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第六話


「うわわ……っ! ひえっ、ひええええええええっ!! た、たすけてえええええええっ!!」


「お、落ち着くのだエミリオ殿! この通り、俺がしっかり手を握っているぞ!」


「あははー! ボクの上で怖がる人は結構いるけど、キミはその中でも一番かもー!」


 レジェール王国領空。

 国王ガイガレオンの勅命を受けたルカとアズレル、そしてリゼットは、レジェール王国が存在する浮遊大陸の外周部へと。

 そしてその先にある、大小様々な浮遊島が古木と石造りの建築物で繋がれた空の巨大遺跡――〝壁空の神殿〟へと向かっていた。


「お兄様はフェザーシップ恐怖症なんです! 子供の頃、乗っていた機体が墜落事故を起こしちゃったもので……」


「そ、そうだったのか! だが、アズレルはフェザーシップではないのだが!?」


「ひえええええっ! だ、大丈夫だよおおおおルカくぅぅぅぅん! やっぱり空を飛ぶのはとっっっっっても怖いけどぉぉおお、フェザーシップに比べれば全然平気さぁああああああ!」


「まったく大丈夫そうに見えんぞ!?」


 この世界の陸地は、その全てが巨大な雲海の上に浮かぶ。

 その原理はフェザーシップの動力でもある浮遊石だ。

 そして当然ながら、レジェール王国の国土もその外周は足を踏み外せば助からぬ断崖絶壁。


 ルカとリゼットはその断崖沿いを静かに、雲海すれすれの人目に付かない崖下を滑るように飛翔する。


「はふぅ……はふぅ……な、なんとか少しは慣れてきたよ……ごめんね、ルカ君。アズレルさんも……僕のせいで、飛ぶのに邪魔だったんじゃない?」


「気にしないでー! もしキミが本当に邪魔になったら、〝ぽいっ〟てするだけだからー!」


「ぽいっ?」


「い、いやいやいや! なんでもないぞ!! エミリオ殿も、慣れてきたのであればぜひ空の旅を楽しんでくれ!」


 城を飛び立って間もなく一時間という頃。

 ようやく空の旅にも慣れたエミリオは、ルカの言葉に頷いて恐る恐る周囲の景色へと目を向ける。


 どこまでも広がる青空と雲海。

 そして視界の側面には、壁のように切り立つレジェールの巨大な断崖。

 浮遊大陸から流れ落ちる雄大な滝には美しい虹がかかり、色とりどりの鳥達が列になって滝と虹の狭間を飛んでいく。

 その光景はまさに、自由に空を飛ぶ者だけが見ることを許される大空の芸術だった。


「すごい……なんて綺麗な景色なんだろう。これが、君やリゼットがいつも見ている世界なんだね……」


「私、ずっとこの景色をお兄様にも見て貰いたいなって思ってたんです。急なことでしたけど、ルカのおかげで叶っちゃいましたねっ」


「俺は何もしていないさ! 恐怖を乗り越え、飛ぶと決めたのはエミリオ殿だ!」


「そーそー! この人を乗せて飛んでるのはボクなんだからねー! えっへん!」


「うん……きっとそうなんだろうって思っていたけど、リゼットも君たちも、本当に仲良しなんだね。なんだか僕も安心したよ」


 王族であるリゼットとも、なんの気兼ねも障壁もなく笑い合うルカとアズレル。

 その二人と一頭の微笑ましい姿に、リゼットの兄であるエミリオは深い安堵と嬉しさの滲む笑みを零した。


「でもでも、どうしてお父様はお兄様の護衛を私とルカだけにしたんでしょう? お兄様がアズレルさんに乗るにしたって、護衛の数は多いに越したことないと思うんですけど……」


「ん、そうだね……たしかに、この辺りまで来れば〝話してもいい頃〟かもしれない」


「話してもいい? それはもしや、なにか隠さねばならぬような事があったというのか?」


「別にやましいことがあるわけじゃないんだ。ただ、城内でおおっぴらに話せないってだけで……僕の護衛を二人にしか頼まなかったのも、それが理由だよ」


 穏やかな談笑を終え、不意に漏らしたリゼットの疑問。

 その言葉を受け、エミリオはそれまでとは打って変わった真剣な表情で口を開く。


「実は……ここ数年で、レジェールの水は減り続けているんだ。今はまだごまかせているけど……このままあと十年もすれば、レジェールはどこか他の国から水を買ったり、貰ったりしないといけなくなると思う」


「なんだと!?」


「ええー!? そんなの困るよーー!」


「ちょ、ちょっと待って下さいお兄様っ! レジェールの水が減ってるなんて、私も初めて聞きましたよ!?」


「だから城じゃ話せないって言っただろ? こんなことがバレれば、国中が大パニックになっちゃうからね」


 水資源の枯渇。

 それはこの空に浮かぶ世界において、最も重大な厄災だ。


 現在、世界中で稼働する全ての技術は、その動力に水と大気と浮遊石という三つの要素を必要とする。


 その一つである水が枯渇するということは、その瞬間にわずかな火と雨水に頼る旧時代に逆戻りすることを意味していた。


「なるほど……だがその水問題と今回の依頼と、どのような関係があるのだ?」


「関係なら大いにあるよ。僕達学者の間では、水が沢山存在する大陸には、ある〝共通点〟があることがわかっているからね」


「共通点……ですか?」


「うん……」


 そこでエミリオはアズレルの背から遙か遠く――目的地である古代遺跡が存在する、壁空の神殿の方角へと目を向けた。


「豊富な水を持つ浮遊大陸の共通点……それはその大陸に、〝古代セレスティアル文明〟の遺跡が存在しているかどうかなんだ」


 ――――――

 ――――

 ――


「――博士。レジェールに潜伏中の者より、暗号無線がありました。レジェールの王子が、王女と竜騎士のみを引き連れて壁空の神殿に向かったと」


「うん?」


 深くおぼろな闇の中に、ぼんやりとした光がいくつも浮かぶ。

 よく目をこらせば、それは透明なガラス管に閉じ込められた多種多様な暴獣の標本だ。


「実に興味深い報せですね。レジェールの王子といえば、私も古代技術の解析についての論文で目にしたことがあります。竜騎士の同行も気になるところですが……」


「いかがいたしましょう? あの遺跡には、我々の設置した〝制御装置〟が現在も稼働しています。もし発見されれば、今後の計画も変更を余儀なくされるかと……」


 暗闇の中、その闇よりさらに黒く長い髪と、周囲の光を反射する眼鏡のレンズ――そしてその奥に覗く、どこまでも冷たい赤い瞳が浮かび上がる。


「たしかに、それは困りますねぇ……」


 白衣に身を包んだその人影は、ふむと思案げに椅子から立ち上がると、周囲に並ぶ標本の前にゆっくりと歩み寄っていく。


 すると長い黒髪に氷のような美貌を持つ男が光の下に現れ、眼鏡の奥にある赤い瞳をらんらんと輝かせた。


「ではこうしましょう……レジェール王家の二人は、遺跡を散策中に不運な事故で命を落とし、二度と城に戻ることはなかった……若く優れた才能があっけなく潰えるのは、いつだって悲しいものです。フフ……」


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