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第六十四話


 俺が竜騎士になる前。


 子供の頃の俺にとって、一番悲しかったのは父さんを思い出せないことだった。


 父さんの顔も、声も。


 たしかに知っているはずなのに、どんなに頑張っても思い出せない。

 それが本当に悲しくて寂しかった。


 そして、母さんが帰ってこなかったあの日。

 卵になったアズレルだけが俺のところに戻ってきたあの時。

 

 俺の一番悲しいことは二つになって。

 だから俺は、竜騎士として生きることを決めた――。



 Side flight

 ――

 竜騎士の前


 ――――――

 ――――

 ――


「ルカもきてよー! はやくはやくー!」


「やだよー! そっちはこわいよー!」


 誰もいない広々とした草原を、まだ幼い頃のルカとリゼットが駆け回る。

 好奇心の赴くままにどこにでも行くリゼットに、少し臆病でどちらかというとインドア派なルカはいつも振り回されていた。


「ふむ……やはりルカの素養は、お主ではなく父であるパルマの血を色濃く受け継いでおるようだな。あのように弱気では、とても竜騎士は務まらぬのではないか?」


「それならそれでいいと何度も言っているだろう! お前には悪いが、私はルカに望むように生きて欲しいと思っている……それによって、竜騎士という道が途絶えようともだ!」


「実に惜しいことよ……わらわは〝お主らならばもしや……〟と思い、同族と袂を分かち人の世に残った。その末を見届けられぬのは、正直なところ寂しいものよのう……」


「私やルカが〝そうでなかった〟としても、この空に生きる命は続いていく……そうすればいつか、アズレルの使命も果たされる時がくる。私はそう信じているぞ! うむ!」


「なんじゃそれは!? お主はまた適当なことを言って誤魔化しおってからに!」


「なーっはっはっは! 適当などではないぞ!!」


 だがこのアズレルとルミナの会話から程なくして。

 ルカは偶然とはいえ自らの意志でアズレルに乗り、空に落ちたリゼットを救った。


 竜騎士とはドラゴンと魂を繋ぎ、人と竜が持つ互いの能力を何倍にも引き上げる者のことだ。


 まだ魂の契約にも至っていないルカがアズレルよりも早くリゼットの危機を察知し、乗りこなしたという事実は、当のアズレルですら驚愕する出来事だった。


「クハハハ! なんとも喜ばしい話ではないかルミナよ! お主の息子はああ見えて、誰よりも素晴らしい竜騎士の才を持っておる! 特にあの〝小娘の目を癒やした力〟……我らドラゴンにあのような力があるなど、始祖であるわらわですらさっぱり知らなかった。いや、もしやあれは癒やしではないのか……?」


「うるさいぞアズレル! ルカにどれだけ竜騎士の才能があろうと、私はルカが望まない限りルカを竜騎士にするつもりはない! ルカは大きくなったら、父さんみたいな学者さんになるんだもんなー?」


「う、うん! でも僕、竜騎士もいいなっておもってるよ。母さんが喜んでくれるような、りっぱな大人になりたい!」


 秘められたルカの竜騎士としての才に、アズレルは喜び、ルミナは複雑な思いを抱いていた。


「はっはっは! 母さんのことなら気にするな。自慢じゃないが、私はバチクソに強い……この空の誰よりもだ! そんな無敵の私になにかをすることよりも、ルカはもっと……それこそ、リゼットや他の友達を喜ばせるようなことをすればいい」


「で、でも……僕は母さんに……っ」


「私はもう、ルカに沢山のものを貰ったよ……今こうしてルカが私と話をしてくれることも、毎朝起きておはようと言ってくれることも、すべて本当に感謝している。母さんには、それだけで十分だ……」


「母さん……」


 ルカは、母の支えになりたかった。

 たった一人の家族だったからだけではい。

 

 ルカの目に映る母は、いつもどこか孤独だった。


 決して弱さを見せず、並び立つのは相棒であるアズレルだけ。

 時折家を訪ねてくる国王ガイガレオンに対してもそれは同じ。


 少なくともルカの知るルミナは、とても大きく強い存在であると同時に、どうしようもない寂しさと儚さを抱えているように見えていた。


 そしてその孤独がルカの父であるパルマの死に起因することや、ルミナがパルマの死について自分を責め続けていたことを、ルカは最後まで知ることはなかった――。


「嘘……嘘だよ……っ! 母さんが……もう、いないなんて……そんなの、絶対に信じない……っ! う、ううぅ……うわあああああああああああああああ――――っ!!」


 その日、レジェールには朝から大粒の雨が降っていた。

 晴れ渡る青空は姿を消し、灰色のぶ厚い雲が全てを覆っているように見えた。


 連合と同盟の大艦隊が、共に最果ての空突破を目指して進軍を開始。

 その報せを聞いたルミナは理由も話さず、連合と同盟による最果ての空突破を阻止するべくアズレルと共に飛び立ち、二度と戻ることはなかった。


「お願いルカ……っ! お家に戻って……! ここにずっといたら、ルカまでお病気になって死んじゃうからっ!」


 唯一帰還したアズレルの卵を抱きしめ、降り続く雨に打たれるルカを、リゼットが必死に抱きしめる。

 リゼットは戦場に旅立った母親の帰りを心細く待ち続けるルカを心配し、毎日のように様子を見に来てくれていた。そして――。


「う、うぐ……えぐ……っ! ぼ、僕も……なる、から……っ」


「え……?」


 もしこの時。

 ルカが一人で母の死に直面したとしたら、彼が今のように健やかに立ち続けることは出来なかったかもしれない。


 だがこの時、ルカは一人ではなかった。


 すでにこの時、ルカにとって母と同じように大切な存在になっていたリゼットが、自分も雨に濡れることすら構わずルカを支えてくれていた。だから――。


「僕も竜騎士になる……っ! 一人前の竜騎士になって、アズレルと一緒に母さんを迎えに行く! 僕一人でもちゃんと、できるって……! 母さんに見せるんだ――!」


 このままいつまでも泣いていれば、リゼットまで倒れてしまう。

 その思いが、たった今天涯孤独となったばかりの少年には酷なほどの速度で、再び立ち上がる力を与えた。


「なら……私もルカのお手伝いする! 今度は私が……絶対にルカを助けてあげるから……っ」


「ごめん……っ。ありがとう、リゼット……っ」


「いいの……っ。私は、ずっとルカと一緒にいるから……!」


 降りしきる雨の中、まだ十歳と少しという幼さの二人はわんわんと大声を上げて泣いた。

 そしてどちらからともなく立ち上がり、お互いを支え合うようにして、住む者がルカだけとなった小さな家に戻っていった――。

 

 一人なら、きっと立ち上がれなかった。


 けれど二人なら。

 リゼットがいたから。


 ルカは二人だったから、また歩き出すことができた。


 そしてもしかしたら。

 ルカにとって、目指す道は竜騎士でなくてもよかったのかもしれない。


 だがそれでも。


 自分を支えてくれた大切な人を安心させるために、ルカは傷つきながらも、目の前にあったその道を自分の意志で選び取った。

 

 永遠に戻らぬ悲しみを。

 抱きしめられたぬくもりを。

 二人で歩む決意を。

 

 まだ幼かったルカははっきりと胸に刻み。

 今もずっと、抱き続けている――。



 Next Tenth flight

 ――

 最果ての空


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