第四十七話
「……ルカ?」
「よかった、気がついたのだな……」
薄闇の中に、一点だけ暖かな陽光が差す。
ルカ渾身の一撃で貫通された遺跡内部で、ゼファーは不時着したレヴナントから、ルカによって救い出されていた。
「ごめんね、ルカ……君の言うとおりだった。君の力が欲しいなら、君にお願いするだけでよかったのに……」
「いいんだ。俺だって、ゼファーのことをなにも知らなかった。友達というものは、こうして少しずつ……わかりあって仲良くなっていくものなのかもしれないな」
ルカに抱き留められ、眠そうな眼差しを向けるゼファー。
しかしその瞳はこれまでよりずっと悲しく、苦悩に満ちているように見えた。
「ルカ……怒ってない? 僕がこんな酷いことをしたから……君があんなに楽しみにしていた初めてのレースを、僕はめちゃくちゃにしちゃったんだ」
「レースなら来年また出ればいい。だがこうしてゼファーと話せるのは、もしかしたら今だけかもしれない……俺にとっては、そっちの方がずっと大事だ」
「もたろん、ボクも怒ってないよ。キミのおかげで、ルカもボクもとってもパワーアップできたからね。それにキミだって、別に悪気があったわけじゃないんでしょ?」
「というかだな……今気付いたのだが、なにやらアズレルの見た目も話し方もめちゃくちゃ変わってないか!?」
「えー? 今ごろ気付いたの?」
「…………」
ルカが救助したことで、ゼファーの体には傷一つない。
だが悲しみに暮れた彼の表情は、ルカとの対話だけでは癒やせない深い傷がゼファーの心に刻まれていることを示していた。
「ごめん、ルカ……それと、助けてくれてありがとう。だからさっき君が聞きたがってた、僕のことを話すよ」
ゼファーはそう言って、ルカの腕から身を起こす。
そして自分の足で立ち上がると、不時着したレヴナントの翼にそっと手を置いた。
「僕は君に嘘をついていた……本当の僕の名前は、ゼノン・アークト・ヴァルツォーク。僕は、ヴァルツォーク連合の総統なんだ」
「なっ!? ぜ、ゼファーが……連合の総統だと!?」
「そう。そして僕は、連合を戦争や空賊から守るための方法をずっと探してた。連合のみんなが幸せに暮らせるなら、連合以外の国がどうなってもいい……そんな風に考えて、とても酷いことをたくさんしてきたんだよ」
「そうか……ではあの時レターナが言っていたことは、本当だったのだな……」
〝連合の総統ゼノンが、他国の水を枯らして回っている〟
かつてレターナがルカに告げたその言葉を、ルカはその総統ゼノン自身から再び告げられた。
「連合はずっと昔から、世界中の空を守ってきた。だからたくさんの人が連合を頼りにして、同じくらいたくさんの人が連合を攻撃する……僕は、そんないつまでも続く戦いを終わらせるために生まれた……その、はずなのに……っ」
「ゼファー……」
言いながら、ゼファーは薄汚れたレヴナントの翼の上で悔しげに拳を握る。
ルカはそんなゼファーの姿に、立ち上がって歩み寄ろうとした。だが、その時――。
『――クックック! 見つけたぞ、総統ゼノンとレジェールの竜騎士だ。しかも、どうやら手負いと見える!』
「っ!? 誰だ!?」
その時、ぽっかりと開いた遺跡の一角を強引に掘り砕き、巨大な金属製の飛行戦艦とも、人型の鎧とも取れるような巨大な人工物が二人の頭上に現れる。
『誰だと聞かれて答える阿呆がどこにいる? だが、今から命を奪う相手の名を知らぬのも不憫というものか……よかろう、冥土の土産に教えてやる』
現れた機械兵器から朗々とした声が響き、見上げるルカとゼファーをあざ笑うかのように、巨大な機械兵は四つの眼光を明滅させる。
『我らの名は〝虚空の騎士団……今これより、お前達をこの空から消し去る者の名だ――!!』
――――――
――――
――
「逃げろー! 早く城に避難するんだ!」
「守備隊はなにをやっている!? フェザーシップの発進急げ!!」
街のあちこちで爆発が起き、もうもうと立ちこめる黒煙の中を大勢の人々が逃げ惑う。
ここはレジェール市街、王城付近。
さきほどまで、チャンピオンシップで湧きに湧いていた祭典の賑わいは消え去った。
その元凶は空から。
見れば、純白に金縁を施されたフェザーシップが、市街地の上空を編隊で飛行。
そのフェザーシップにぶらさがる形で運ばれてきた〝全長3メートルほどの人型機械〟が、次々と市街地を破壊して回っていたのだ。
「どぉおおおりゃああああああ――ッ!!」
『ピーガガー!?』
だがしかし、今まさに逃げ遅れた親子を襲おうと巨大な腕を振り上げた人型機械が、突如として放たれた銀の閃光に頭部を斬り飛ばされて爆発四散する。
「あ、ああ……っ」
「立てるか? まずは城を目指して逃げろ。ここの奴らは、まとめて俺が引き受ける」
「こ、国王陛下……っ!」
「ありがとーおうさまー!」
「行け! 城の安全は確保してある!」
爆炎を背に現れたのは、光の弾丸を放つ拳銃と、銀の光を纏う大剣を構えた冒険王ガイガレオン。
助けた親子に避難を促し、ガイガレオンは大混乱に陥ったレース会場で襲い来る機械兵を次々と屠り去っていく。
「へ、陛下! すでに市街地全域の民衆の避難と守備兵の配置は完了しました! ですが、この襲撃がどこの手の者かは依然としてわからず……!」
「それで十分だ! バロアよ……お前もここまでご苦労だった。後は城に入り、お前が守備兵の指揮を執れ!!」
「しかし陛下は……! 陛下はどうされるおつもりで!?」
顔面蒼白となりながら、最後までガイガレオンに付き従い残っていたバロアは、なおも戦う構えの主君に尋ねる。
「俺達はレースの合間を狙われ、フェザーシップの離陸が遅い。数が揃うまでは、奴らとやりあえるのは俺だけだ。ここで退くわけにはいかん」
「で、ですが……!」
「なあ、バロアよ……こんな時、俺はいつも思う。あいつが……ルミナがいてくれれば、きっとこんな事態でもなんとかしてくれたのだろうとな……」
「ルミナ……あの、竜騎士が……」
その頼もしすぎる大きな背に、一抹の寂しさを宿し。
ガイガレオンは、〝あえて〟バロアの前で今はもういない戦友の名を上げた。
「だがお前も言った通り、今の俺達にはまだルミナの息子であるルカがいる……あの少年も、レースに参加する各国のエース達もじきに戻ってきてくれるだろう。それまでは、なんとしても俺達の力で持ちこたえる! 行け、バロア!!」
「っ……! ぎょ、御意!!」
ガイガレオンの言葉を受け、バロアは弾かれるようにその場から走り出す。
だがこの時、彼の心は絶望に染まりきっていた。
(な、なぜ……どうしてこんなことに!? 陛下が頼みにするあの竜騎士の小僧は、〝私のせいで〟すぐには戻ってこれないはず……! わ、私は……私はなんてことを!)
もはや、後悔先に立たず。
バロアは今にもうずくまって泣き出しそうになる心を必死に静め、戦場と化した市街地を駆け抜けていく。だが――。
「なっ!? なんだ、あの化け物は……っ!?」
城を目指して走るバロアの視界の先。
そこには、広大な空を黒く塗りつぶして浮遊する、巨大な〝空中要塞〟が鎮座していたのだった――。




