第五話
「起きるのだアズレル! 見ろ、今日も素晴らしい朝陽が俺達の頭上に昇っていくぞ!!」
「ふぁ~~……まだ眠いよ~~……どうしてこんな朝早くからそんなに元気なの~~……?」
ここは、現在知られている世界地図において北西の外れに浮かぶレジェール王国。
豊かな水資源を保持する頑強な浮遊大陸を国土とし、今日まで数百年もの間、独立を保ち続ける歴史ある国である。
「俺は今、竜騎士としての使命に猛烈に燃えているのだ! 昨日の仕事で、俺はこれまでのクソ雑魚ナメクジだった俺に別れを告げ、ついに真の竜騎士に生まれ変わった! そして見てくれ、この10000ゼルという大金を!!」
眠そうに翼で自分の目をこするアズレルを前に、ルカは『ふっふっふ……』と腕組みして得意げに笑う。
そしておもむろに腰の麻袋を手に取ると、そこにある前回の依頼で手に入れた報酬――10000ゼルを朝陽の下に掲げた。
「これだけあれば、アズレルの食費一ヶ月分にもなる! さらに、これまで買いたくても買えなかったあんな物やこんな物……壊れたままの家の屋根だって修理できるかもしれん!」
「すごーい! なら、ボクは今度こそ空マグロの丸焼きが食べたいなー! ねー、いいでしょルカー!」
「もちろんだ! 俺もまずは、竜騎士ならば絶対に持っておきたいトレンドアイテム……〝ピカピカでトゲトゲの格好いい鎧〟を買うつもりだ!!」
「ええええ~~~!? なにそれー!? 鎧なんて空じゃぜんぜん役に立たないし、重いからいやだよー!」
「な、何を言う! 竜騎士と言えば鎧……鎧と言えば竜騎士だろう!? わかってくれアズレル……俺の竜騎士としての明るい未来が、この鎧にかかっているんだ!!」
「かかってないよー! いらないよー! 鎧はんたーい!」
完全に『突然の大金に浮かれて散財しちゃう人』モードのルカに、アズレルは自分の食の危機を感じて必死に抵抗する。すると――。
「ルカー! アズレルさーん! おはよーございまーす!」
「おはようだなリゼット! 今日も朝陽が美しいぞ!」
「ふえっ!? い、いきなりなんですか!? もしかして今……『今日もリゼットは美しいな!』って言いましたっ!? そんな、私……まだ心の準備がっ!」
「い、言ってないのだが!?」
「もう、なんで今日は二人とも浮かれてるのー?」
朝も早くからわいわいと騒ぐルカとアズレルの元に、真紅のフェザーシップに乗るリゼットがやってくる。
リゼットは途中、ルカの言葉を聞き間違えて危うく墜落しそうになったが……なんとか降下を成功させると、慌てた様子で二人の前に駆け寄る。
「おはようリゼット! だがそんなに慌ててどうしたのだ?」
「た、大変なんですよっ! 昨日のルカの活躍を聞いたお父様が、直接ルカに会って依頼したいことがあるって言い出して……もちろん、追加の報酬も与えるって!」
「な、なな……ななな……なんだってえええええええ!?」
Third flight
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古代遺跡調査
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――
「よく来たなルカ! しばらく見ない間に、ずいぶんとデカくなったじゃないか!!」
「ご、ご無沙汰してますおじさ……じゃなくて陛下!」
「がーはっはっは! 昔通りにおじさんと呼んでもいいのだぞ。他ならぬ俺とお前の仲だろう!」
柔らかな陽光が窓から差し込む昼下がり。
質実剛健をそのまま形にしたような、石と木材で作られた質素な玉座の間。
その玉座の主こそ、レジェール王国国王――まるで獅子のように豊かなヒゲと頭髪をなびかせた大男、ガイガレオン・エアハート・レジェール。
わずか一代でレジェール王国を大きく発展させ、自身も〝冒険王〟とうたわれる屈指のフェザーシップ乗りでもある。
そしてガイガレオンの前でがちがちに緊張した表情で敬礼するのは、つい先日暴獣の襲撃から空飛ぶホテルを守り切った竜騎士の少年、ルカ・モルエッタだ。
「こうしてお前と会うのはいつぶりだ? 昔は毎日のように遊んでやっていたものだが……」
「四年と二ヶ月ぶりですよ、お父様! 私が十二歳の時の誕生日パーティーでお話ししたのが最後ですから」
「四年か……時の流れとは本当に早いものだ。あの日、〝最果ての空〟に向かうお前の母を、俺が力尽くにでも止めていれば……」
「…………」
四年と二ヶ月。
隣に立つリゼットが伝えるその月日に、ガイガレオンは過ぎ去った日々を懐かしむように目を細め、ルカは何も言わずにうつむく。
「思えば、俺が最後に目にしたお前は母を失ったばかりだったな……本来なら、お前の母であるルミナの友として、この俺がお前の面倒を見てやりたかったのだが……」
「ありがとうございます陛下……! ですが、俺はこれまでに何度も陛下が治めるこの国と、この国のみんなに助けて貰いました! それにリゼット……姫も、いつも俺に仕事を持ってきてくれて……本当に感謝しています!」
「ほう……なるほど、いい目をするようになった。翼獅子は我が子を雲海に突き落として飛び方を教えると言うが……どうやら、俺の心配は杞憂だったようだ」
申し訳なさそうに目を伏せるガイガレオンに、ルカは首を横に振って力強く拳を握る。
ガイガレオンもルカの覚悟を感じ取ったのか、満足そうに笑みを浮かべて頷いた。
「よし、ならば本題に入ろう。竜騎士ルカよ、まずは我が国の貴重な財産である、新式の飛行ホテルを守ってくれたことに礼を言う。そして褒美として、俺から〝新たな依頼〟を与えよう!」
「陛下直々の依頼……!」
「なんでもリゼットの話では、今のお前はアズレルの餌代で万年金欠の貧乏暮らしなのだろう? そしてなにより、俺からの依頼を果たしたとなれば、お前が置かれている周囲の目にも少しは反論できよう。己の価値は、己の力で示す……それは飛行士だろうと、竜騎士だろうと同じことだ」
驚くルカに、ガイガレオンは〝空のルール〟として依頼を与え、その対価としての正当な報酬を提示する。そして――。
「そして、今回お前には〝とある要人の護衛〟を頼みたい。出てこい、エミリオ!」
「はい、父上!」
国王から名前を呼ばれ、リゼットと同じ赤髪を持つ細身の青年が玉座の横から現れる。
「えーっと……たぶん初めましてだよね? 僕はエミリオ・ヒスト・レジェール。ルカ君のことは、いつもリゼットから山ほど聞かされてて……だからかな? なんだか、全然初対面な気がしないんだ。ははっ」
「あなたが王子様……? つまり……リゼットのお兄さん!?」
「お兄様のこと、よろしくお願いしますね。ルカ!」
「こう見えて、エミリオは〝優秀な考古学者〟でな。我が国の外れにある古代遺跡の調査にエミリオを連れて行き、内部での調査が終わるまで護衛……そして無事に連れて帰ってきてもらいたい。ちなみにだが……今回護衛として同行するのは、お前とリゼットの二人だけだ!」