第五十五話
オルランド同盟。
ヴァルツォーク連合と世界の空を二分する大国でありながら、成立からまだ100年も経っていない新しい国である。
連合から遠く離れた辺境の一国家だったオルランドは、浮遊石と水による動力機関の発明と同時に需要が急増した〝鉄〟の一大産地だった。
これを機と見たオルランドの商人達は、鉄鋼貿易で手に入れた莫大な富を背景に当時の王族や貴族達から権力を簒奪。
同時に、周辺の小国群も経済によって併合。
その際も表向きは武力制圧ではなく、外交交渉による同盟結成という形を取り、迅速かつ穏便に勢力を拡大した。
その〝実利重視の理念〟は現在も国是として受け継がれており、明確に戦争状態であるヴァルツォーク連合とも、レジェール王国のような第三国を経由することで経済的繋がりを維持しているほどである――。
「うおおおおっ!? これがあの有名なオルランドの空中庭園か! これまで俺が見た中で、一番豪華で金がかかっていそうな場所に来たぞ!!」
「ちょ、ちょっとルカ! 恥ずかしいからそんなに騒がないでよ! そんな平民丸出しの態度じゃ、すぐに追い出されちゃうわよ!?」
「フフフ、上流階級の儀礼とはなんとも面倒な物ですね。フフ……」
周囲を見回せば、そこはきらびやかな仕上げをほどこされた豪華な内装と広々としたホール。
ホールの中央では、絶えず清らかな水が流れる浮遊石の噴水が宝石のように輝き、壁一面には希少な植物が飾られている。
そこには大勢の紳士淑女が集まり、まだおおやけになっていない縁談の〝建前〟として、レジェール王国とオルランド同盟の外交式典が開かれていた。
「ほら、気圧されてないでちゃんとしなさい。そんなんじゃリゼットを守ったりなんてできないわよ」
「そ、そうだった……! 俺には、リゼットをどこの馬の骨とも知れん奴から守るという大切な使命がある!!」
美しいドレスに身を包んだココノは、あまりの場違い感に浮き足立つルカの背中をぴしゃりと叩いて活を入れる。
あの後でリゼットから話を聞いたココノは、このような場に不慣れなルカをサポートするために同行してくれたのだ。
「ありがとうココノ……! いつもいつも、俺が不甲斐ないばかりに」
「別にルカのためじゃないわよ……リゼットは軽く言ってたけど、もし〝同盟側の本気度〟が予想以上なら、いくらリゼットでも簡単には婚約を断れないかもしれないでしょ。もしそうなったら、本当に貴方が出て行ってリゼットの恋人だのフィアンセだのって言って、この話を滅茶苦茶にするくらしかないかも……」
やれやれとため息をつきつつも、ココノは大勢の人々に囲まれる赤いドレス姿のリゼットを心配そうに見つめた。
ここは、オルランドとレジェールの国境線。
リゼットの〝お見合い〟に同行したルカは今、この空域に浮遊するオルランド所有の空中庭園にある迎賓館にやってきていた。
まだ当のテオバルト将軍は現れていないが、〝空飛ぶ姫君〟として世界的に有名なリゼットの元には、すでに大勢の人だかりができている。
「それにルカだって、そのつもりでここまで来たんでしょ?」
「それは……」
さらりと放たれたココノの問いに、ルカはほんの少しだけ口ごもる。
しかしやがて首を振り、素直な気持ちを口にした。
「ああ、その通りだ! 今回の婚約の話も、聞いた時はショックすぎて気絶するところだった! たとえわがままでも……リゼットが婚約するなど絶対に許せん!」
「そうね……私も、あの子がどこかの国で大人しく王女様をやってる姿なんて想像できないもの。リゼットには、やっぱり空が一番似合うから……」
レジェール屈指の上級貴族であるココノは、〝放蕩王女のリゼット〟以上に上流階級のルールや思想を理解している。
だからこそ、リゼットがいかに周囲の人々に大切にされ、愛されて育ってきたのかも誰よりも深く理解していた。
一国の王女ともあろう者が、リゼットのように自由に空を飛びながら生きることは、本来であれば不可能だからだ。
「フフ……お二人と知り合って長くはありませんが、私もココノさんと同じ気持ちですよ。リゼットさんにもルカさんにも、もう何度も危ないところを助けていただきましたしね」
「フィン殿……!」
「私には、なんでフィンさんがここにいるのかの方が気になるんだけど……」
「そう心配せずとも、今回の私は100%お二人の行く末を案じてご一緒させていただきました。色恋というものに興味はありませんが、時には私のような〝異物の力〟が役に立つこともあるでしょうからね。フフフ……」
「フィン殿の気持ちも確かに受け取った! 二人とも、改めて感謝する! それに、レジェールを出る前にバロア殿とも約束したしな!」
ココノとフィンから励ましを受け、ルカは出発前の出来事を思い出す。
『――私の意向でギルドから追放された君は、レジェールに自分の居場所はないのではないかと、そう思いながら生きてきたと聞いた』
それはレジェールを旅立つ朝、再びルカの元を訪れた宰相バロアから伝えられた言葉だった。
『この国から君の居場所を奪ったのは私だ……母親を失ったばかりで傷ついた君から、竜騎士の誇りと生きる糧すら奪おうとしたことは、どれだけ謝罪しても許されることではない……本当に、申し訳ない』
恰幅の良い体を申し訳なさそうに小さくし、しかしまっすぐにルカの目を見ながら伝えられた老人の謝罪に、ルカは慌てて謝罪など必要ないとバロアを制しようとした。だが――。
『だが、もうこれからは違う! 君は今日まで、どんなに辛く苦しい境遇でも人々のために尽くし、傷ついた国と民の希望になった! もうこの国に、君という竜騎士を笑う者は誰もいない……レジェールの宝、〝誰よりも美しく空を舞う王女〟と不釣り合いだなどと罵る者はいない! だから――』
出発前の草原で、バロアから伝えられた言葉の重み。
その重みを胸に感じ、ルカは初老の宰相と交わした約束に瞳を閉じた。
『だからどうか……姫様のことを頼む』
「…………」
そして、再び開かれたルカの瞳。
そこには遠目にルカを見つけて嬉しそうに笑う、大勢の人々に囲まれたドレス姿のリゼットがはっきりと映っていた。そして――。
「カッカッカー! 待たせたな皆の者ー! オルランド同盟西空方面軍大将にして、同盟議長ミュラウスが長子――このテオバルト様が忙しい中わざわざ来てやったぞ! せいぜい光栄に思い、盛大に出迎えるがよい! カーッカッカッカ!」




