第六十二話
まばゆい光を砕いて現れたアズレルの姿は、あのレースの日に見せた進化形態とは明らかに異なっていた。
長く伸びた勇壮な一角はより鋭くなり、蒼い鱗に描かれる炎のラインはより複雑に。
さらに大きく広げた翼と体の関節部分には、流麗な純白の装甲をまとう。
そしてなにより覚醒したアズレルの眼差しは、幼さとは無縁の力強い若々しさと、悠久の時を生きるドラゴンとしての英知の光が輝いていた。
『まさか、転生からわずか数年でそこまで力を取り戻すとは。腐っても始祖ということか』
『見た目がどう変わったところで、私とスヴァルトの前では虚仮威しにすぎませんわ!!』
「いけるよルカ! ルカの力も心も……あと、そのトゲトゲの鎧も全部! 今のボクなら、ちゃんと受け止められる!!」
「よし! 真の竜騎士の力、奴らに思い知らせてやるぞ!!」
その姿はまさに真の竜騎士。
スヴァルトの巻き起こした暴風をその槍の一振りで平然と鎮め、ピカピカでトゲトゲの鎧すら具現化したルカは竜槍を天に掲げた。
「勝負だ!! これまでの俺達と同じだと思うなよ!!」
「祖竜アズライトの名において……契約者ルカ・モルエッタと共に、この空に再星の行く末を示さん!」
その叫びと同時。
翼を広げたアズレルの背後に蒼く輝く幾何学的な光輪が浮かび上がり、その背にまたがるルカは蒼き竜と共に天上めがけて飛翔する。
『逃がしませんことよ!』
「そっちが嵐なら、やはり俺達はこれだ!」
瞬間、上昇するアズレルの周囲に幾重にも連なる光の輪が展開。
展開と同時に光輪から百を越える雷撃が一斉に放たれ、追いすがるスヴァルトとリシェナめがけて雨のように降り注いだ。
『そ、そんなのありですの!?』
『怯むな……! 俺達は今、〝この星の生態系の頂点〟を相手にしている。生半可な覚悟では、奴の前に立つことすら出来んぞ!』
『生態系の、頂点……っ!?』
だが、覚醒した竜騎士の力に気圧されるリシェナをスヴァルトは一喝。
雷撃を切り裂く咆哮を上げ、自身の周囲に円状の防御フィールドを展開。迫る雷撃の渦をギリギリで弾ききる。
『前を向け、リシェナよ……! お前の力は、決してあの小僧に劣っているわけではない。お前が自分自身の価値を証明したいというのならば、今がその時だ』
『スヴァルト……! そうでしたわ……私は、お母様に私の価値を認めて貰わなくてはいけないのですっ!!』
アズレルの豪雷を無理矢理に抜け、輝く竜槍を構えたリシェナがスヴァルト共に加速。
迎え撃つルカとアズレルに交差する形で、超高速のまま互いの竜槍を激しく切り結ぶ。
『死になさい、レジェールの竜騎士! 貴方さえいなくなれば、〝今度こそ〟お母様の邪魔をする者は誰もいない! この空に、私以外の竜騎士は不要ですわ!!』
「悪いが俺はここで死ぬつもりも、竜騎士をやめるつもりもない!!」
「そうそう! ボクだって、これからもずっとルカと一緒にいるつもりなんだからねー!」
リシェナの槍を弾くと同時、ルカの周囲に無数の氷塊が一瞬で生成。
ルカの意図を読み取ったアズレルは、その氷塊を羽ばたきと共にスヴァルト目がけて叩きつける。さらに――!
『そんなもの! めくらましにもなりませんわ!』
『待て、リシェナ! 奴は――!』
「君達はレジェールを傷つけ、リゼットを狙った! どんな事情があろうと、これ以上勝手な真似をさせるわけにはいかん!!」
『っ!? はや――っ!』
一閃。
それは轟く雷鳴そのもの。
先に叩きつけた氷塊を隠れ蓑に、ルカとアズレルは肉体そのものを雷光と化して超加速。
一振りの元にリシェナとスヴァルトをもろとも膨大な雷撃で貫き、周囲の夜空に落雷の直撃にも似た轟音を響かせた。だが――。
『ぐ……ま、まだ……っ! わたくし……は……っ!』
『チッ、やはり今のリシェナでは……』
「君は……まだやる気なのか!?」
だがしかし、その全身からぷすぷすと煙を上げながらリシェナはぎりぎりで意識をつなぎ止めていた。
残された力を振り絞り、今にも取り落としそうになる竜槍を必死で握る。
スヴァルトにはまだ余裕があったが、乗り手であるリシェナがこれでは、これ以上の戦闘継続は難しい……それは対峙するルカの目から見ても明らかだった。
『わた、くしは……っ! まだ、やれますわっ!』
「……ならば、作戦変更だ! 行くぞ、アズレル!」
「〝下だね〟! 飛ばすよ、ルカ!」
『っ!? どこへいくつもりですの!?』
ズタズタになりつつも戦闘続行の意志を見せるリシェナに対し、ルカは何事かに気付いたようにアズレルに合図を送る。
今や以心伝心のアズレルは即座にルカの考えを理解し反転、急降下。
リシェナとスヴァルトを置き去りに、眼下の式典会場めがけて舞い降りていく。そこでは――。
『アーハハハ! どうした空賊、もはや逃げ回ることしかできんか!?』
「ち、ちくしょう……ッ! せめてあいつのアヒル頭さえなんとか出来れば……ぷっ、ぷくくくっ!」
ルカとアズレルが急降下した先。
そこではアヒルヘルメットのバーゼルにさんざん追い回され、すっかり(笑いすぎて)涙目のレターナとソードダイヤがいた。
「大丈夫かレターナ! 俺も一緒にやるぞ!!」
「ルカっ!? お前、もうあのヤバそうなドラゴンを片付けたのか!? っていうかいつの間に着替えた!?」
「説明は後だ! 君の方こそ、どうしてそんなに泣いてるんだ!?」
「うっせー! 泣いてねーし!!」
『竜騎士だと!? リシェナめ……ああも大口を叩いておきながらなんたる無様か!』
ルカの救援にレターナは感心したように笑い、バーゼルは憤りを露わにする。
「俺も彼女と決着を付けたわけではない! だが、あっちはあっちで〝色々と重そう〟だったので後回しだ!!」
「重そう? いや、あれは――?」
ルカの言葉に、レターナはルカのさらに後方――ボロボロに傷つきながら、それでも必死にルカを追いかけるリシェナの姿を視界に捉えた。
「あー、なるほどな……まったく、相変わらず甘い奴だな。けど――!」
その状況に、レターナは一目で〝全てを悟る〟。
そしてルカの意志をくみ取ると、〝アヒルヘルメットを見ないように両目を閉じて〟フェザーシップの機上に再び仁王立った。
「けど嫌いじゃないぜ……お前のそーいうところはさ! ダイヤ、狙いは任せる!」
「わかったわ。しっかりね、レターナ!」
『なに!? こいつら、まさかこの俺を先に片付けるつもりか!?』
「そういうことだ! 悪いが、まずはお前をボコボコにさせてもらう!!」
戦火またたく夜空でルカとアズレル、そしてレターナとソードダイヤがバーゼルを中心に渦状の軌道で飛翔する。
完全に息の合った両者の飛行は、哀れな標的となったバーゼルを中心に高速で距離を縮め、そして――!
「いくらアヒルだってな、見なきゃ平気なんだよ――!!」
「必殺!! スーパー竜騎士サンダースラアアアアアアッシュ!!」
『ちょ……ま、待て! やめろ! 二対一とかどう考えても卑怯ではないか!? や、やめ……ウギャーーーーーーー!?』
渦の中心。
ルカの槍とレターナの剣が同時に交わり、バーゼルはその甲冑を木っ端微塵に砕かれ、足場としていた無人機もろとも夜空の下に高々と舞った――。