第五十一話
「そんな……ルカ以外にまだ竜騎士がいたなんて……っ」
「こ、このままでは……俺の最後の竜騎士という肩書きが 完 全 終 了 なのだが!?」
現れたのは、アズレルとは異なる黒いドラゴン。
だがその外見は、アズレルとは全く異なる。
輝きと高貴さをまとうアズレルの青く美しい体表とは違い、現れた黒い竜――スヴァルトの巨体は、まるで甲冑のように硬質化したぶ厚い外皮に覆われ、鋭く伸びた爪とあわせて全身は凶器そのもの。
翼も同様に鋭い牙状の外殻をまとっており、フェザーシップの機銃どころか、ロケット弾の直撃ですら通用するかという威圧感を放っていた。
「へー! ボク以外のドラゴンに会うのって何百年ぶりかな? ねーねー、ボクとキミってどこかで会ったことある?」
『久しいなアズレル……いや、今のお前では俺を思い出すこともできんか? 我らの使命を捨て、いまだ未熟な人間共に肩入れした結果がその様とは……かつての〝始祖〟も墜ちたものだ』
「えーっ!? せっかくボクの方から挨拶してあげたのに、そんな言い方ってないよねー!? ボク、今のでキミのこと完全に嫌いになっちゃった!! がおー!!」
『うふふ……貴方のようなみすぼらしいドラゴンが、私のスヴァルトに勝てるわけありませんわ。そして当然……スヴァルトの力を得た私も先ほどまでとは違いますのよ! 抜槍――竜槍スヴァルダート!!』
瞬間、リシェナは軍服の腰ベルトから一振りのバトンを取り出して天に掲げる。
そしてこれまで何度となくルカがそうしたように、ドラゴンと自身の力を繋ぐかけ声を激戦続くレジェールの空に発した。
「りゅ、竜槍まで使えるなんて……!」
「間違いない……こいつは竜騎士だっ!! 俺の誇り高き竜騎士センサーが、バリバリに反応している!!」
バトンの両端に収束した閃光が光刃を生成。
竜槍の開放を終えたリシェナの手に握られたのは、バトンを持ち手として前後に鋭い刃が伸びる両刃槍。
そして抜槍を終えたと同時、リシェナはその艶やかな唇に笑みを浮かべ、漆黒のドラゴンに戦闘開始の合図を告げた。
『ふふふ……さあ、これで条件は互角ですわ。貴方達の力がいかにちっぽけでくだらない物か、死んで思い知りなさい!!』
『あまり気は進まんが……まあいい。人と共にあることを選び、衰えた貴様の力……軽く見定めてやろう』
瞬間、黒いドラゴン――スヴァルトがその大きな口を開いて天に向かって雄叫びをあげる。
するとどうだろう、それまで雲一つなかったレジェールの空に荒れ狂う雷雲が生み出され、ルカとアズレルの周囲に巨大な竜巻と稲妻が巻き起こる。
「きゃあああっ!?」
「くっ……まさか、あのドラゴンが嵐を呼んだというのか!? しっかり俺に掴まっていろ、リゼット!!」
「そうっぽいねー! でもでも、今のボクならこんな嵐――!!」
『あら、それならこれはいかがかしら!?』
「っ!?」
状況はルカ側の圧倒的不利。
今のアズレルは両足にレディスカーレットを抱え、ルカもまたリゼットを庇いながらの戦い。
しかし敵であるリシェナとスヴァルトにそんなことは関係ない。
展開した嵐にアズレルが耐えるのを見たリシェナは、なんと召喚した竜巻と雷撃をスヴァルトの周囲に呼び集める。
そして一拍おいた後、嵐の中を必死に飛ぶルカとアズレルめがけて、激しくうねる雷撃と暴風を巨大な大砲のごとく撃ち出したのだ。
「ぐっ!? ぬああああああああああああ――っ!?」
「うひゃーーっ!?」
「うわわわわわ――っ!?」
『オーーーーッホホホホ! いかがかしら!? これが私の……真の竜騎士の力でしてよ!』
圧縮された暴風そのものの直撃を受けたルカ達はしかし、雷撃によるダメージはルカの展開した稲妻によって相殺。
だが荒れ狂う気流には抗えず、風の津波に呑まれたルカとアズレルはきりもみとなって振り回され、完全に方向感覚を失って無防備をさらした。
『フフ……無様なこと。このまま仲良く、まとめて雲の下に沈めて差し上げますわ!!』
「――ふざけてんじゃねぇ! 俺達の仲間を、そう簡単にやらせるかよ!!」
「これ以上、あんた達の好きにさせるもんですか!!」
「よくも……! よくもルカさんを!! 絶対に許さない――ッ!!」
「レジェール全機、この宰相バロアに続け! 姫様と竜騎士を、この命にかえても守り抜くのだ――!!」
『チッ……! いいところで私の邪魔を――!!』
あと一撃。
完全に隙をさらすルカ達に、もしリシェナがここでもう一撃加えていれば、ルカ達は全滅していただろう。
だが、荒れ狂う稲妻と嵐にも構わず飛び込んできた無数のフェザーシップ――ユウキが、ココノが、フェリックスが、そしてあれだけルカを敵視していた宰相バロアも加えた編隊が、リシェナに追撃の手を諦めさせる。
『雑魚どもが……そんなに死にたいのなら、あの竜騎士よりも先に貴方達をここで沈めて――!!』
『やめだ、これ以上戦えば要塞が保たん。退くぞ』
『え、ちょ……!? な、なにを言っているのですスヴァルト!? 私を虚仮にしたお馬鹿さん達を、このまま見逃すなんて――!!』
『黙れ……俺だけでなく、奴にも口うるさく罵られたいか?』
『ヒッ……! ご、ごめんなさい……私が間違っておりましたわ……』
「助かった……?」
だがしかし、リシェナの声に黒き竜が応えることはなかった。
スヴァルトはどちらが主従かもわからぬ様子でリシェナを制すると、眼下の空でなんとか態勢を整えこちらを睨むルカとアズレルを見つめた。
『もはや時は戻らぬ……貴様らとも、また間を置かずに会うことになるだろう。次は命を失う覚悟をしておくことだ』
「この……っ! お前達の目的は一体なんなのだ!?」
「そーだそーだ! 勝手にボクのことをバカにして! 名誉毀損でドラゴン裁判所に訴えてやるからー!」
『ルカと言ったか……貴様も竜騎士ならば、俺に食い殺されぬよう、せいぜい腕を磨くことだ。いくぞ……リシェナよ』
『く……っ。覚えておきなさい……次に会った時こそ、貴方がたの息の根を止めてさしあげますから!』
その言葉を残し、スヴァルトはリシェナを乗せて天に羽ばたく。
同時に辺り一帯の天候はさらに激しく荒れ狂い、虚空の騎士団はその嵐に乗じてレジェール全土から姿を消した――。