第四話
「目標視認! 対象の暴獣はクラウドシャーク! と、とんでもない数です!!」
「ママー! こわいよー!」
「こ、ここはレジェールの領空内のはずでは……なぜ暴獣がこんなところに!?」
「護衛のフェザーシップはなにをやっている!?」
目的地であるミムンの滝、近傍空域。
早朝に出発した来賓達が、一流シェフによる豪勢な昼食を取ろうとしていたまさにその時。
空の一角を埋め尽くすほどの灰色の影――クラウドシャークと呼ばれる、〝鋭利な刃状の羽と鋭い牙を持つ翼サメの大群〟が、飛行中のホテルめがけて凄まじい勢いで襲いかかってきたのだ。
「サメ野郎が……! おおかた、さっきから俺達の胃袋を刺激しまくってる、このメシの匂いにでも釣られたってとこか」
高速で迫る飛行サメの群れをゴーグル越しに見つめ、ユウキは操縦席横に突き出たバルブを全開に。
更に足元にあるレバーをギコギコと何度も押し引きし、大量の〝水と大気をエンジン内部の浮遊石に送り込みながら〟毒づく。
暴獣とは、この世界に存在する危険な野生動物の総称だ。
その種類は多岐に渡り、全てがこの世界に生きる動植物――特に人類を強く敵視しているという共通点がある。
そしてユウキの推測通り、このクラウドシャークはホテルから漂うかぐわしい香り――すなわち〝人の営み〟を感じ取り、一斉に襲いかかってきたのだ。
「ど、どどどど、どうしましょうユウキさん!?」
「んなもん決まってる、一匹残らず蜂の巣にしてやるんだよ! ルカの奴はどうした!?」
「えーっと……ルカさんなら、ついさっきシフトで休憩に行きましたけど……」
「かー! このくそ忙しい時に! 仕方ねぇ、援護しろフェリックス!」
「は、はいーっ!」
迫るクラウドシャークを前に、護衛のフェザーシップは一斉に散開。
広大な大空に無数のエンジンとプロペラの音が重なり、それはあたかも空戦の開始を告げる鬨の声のように響き渡る。
「くたばれ、サメ野郎!」
フェザーシップ部隊は正面からの交差を避け、編隊を組んで側面から暴獣の群れを迎撃。
ユウキもコックピットからぐるりと周囲を見回し、巧みな操縦で加速するクラウドシャークの後方へと。
間髪入れず両翼の機銃で数匹のサメを撃ち抜き、一瞬で爆炎の花を空に咲かせた。
「はっはー! 暴獣共が、今日もよく燃えるじゃねーか!」
「ひええっ! い、いっつも思うんですけど、暴獣ってなんで〝倒すと爆発する〟んですかーー!?」
「知るかよ! けど俺は好きだぜ。派手だからな!」
「僕は嫌ですー!」
交戦開始からわずか一分。
六隻の飛行船に引かれるホテルの眼前で開戦した、恐るべきサメとフェザーシップの大空戦。
凶暴ではあるものの、クラウドシャークの動きは直線的で、一対一であればフェザーシップが後れを取ることはまずない。だが――。
「ま、まずいですよユウキさん! このサメ、数が多すぎます!」
「たしかに、こいつはキリがねぇな!」
護衛のフェザーシップ部隊が抗戦したのも束の間。
まるで雪崩のように押し寄せるクラウドシャークの群れに対し、数十を超えるフェザーシップで展開した防衛線は一瞬で瓦解。
どう猛な牙と、濁りきったクラウドシャークの血走った目が、ついに空飛ぶホテルの外壁に到達する――そう思われた、その時。
「抜槍! 竜槍、アズライト――!!」
瞬間。
ホテルの内側で恐怖に怯える来賓達の目の前。
迫り来るクラウドシャークの群れが、突然の閃光によって次々と胴体を射抜かれ爆発四散。
現れた光は残るクラウドシャークも薙ぎ払うようにして消し飛ばすと、青空に大きな弧を描いて主の元へ――青い竜の背にまたがる少年、竜騎士ルカの手元へと帰還した。
「ふぅ……どうやら間に合ったようだ!」
「わーすごーい! サメの花火ってきれいだねー!」
「る、るる、るるる……ルカさああああああああん!! かっこよすぎますぅぅうううううう!!」
「おいおい、なんだよ! 遅刻したくせに、ずいぶんとおいしいとこ持って行くじゃねーか!」
「ちょうど休憩の時間だったのだ! 遅れたことは謝罪する!」
「お待たせしましたっ! 私も加勢しますよー!」
クラウドシャークの襲撃開始から、約一分遅れ。
アズレルの背に乗り、リゼットが駆るレディスカーレットと共に現れたルカの手には、その先端から〝蒼白く輝く光の刃〟を放つ一振りの槍が握られていた。
そしてこの光の槍こそ、ルカが普段から持ち歩いていた〝一本の棒〟の本来の形状。
ドラゴンと心を重ねた竜騎士だけが扱うことのできる、竜槍の真の姿だった。
「な、なんだ今の光は!? まさか、あの竜騎士がやったとでも!?」
「なんと神々しい……!」
「すごーい!」
「かっこいーー!」
「正面のサメは俺とアズレルで引き受ける! ユウキさんには、フェザーシップの指揮を任せてもいいだろうか!?」
「面倒! 断わる! 姫様にパス!」
「私ですかっ!? ――っとと、今は悩んでる場合ではありませんね! ではここからは、このリゼット・レディ・レジェールが空戦の指揮をとります!」
「ぼ、僕も頑張りますっ!」
ルカの登場と圧倒的破壊で停滞した戦場が再び動き出す。
〝ひらひらのドレスに飛行帽とゴーグル〟という姿のリゼットは、すぐに的確な判断でフェザーシップ部隊を再編。
足並みを整えて防衛線を再構築すると、クラウドシャークの群れを引き裂くようにして攻撃に転じる。
「さあさあ皆さん! ルカにだけいい格好させてられませんよー! 私達フェザーシップ乗りの力、命知らずなサメさんに思い知らせてやるのです!」
「わはー! 二人で思いっきり暴れるのも久しぶりだねー! いつもはがぶがぶできない分、いっぱいかじらせてもらっちゃおーっと!!」
「ああ、やるぞアズレル! 俺達竜騎士の力……今こそこの空に示す時だ!!」
ルカの意志を受け、大空に青い竜の咆哮が轟く。
雷鳴にも似たアズレルの叫びを受け、ルカの竜槍が力強く輝く。
「でぇええええええええええい――!!」
そしてそのまま、アズレルの背に乗ったルカは閃光を放つ竜槍を構え、クラウドシャークの大群目がけて真っ正面から突撃。
一陣の青い風となった竜騎士は、その翼の軌跡に仕留めた獲物の爆炎を無数に灯して天を駆けた――。
――――――
――――
――
「いやいや! 本当に見事だった! ありがとう、竜騎士君!!」
「君は我々の命の恩人だよ。ありがとう!」
「今度はぜひ私の国に来てくれたまえ! 私の知り合いにドラゴンがいるなどと言えば、他の者は大層驚くだろうがね!」
夜。
クラウドシャークの襲撃を受けたエアホテルは、予定を変更して内陸部へと帰還。
責任者である宰相バロアからの謝罪も手短に、来賓達の話題は、目の前で暴獣の群れを蹴散らした竜騎士のことで持ちきりだった。
「はーっはっはっは! 皆にも竜騎士の素晴らしさをわかってもらえたこと、俺もはちゃめちゃに嬉しいぞ!」
「うわー! ドラゴンってでかーい!」
「おっきなお口ー!」
「ぼくも乗りたーい!」
「やあやあ、お利口なちびっ子たち! おいしい料理をボクのところにもっと持ってきてくれたら、特別にボクの体に触らせてあげてもいいよー! 山ほど持ってきてー!」
来賓として招かれた貴族達の反応は、実に調子の良いものだった。
貴族達はつい数時間前まで竜騎士に嫌悪感を持っていたことなどすっかり忘れ、我先にとルカに握手を求める。だが――。
「はいはーい、ちょっとよろしいでしょうか? 今日こちらにお越しいただいた皆様におかれましては、今回のことで私達レジェール王国が誇る竜騎士という伝統がいかに素晴らしいか、よーーーーっくご理解いただけたと思います。いただけましたよね?」
「こ、これはリゼット姫!」
「も、もちろんですとも!」
「りゅ、竜騎士様ばんざーい!」
「むふふ……でしたら、ぜひこのことをお帰りになった先で多くの方にお伝えして欲しいのです。それがきっと、彼への一番の恩返しになりますから。ね、ルカ?」
「リゼット……ああ、そうだな!」
大勢の貴族に囲まれたルカに、現れたリゼットはそう言ってにっこりと微笑む。そして――。
「どうか、俺からもお願いする! そしてもし何か困ったことがあれば、いつでも俺のところに来てくれ! もちろん、どんな依頼でも引き受けるわけではないが……それでも可能な限り力になれるよう、竜騎士として全力を尽くすつもりだ!」
竜騎士として胸を張り、この時代をまっすぐに生き抜く覚悟。
ルカがたった今発した言葉は、リゼットに約束したその第一歩を彼が踏み出した証だった。だが――。
「ぐぬぬぬ……! おのれ竜騎士め……! この儂が八方から手を尽くし、ようやくギルドからも追い出したというのに……! いつまでもしぶとく飛び回りおって……!」
レジェール王国宰相、バロア・オクムスタン。
他の人々と同じく、ルカに命を救われた立場であるはずの彼はしかし。
ルカを囲む輪にも加わらず、一人離れた場所で激しい怒りと憎悪を燃やしていたのだった――。
Next flight
――
古代遺跡調査




