第三十八話
『さあついに始まりました! レジェールチャンピオンシップ、第一種目のエアロダンス! 世界になだたるトップエース達による、華麗なる空の舞踏をとくとご覧下さい!』
抜けるような晴天に恵まれたチャンピオンシップ当日。
参加者達は三つの競技で日頃の飛行術を競い合い、最終的に最もスコアの多い者が優勝の栄誉を手にすることができる。
エアロダンスでは操縦技術と芸術性を。
チームフラッグスでは編隊飛行の連携と視野の広さを。
そして最終種目、エースウィングでは飛行士としての総合力が試されることになる。
「――ところでバロアよ。今回はどういう風の吹き回しだ?」
「どういうとは……いったい、なんのことでございましょう?」
青空を背に、次々と華麗なアクロバット飛行を見せるフェザーシップを遮光グラスで見上げつつ、国王ガイガレオンは横に座る宰相バロアに尋ねる。
「聞けば、竜騎士のレース参加を認めたらしいではないか? 俺もお前のドラゴン嫌いは知っている……お前がそうなった理由も、十分に理解しているつもりだ。だから突然どうしたのかとな」
「は、はは! なにかと思えば、そのことでございましたか」
「そもそも、このレースは元から飛行士のために俺が始めたものだ。竜騎士の参加は想定しておらんし、嫌がらせのために竜騎士の参加を認めていなかったわけではないのだぞ?」
「このバロア、陛下のお考えは重々承知しております。ですが時代は変わりました。連合にオルランド……めまぐるしく情勢が変わる中で、我が国だけが竜騎士を保有している事実は非常に重要です!」
「う、うむ。だからそれについても、俺は常々そうだとお前に言っていた気がするのだが……」
不意に放たれたガイガレオンの問いに、バロアはその広い額から冷や汗を流して笑みを浮かべ、まるでなにかを誤魔化すように必死に口を開く。
「そしてここ数ヶ月、あの竜騎士のこぞ……少年の働きぶりは実に見事なものです。正直、ドラゴンが大嫌いだという私の気持ちは変わっておりませんが……竜騎士が我が国のためになるのであれば、偏見を捨てて厚遇するのが最善と判断したまででございます!」
「そうだな……お前はいつもそうやって、国のために全力を尽くしてくれた。だから俺も、竜騎士に対するこれまでのお前の行動を咎めず、ギルドからの竜騎士追放にも強くは反対しなかった。ルミナと共に世界を回った俺が、竜騎士に肩入れすることを快く思わない者も多かったからな」
「もったいないお言葉でございます……」
「だが心しておけバロアよ……〝お前の両親を奪った暴獣〟は、あの少年でも、あの少年のドラゴンでもないのだ。お前が自身の復讐心を俺の国と民の上に置くことがあれば……その時は、俺もお前を罰しなくてはならん。それを忘れるなよ」
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「どう!? これが対リゼット用に私が編み出したブリリアントエッジよ! この前の空賊との空戦では失敗しちゃったけど……もうそんなヘマはしないわ!」
『あーーっと、これはすごい! シップナンバー72、ココノ・レトルトン! 黄金に輝くフェザーシップを手足のように操り、全ての規定技で最高得点! 最後にはトップスピードから横滑り旋回に移行する新技も決めベストスコア! 見事首位に立ちましたー!!』
「うひゃー! ココノは今回もめちゃくちゃ気合い入ってますねー。毎年毎年、見る度に腕が上がってます!」
「最初のユウキさんの演技も凄かったが、正確さや派手さではココノが上というわけか……こ、こんな大舞台に、竜騎士の俺が出て本当に大丈夫なのだろうか……? なにやら腹も痛くなってきたような……」
「ねーねールカー! お腹すいたー! お肉ちょうだーい!」
一方こちらは出場選手達の待機場。
ココノの圧倒的な演技を見届けたルカは、間もなく自分の番だというのに緊張と自信の喪失ですっかり青ざめていた。
「大丈夫ですって! ココノも言ってましたけど、元々今回のルールは竜騎士のことなんてさっぱり考えられてませんし。だったらだったで、ルカは思いっきり竜騎士の良さを観客のみんなにアピールしちゃえばいいんですよ」
「そ、それはそうなのだが……こんなに沢山の人の前で飛ぶのだと思うと、緊張して……! はわわ……っ」
「――飛ぶの、嫌いなの?」
だがその時。
リゼットによしよしと励まされるルカの元に、黒と紫の混ざりあった髪の眠そうな少年、ゼファーが一切の気配なく現れる。
「ぜ、ゼファーではないか!? 一体いつの間に来たのだ!?」
「今」
「こんにちはゼファーさんっ。ゼファーさんもレースに出場されるんですよね?」
「うん。けど、どうしてルカはそんなに怯えてるの? もしかして、まだ寒いの?」
「い、いや……! 今回はそういうわけではないのだ。その……情けない話だが、俺は今までこういったレースに出たことがない……それで、みんなのようにうまく飛べるのかと不安で……」
「不安?」
ゼファーの質問に、ルカはしょんぼりとした様子で答える。
だがそんなルカを見たゼファーは、不思議そうに首をかしげた。
「不思議だな……これまで、僕はいろんな空を飛んできたけど、ルカみたいなことが出来る人なんて一人もいなかった。それなのに、そんなことで不安になるの?」
「俺みたいなこと?」
「ルカはあの寒い場所で、寒くて泣いていたたくさんの人の命を暖めて、助けて、ちゃんとお家に帰してあげた……あんなことが出来るのは、きっとこの空でルカだけだよ」
「むむっ!? こ、このゼファーさんのルカ評……っ! なかなかわかってますね……!」
ゼファーは金色の瞳をルカにまっすぐ向け、無表情なまま、しかし明らかにルカを励ますように言葉を続けた。
「だから、ルカなら大丈夫。きっと出来るよ」
「あ、ありがとう……! まだ知り合ったばかりだというのに、そこまで言ってくれるなんて……」
「うん。僕だって、このお祭りでルカと飛べるのが楽しみで眠いのに起きてるんだ」
「俺もゼファーと一緒に飛べるのが楽しみだ! ゼファーのことも応援してるからな!!」
「ありがと。じゃ、またね」
そう言って、ゼファーはルカ達に背を向けてすたすたと去って行く。
一方のルカもゼファーの持つ独特の雰囲気で気分が変わったのか、それまであった不安が明るくなったことを感じていた。
「ゼファー……最初はちょっと変わってるなと思っていたが、はちゃめちゃにいい人だっ!!」
「ふふ、ルカを好きな人に悪い人はいませんからねっ。いいお友達ができたみたいで、良かったです!」
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「僕は、〝連合のみんなを幸せにしたい〟……もし僕がルカみたいになれれば、きっと今よりもみんなを幸せにしてあげられる……でもどうしたらいいんだろう? やっぱり、竜騎士じゃないとだめなのかな?」
「えーっと……どうしました? いつにも増して眠そうに見えますが」
「ん、考え事」
ぼんやりふわふわと歩くゼファーが戻ったのは、漆黒の愛機レヴナントの整備用テント。
そこではフィンが用意した数人の整備士が、忙しなく機体の最終チェックを行っていた。
「まあ、閣下に限って心配はいらないかと思いますが……今回の相手はあの竜騎士です。ルカさんの力は私もこの目で何度も見てきましたが……どうか油断だけはされませんよう」
「……ふふ、楽しみだなぁ」
「か、閣下?」
戻ってきたゼファーを出迎えたフィンは、何の前触れもなく突然笑みを浮かべたゼファーを見て激しくうろたえる。
なぜなら、フィンはゼファーが笑うところをこれまで一度も見たことがなかったからだ。
一方のゼファーはまるで子供のように無邪気に。
あの氷の地獄をまたたく間に溶かし、凍り付いていた沢山の命を暖めたルカの熱を思い浮かべる。
そしてこれまで感じたことのない胸の高鳴りを確かめるように、自身の胸に手を置いた。
「本当に楽しみだな……はやく〝最後のレース〟になればいいのに。その時は、僕と一緒にいっぱい遊んで貰うからね……ルカ」




