第五十八話
『今宵お集まりの紳士淑女の皆々様に告ぐ! 我ら騎士団の狙いはただ一つ、レジェール王家第一王女のリゼット・レディ・レジェール殿下の身柄の確保である! レディリゼット! この場にいるならば、今すぐ名乗り出られよ!』
どこまでも広がる白い雲空を、美しい月明かりが照らす幻想的な夜の空。
その光景を引き裂いて現れた空中要塞から響く言葉に、制圧された会場の来賓達も、バルコニーに隠れるルカとリゼットも驚きの表情を浮かべた。
「ま、また私ですかっ!? この前は『まあ、私が優秀すぎるせいですかねー』って適当に聞き流してましたけど、もしかしてそういうレベルじゃない感じでしょうか?」
「ここまで執拗にリゼットを狙うとは……! 一体奴らはなにを考えている!?」
「うーん……レジェールの王族ってだけなら、お兄様もいますし。私が狙われそうな特技なんて、それこそ〝フェザーシップの操縦くらい〟しか……」
「フェザーシップの操縦……」
首をひねるリゼットだが、状況にそれほどの猶予はない。
見れば、すでにこの式典を護衛していた同盟とレジェールのフェザーシップはほとんど撃墜され、オルランドが誇る豪華絢爛な空中庭園は完全に包囲されていた。
もしここでルカがアズレルと共に飛び出したとしても、ルカ一人で大勢の来賓達やココノにフィン……そして標的であるリゼットを守り抜くことは到底不可能だろう。
『どうした、なぜ出てこないレディリゼット! そちらが名乗り出ないというのならば、この場に居合わせた哀れな来賓達には少々痛い目をみてもらうことになるぞ!!』
「ぐぬっ! やはりそうくるか!」
だが当然、騎士団もこの場に長居するつもりはない。
当初の紳士的な態度をあっさりと捨て、頭上から響く脅迫に会場内からは一斉に悲鳴が上がった。
「こうなったら仕方ありませんね……! 危険ですけど、私達でここにいる連中だけでもボコボコのボコにしちゃいましょう!」
「できるならそうしたいが……そんなことをしても、すぐに奴らのフェザーシップに爆撃されてしまうのではないか?」
「でもあの人達は私を捕まえたいんですよね? なら私がここに立てこもってさえいれば、向こうだって爆弾で吹き飛ばすとか、無茶なことはできないと思うんですっ」
「なるほど!」
リゼットはそう言うと、得意げに人差し指をぴんと突き立ててどやった。だが、その瞬間――。
『――ようやく尻尾を見せたな。ずいぶんと手こずらせてくれたじゃないか』
『なに!?』
その時だった。
空中庭園を包囲する騎士団の要塞目がけ、月明かりを反射して銀色に輝く雲海から一斉に無数の砲火が昇る。
放たれた弾丸と砲弾の雨は次々と騎士団の軍勢に着弾。
それまでサーチライトと月明かりだけだった空に、目もくらむほどの爆炎の炸裂を巻き起こしたのだ。
「うひゃああっ!? な、なんなんですっ!?」
「い、いや……〝今の声〟は、もしや!?」
『最近、お前達がレジェールのお姫様を狙ってるって情報提供があってな。おかげで〝俺達クリムゾンフリート〟も、ようやくお前らに網を張ることができたってわけだ』
『く、クリムゾンフリートだと!? 薄汚い空賊ごときが、我らの崇高なる使命に盾突くとは!!』
突然の乱入者、それは世界最強最悪の空賊と恐れられ、かつてルカですら退けたクリムゾンフリート。
雲海を抜けて現れた深紅の艦隊は、以前ルカ達も相対した垂直射出式カタパルトによって次々と艦載機を発艦。
それらの機体はどれもこれも荒々しい改造が施され、そのコックピットで不敵に笑うのは、世界中のエース達と渡り合ってきた空賊の猛者たちだ。
「ゲェーーーッ! やっぱりこの声はレターナではないか! なぜ彼女がここに!?」
「もしかして、クリムゾンフリートと虚空の騎士団って敵同士なんでしょうか?」
『ヒャッハー! 俺達の敵が連合だけだと思ったら大間違いだぜぇー!』
『お高くとまった貴方達の本性、私達が暴いてあげるわ!』
奇襲に浮き足立つ騎士団の艦隊にその獰猛な牙を突き立て、クリムゾンフリートの飛行隊は空中にいくつもの照明弾を点火。
ルカとリゼットのいるバルコニーも、まるで昼間のような明るさで照らし出される。
「わ、わからん! ようやくリゼットと恋人同士になれたというのに、婚約の話もまだわからん上に、騎士団にレターナに襲撃に……頭が痛くなってきた!!」
「落ち着いてルカ! ほらほら、今の攻撃でこっちにいる敵さんも大慌てになってます! やるなら今です――!」
矢継ぎ早に巻き起こる大混戦に目を回すルカをぐいと引き寄せると、リゼットはなめらかな太ももを露わに、スカートの下から二丁の大口径リボルバーを引き抜く。
見ればホールを制圧していた騎士団は混乱し、さらに空を照らす照明弾によって明かりの消えた室内の様子もはっきりくっきり見通すことができた。
「むむ! これはたしかに!」
「そーいうわけなので……ぱぱっとやっちゃいましょー!」
瞬間、リゼットは少しの躊躇もなく室内に突入。
すでに混乱していた騎士団の制圧部隊は、リゼットが初撃を発砲するまで彼女の存在にすら気付けなかった。
「不意打ちですけど、卑怯とは言わせませんよっ!」
『なん……っ!?』
『誰だ!?』
先陣を切ったリゼットは真っ赤なドレスを鮮烈に広げて宙を舞い、まず来賓を取り囲んでいた数人の騎士を正確無比な狙撃で無力化。
着地と同時、リゼットの奇襲に対して真っ先に動いた熟練の二人を先手必勝で撃ち抜くと、背後からリゼットに組み付こうとしたもう一人を振り向きもせずに足払い一閃。
「せーの、よっこいしょーーーーっ!」
『ぐぎゃー!』
そうして倒れた相手の兜に覆われた頭を、全体重を乗せたリボルバーのグリップで容赦なく痛打し昏倒させる。さらに――。
「抜槍――竜槍アズライト! かーらーのー! 竜騎士チェーンライトニング!!」
『ぎええええっ!?』
『びええええっ!?』
『ぎゃぴーーっ!?』
リゼットに遅れること数秒。
館の庭でうまうまとおいしいお肉を食べていたアズレルと遠隔リンクしたルカは、即座に竜槍から指向性の雷撃を放出。
放たれた稲妻はまるでのたうつヘビのようにうねり、室内にいる騎士団だけを次々と貫いて意識を刈り取ると、人質になっていた来賓の安全を一瞬で確保することに成功する。
「よし! 今回もなんとかなったな!」
「どーですか! これが名実共に恋人になった私とルカの愛の共同作業ですっ!」
「お、おお……さすがはレディリゼット! 生身でも鬼神のようにお強いという噂はまことでしたか!」
「いやはや、竜騎士の少年も聞きしに勝る腕前! 助けて下さり、心から感謝しますぞ!」
またたくまに騎士団を制圧して〝いつもの謎ポーズ〟を決めるルカとリゼットを、捕らわれていた同盟とレジェールの来賓達は歓声と共に出迎えた。
「遅いじゃないの二人ともっ! こっちは貴方達みたいな戦闘民族じゃないんだからねっ!?」
「フフ……ご無事で何よりです。私とココノさんに怪我はありませんので、ご心配なく」
「ココノ! フィン殿も無事でよかった!」
「遅くなってごめんなさい! さっそくなんですけど、ここ以外で他に誰が掴まってるとか、そういうのってわかりますか?」
少し遅れ、奥から現れたココノとフィンに二人は安堵の笑みを漏らす。
だが、まだ安全を確保できたのはこのホールだけだ。
「そういえば、同盟のテオバルト様の姿を見てないわ……!」
「今この場にいる要人の中で、リゼットさんを除けば最も価値が高いのは彼でしょう。騎士団がテオバルト様を放置するとは考え辛いですね」
「わかった! ならば、急いで助けに向かわなければ!」
テオバルトがこの場にいない。
そう伝えられたルカは、再び竜槍を握って周囲を見回す。
「お待ち下さいルカさん。その前に、この難局を乗り切るための作戦を皆さんで共有させてください」
「さ、作戦ですか? でもフィンさんのそういうのって……なんだか不安っていうか……」
「すごく嫌な予感がするんだけど……」
「いえいえ、ご心配には及びません。なにをそんなに怯えているのかはわかりませんが、今から私がお伝えするのは策であって、予測や計算ではありませんので。フフフ……!」




