第六十話
『――ハッハー! その程度の腕で、俺達クリムゾンフリートとやりあえると思ってんのかよ! ええ!?』
『騎士様はお行儀が良すぎていけねぇなぁ!!』
『空賊風情が、いい気になるな!』
『我ら選ばれし者の手で、この空から消し去ってくれる!』
オルランド空中庭園上空。
雲海から浮上したクリムゾンフリート艦隊に対し、虚空の騎士団の浮遊要塞は猛烈な艦砲射撃で対抗。
搭載する異形のフェザーシップも全機出撃し、歴戦を誇るクリムゾンフリートの飛行隊と熾烈な空中戦を繰り広げていた。
「全機、深追いはするな。俺達の狙いは〝こいつらの頭〟だ。キャプテンがケリをつけるまで、せいぜい慌てさせてやれ」
「で、肝心のキャプテンはどこにいったのさ?」
「キャプテンなら、真っ先に〝騎士団長の首〟を獲りにいきましたわよ。ダイヤと一緒にね」
「そんなー!? 次は俺の後ろに乗ってくれるって言ってたのにー!」
「ぼやくな、クローバー。俺達が生きている限り、キャプテンも必ず帰ってくる。キャプテンにとって、俺達の存在こそが帰るべき家だからだ」
無線で指示を飛ばしながら、クリムゾンフリートの空戦指揮官であるクラブフィストは眼下に浮かぶ空中庭園を見つめる。
周囲の空は、凄まじい対空砲火の火線と無数の敵機の渦。
クリムゾンフリートが誇るトップエース――クラブ、クローバー、ハートの三人は、事もなげに敵機群をあしらいつつ、敬愛するキャプテンの無事を祈っていた――。
――――――
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―――
「――誰かいるか!? テオバルト殿!! 返事をしてくれ!!」
銀髪の少女、ルーナに教えられた道を進んだ先。
そこは、迎賓館の屋上に広がる見晴らしの良い展望広場。
颯爽と乗り込んだルカの頭上では、激しい空戦の炎が花火のようにまたたき、炸裂した火薬や煙の匂いは遠く離れた広場にも立ちこめていた。
「う……うぅ……っ」
「っ!? 大丈夫か!?」
大気を震わせる爆音の下、ルカはそこに倒れるテオバルトの侍従達の姿を発見する。
「う……ぐ……」
「しっかりしろ! 奴らにやられたのか!?」
ルカはすぐに倒れた侍従の一人を助け起こす。
見たところ命に別状はなさそうだが、意識は朦朧としており呼びかけへの反応は鈍かった。
「しょう、ぐん……さらわれ……き、を……つけ……」
「攫われただと!? くそ、一足遅かったか……!」
『クク、こっちだ竜騎士――!!』
「なにっ!?」
瞬間、ルカの背後から閃光が迫った。
間一髪反応したルカは傷ついた侍従を抱えたまま横っ飛び、同時にそれまでいた場所が凄まじい炸裂によって崩落する。
『今のは挨拶代わりだ。不意打ちで貴様を倒してしまっては、この俺の屈辱が晴れんのでなぁ!!』
「その声には聞き覚えがある……! レジェールチャンピオンシップ……レース中の俺とゼファーを襲った、機械ゴーレムから聞こえてきた声と同じだ!!」
ルカの背後から現れた者。
それは純白の軍服に身を包み、〝アヒルっぽいデザインのマスク付きヘルメット〟をかぶった色白肌の青年だった。
『ほう、覚えてくれていたとは嬉しいぞ。俺の名はバーゼル……虚空の騎士団の騎士団長にして、この空に変革と真実をもたらす者! そして――』
刹那、バーゼルは名乗りと共に目にも止まらぬ速度でルカの眼前に肉薄してみせる。
「速い――!」
『――そして、貴様の息の根を止める者だ!!』
交錯。
バーゼルの狙いが自分だと見るや、ルカは即座に侍従を床へ下ろす。
さらに後方へ飛んでバーゼルの横蹴りをぎりぎりでかわすと、竜槍を構えてすぐさま反撃に転じた。
「こいつ……! 変な兜のくせに強い!!」
『なにが変な兜だ!! この兜の素晴らしい〝最先端デザイン〟を理解できぬとは……やはり竜騎士など、時代遅れのかび臭い化石ということよ!!』
「そ、そうなのか!? 本当に俺のセンスがおかしいのか!?」
ルカの一撃をひらりとかわし、バーゼルは〝翼と黄色いくちばし付きのヘルメット〟を誇る。
だがバーゼルの身のこなしと身体能力は本物だ。
ルカはバーゼルとの激突を凌ぎつつも、かつて敗北したレターナと同等の圧力をこの青年から感じ取っていた。
「くっ……! 答えろ! テオバルト殿をどこにやった!?」
『クハハ! さて、どこであろうなあ!』
「ならば……力尽くで聞き出すまでだ!!」
再び接近してきたバーゼルに対し、ルカは横殴りの回し蹴りでカウンター一閃。
その一撃は見事バーゼルを捉え、彼の体を展望広場から一気に吹っ飛ばす。さらに――!
『おおっと……なかなかにやるではないか。だが、その程度の蹴りではこの俺に傷一つつけることは……』
「今だ! 〝頼むぞアズレル〟!!」
「おっけー! 優しめにガブーってしておくねー! ガブーっ!」
『え? ウギャーーーーーーッ!?』
だがなんということか。
ルカ渾身の竜騎士キックにも余裕を見せたバーゼルだが、吹っ飛ばされた先で彼を待っていたのは〝大口を開けたハラペコドラゴンのアズレル〟だった。
『や、やめ……! やめてくれ! この! やめろといっておろうが!!』
「かぷかぷ。あんまり動くと本当に食べちゃうよー?」
『ひえっ!?』
「よーし、いいぞアズレル! そのままガブガブしておくのだ! まずはテオバルト殿の居場所を教えて貰うぞ!!」
空中でアズレルの巨大な口にガブっとキャッチされ、必死に身もだえるバーゼルは為す術なくガブガブされるのみかと思われた。だが――。
『――まったく、本当に使えない騎士団長様ですこと』
『同感だ……お前以上に、奴の慢心は目に余る』
「うひゃーーーー!?」
「アズレル!?」
だがその時だった。
バーゼルを拘束したアズレルを、虚空から出現した黒い雷撃が直撃。
アズレルはバーゼルを放り出し、ぷすぷすと煙を上げて広場に落下。
一方のバーゼルは、雷撃に続いて現れた巨大な影――黒竜スヴァルトとその背に乗る軍服の少女――リシェナによって助け出されていた。
「はにゃ~~……目~が~回る~~……」
「しっかりしろアズレルーー! 傷は浅いぞっ!!」
目を回して倒れるアズレルに向かい、必死に呼び掛けるルカ。
だがそんなルカの頭上に、巨大な黒い影が迫る。
『チィ……! 助けはいらんと言ったはずだ! あの竜騎士は、今度こそこの俺の手で仕留めてみせる!!』
『黙れ。出来ぬ事を語るな……所詮、人の子に契約者は討てぬ』
『ほーーーっほっほっほ! 貴方のそのお気持ちだけは買って差し上げますわ! けれど……お母様がお求めになっているのは結果のみ。なら、どうすれば良いかはすぐにおわかりになりますわよね?』
『く……わかっている!』
団長という立場のバーゼルに対し、現れたリシェナとスヴァルトは一切の敬意も払わずその失態をあげつらう。
言われたバーゼルも悔しげに呻くのみで、やがてしぶしぶと二人の言葉に頷いた。
『あの生意気な小娘の確保に、もっとも邪魔になるのがこの竜騎士です……お母様のため、私達騎士団のために。この男は必ずここで始末しなくてはなりませんわ』
『貴様を俺の手で殺せぬのは残念だが……仕方あるまい。どちらにせよ、レディリゼットさえ手中に収めればそれでよいのだからな!』
『次に会う時は、死を覚悟しろと言ったはずだ……どうやら、今がその時のようだ』
「ぐぬぬ……っ! これは流石に、ヤバヤバのヤバか……!?」
戦況は圧倒的不利。
余裕の笑みを浮かべて自分を見下ろすリシェナ達を前に、ルカはそれでもアズレルを背に庇い竜槍を構え、最後まで戦う意志を示す。
「――おいおい。虚空の騎士団の団長様ともあろうお方が、三対一なんて随分と卑怯な真似するじゃないか」
「むむっ!?」
『何者だ!?』
その時だった。
追い詰められたルカの耳に、ある意味〝トラウマな少女〟の飄々とした声が届いた。
「なにを考えてお前らが〝こんな地味な式典〟を狙ったのか不思議だったんだが……なるほどな。ルカかドラゴンか、もしくはあの凄腕のお姫様か……蓋を開けてみれば、〝お前らにとってはお宝の山〟ってわけだ」
次の瞬間、スヴァルトの周囲に次々とロケット弾と機銃が着弾。
猛烈な爆炎にルカが目を細めると、空中から漆黒のロングコートをはためかせた紫髪の人影がルカの隣に舞い降りる。
「ゲェーーーーっ!? やっぱりレターナだ!!」
「ちょ!? なんだよその全力で嫌そうな反応は!? せっかく助けに来てやったんだ、もう少し嬉しそうにしてくれてもいいんじゃないか?」
「無理だが!? 俺は君にスーパーフルボッコにされた挙げ句、船から空に蹴り飛ばされて数時間も漂流したのだが!?」
「ん? あーあー! そういえばそうだったな! 悪い悪いっ!」
現れたのは、クリムゾンフリートのキャプテン――レターナ・シルバーバレット。
レターナはルカに振り向くと同時に銀色の仮面を外すと、その幼さの残る美しい素顔に無邪気な笑みを浮かべた――。




