは、事故から半年もたった頃でしたよ」


 フィンの言葉に感情はなかった。

 ただありのまま、ゼノンに尋ねられたことを事務的に説明しているだけのように見えた。


「私も人の子ですから、両親がそれほどまでに夢中になった最果ての空とは一体なんなのだろうと……物心ついた頃には手当たり次第調べていました。気付けば、結果として私も両親と同じ道を歩むことになりましたが……私が最果ての空を目指す理由は、父や母とは少々異なります」


「どういうこと?」


「フフ……私にとって、最果ての空の先にある世界を見ることは、〝両親への復讐〟なのです。もちろん、科学者としての純粋な知的好奇心もありますが……それ以上に、私をないがしろにした父と母が、最後まで見れなかった景色を私がこの目で見ることが、私にできる〝両親へのせめてもの仕返し〟なのです」


「そっか……」


 フィンのその言葉に、ゼノンは普段の無表情に驚きと同情、そして確かな優しさを浮かべた。


「ですから、別にルカさんとリゼットさんが私より先に最果ての空を越えても特に問題はありません。私は総統や他の皆さんと共に、お二人が切り開いた最後の空をこの目に出来ればいいのです。納得していただけましたか?」


「……話してくれてありがとう。やっぱり、フィンは〝僕が思ったとおりの人だった〟よ」


「ええ、そうですとも。私は自らの目的のためなら倫理も道徳も平気で投げ捨てる、血も涙もないハイパーマッドサイエンティストですからね。フフフ……!」


「うん……そうだね」


 そう言って、メガネを中指でクイッとするフィンに、ゼノンは実に暖かな眼差しで頷いた。


「僕達連合も、同盟も……人がまだドラゴンに乗っていた頃から、沢山の人がこの空の向こうに色々な思いを描いてきた。フィンの夢も、この空の続きも……今日ここで、僕達が越えてみせる」


『――そうだよね、ルカ』と。


 ゼノンはその胸の中で友である竜騎士に呟き、ブリッジから周囲の船員達に最後のチェックを指示しつつ、ついに視線の先に現れた巨大な白い壁をまっすぐに見据えた――。


 ――――――

 ――――

 ――


「あれが最果ての空……ついに来ちゃいましたね」


「こうしてみると、本当に雲の壁そのものだ。あんなものを人が越えられるのか!?」


 一方、連合艦隊に混ざり進むのは、レジェール王国が保有する唯一の空中戦艦ガイガレオン。


 すでに発艦の準備を終えた新型レディスカーレットの前で、ルカとリゼットはついに視界に入った最果ての空を見つめる。


「ゼファーや他のみんなは、あくまで騎士団が仕掛けてきた時に俺達を守るためにいる……つまりこの作戦が成功するかどうかは、完全に俺達にかかっているということだな……」


「再確認なんですけど、もし私とルカが最果ての空を越えたら、この最果ての空そのものが綺麗さっぱりなくなっちゃう……ってことなんですよね?」


「うん、そうだよー! 二人があの空を越えること……それがシステムにこの星で育った人の力を示すことになるんだ」


 すでに各国から駆けつけたエース達も、連合艦隊のカタパルトで待機している。

 

 もし虚空の騎士団(ヴォイドオーダー)が現れるとすれば、騎士団は全戦力を持って攻撃を仕掛けてくるだろう。


 そうなれば、あの巨大な空中要塞を初めとした古代兵器に対し、現行のフェザーシップ部隊がどれだけ対抗できるかは未知数。

 しかしそれでもなお、多くのエース達が最果ての空突破をかけたこの遠征に協力してくれていた。


「けど油断しちゃだめだよー? 騎士団にいるスヴァルトはボクと同じ始祖のドラゴンで、ボクよりももっとシステムに寄った考えをしてる……でもそのスヴァルトが騎士団の味方をしてるっていうことは……もしかしたら、ボクが外にいる間に〝システムの方針が変わった〟可能性も……」


「な、なんだと!? ではもしや、俺達が最果ての空を越えても――」


「待ってルカ! 南の気流が砕けた……騎士団が来ますよっ!!」


「むむっ!?」


 だがその時だった。

 そびえたつ白雲の境界――最果ての空を前に、その瞳に空の道を映したリゼットが警告を発する。


『――我ら虚空の騎士団に先んじ、最果ての空に眠る力を求める愚か者達。今日この空を貴方達の墓場にして差し上げますわ!!』


 通常の空戦であれば、この空のどの国の軍隊であろうと太刀打ちできない程に膨れあがった、レジェールと連合各国による大艦隊。


 だが雲海を突き抜けてその前に現れたのは、かつてレジェール上空に現れた巨大な浮遊要塞。

 そしてその浮遊要塞を中心として、イルカやクジラに似た流線型の戦艦群。

 さらにはこれまで同様の無人戦闘機が無数に浮上し、それはまさに最果ての空突破を阻む最後の砦として立ち塞がる。そして――。


『さあ、出てきなさいレジェールの竜騎士っ!! この最果ての空で、私と貴方……どちらが真に最後の竜騎士なのか、決着を付けましょう!!』


「あれは……っ! あの化け物が、リシェナとスヴァルトだと!?」


 そしてそれら騎士団の頭上。

 澄み渡る青空と太陽を背に飛ぶのは、体躯の十倍はある〝巨大な外装兵器を装備した〟漆黒のドラゴン――スヴァルト。


 そしてそのスヴァルトの背に仁王立ち、太陽よりも強烈な輝きを放つ竜槍スヴァルダートを天に掲げるリシェナだった――。



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