第三十四話
「あ、あの機体は……レヴナント!? そして無線から聞こえたくっそ眠そうでやる気のない声……! ま、まさか……なぜ、どうして〝あのお方〟がここに!?」
「あの人だけじゃ危険すぎます! フィンさん、しっかり掴まってて下さいっ!!」
「ひえっ!?」
突如として現れた漆黒のフェザーシップ。
それはプロペラが機首ではなく後方に設置され、機体の後方に一対の水平翼を備えた、リゼットも見たことがないような特異な機影をしていた。
「あのフェザーシップは……!? この暴獣は危険だ! 迂闊に近付いては氷漬けにされてしまうぞ!」
『君が竜騎士? すごいね、本当にドラゴンに乗ってるんだ。寒くない?』
「えっ!? いや、普通にヤバいほど寒いが……って、今はそんなことを気にしている場合ではないのだが!?」
『忙しいの? なら、先にこれを倒せばいいのかな』
空を引き裂くようなエンジン音を響かせ、漆黒の機体がグレイシアサーペントと対峙するルカの元に舞い降りる。
コックピットから顔を覗かせるのは、白い肌に黒と紫の混ざる髪。そして金色に輝く瞳を持つ少年――ゼファー。
ゴーグル越しに見える眠そうな視線をグレイシアサーペントに向けたゼファーは、ルカの警告も聞かず一直線に加速する。
『ジャラララララッ!!』
「待つのだ! そのヘビに近付いては!!」
迫るゼファーに、グレイシアサーペントは面白いとばかりに膨大な冷気をその身から放つ。
展開された冷気と凍結した大気によって光が乱反射し、それはあたかもオーロラのような輝きを放った。だが――!
『平気だよ』
「なぬっ!?」
だがしかし、グレイシアサーペントが放つ冷気の渦に飛び込んだ漆黒の機体は突如として〝黒い闇〟を放出。
溢れた闇は漆黒の機体を覆い尽くし、やがてルカの竜槍にも似た光の翼――否、闇の翼となって収束。
機体そのものを巨大な突貫兵器と化し、竜槍すら凍らせるグレイシアサーペントの冷気を一気に貫通。
さらにすれ違いざま、闇の翼で大蛇の胴体を深く切り裂いて見せた。
『ジャラアアアアアアアアッ!?』
「ええええっ!? ボクでもそんなことできないのにー!?」
「な、なんなのだそのフェザーシップ!?」
『さあ? それより、今のうちにやった方がいいんじゃないの?』
「っ! たしかにそうだ!」
激しく驚きつつも、ゼファーに言われたルカはすぐさまアズレルと共に飛翔。
ゼファーによって砕かれた冷気の渦を抜け、グレイシアサーペント本体を叩くために加速する。
『ジャラ……! ジャラララララララッ!!』
「うわわーっ!?」
「ぐぬっ!? こいつ、まだこれだけの力を――!?」
しかし手負いとなったグレイシアサーペントはそれまでの余裕を捨て、強烈な憎悪と怒りを乗せてこれまで以上の冷気を放出。
本体目がけて飛んでいたルカとアズレルは、凄まじい冷気によって巻き起こる気流に飲まれ、行く手を阻まれる。
「まだです――っ!」
「リゼット!?」
だがその時。凄まじい突風に飛ばされるルカの前を、リゼットの駆るレディスカーレットが横切る。
「ルカ、私の道を飛んで――!!」
「わかった! もう一度行くぞ、アズレル!」
「やってみるー!」
舞い降りたリゼットの言葉に従い、ルカは再び手綱を握りしめて体勢を立て直す。
するとどうだろう。
先ほどまでまともに進むことすら出来なかった乱気流の渦が、リゼットの翼の前には嘘のように静かに……むしろ彼女の道行きを後押しするかのように頭を垂れる。
しかし、それは決してリゼットが風を操っているのではない。
リゼットはただこの荒れ狂う風の全てを見て、最も飛びやすい道を指し示しているだけなのだ。
「し、信じられません……これが、この光景が、リゼットさんの見ている空の道だというのですか!?」
「です、ね……でも、ごめんなさいフィンさん……私に見えるのは、風……だけ、だから……――」
「リゼットさん!?」
だが荒れ狂う風を完全に見切り、ルカとアズレルをグレイシアサーペントの至近まで導いたレディスカーレットが、突如として失速、猛吹雪の中を落下する。
「どうしたのだリゼット!?」
「まずいよルカ! あの子、こんなに寒いのにボクたちの前を飛んだから……! フェザーシップと一緒にカチコチになってる!!」
「な……っ!?」
冷気の渦を抜けたルカを待っていたのは、プロペラごと機首を凍結させ、コックピットに座ったまま雪に埋もれて意識を失うリゼットの姿。
今も失速するレディスカーレットでは、後部座席のフィンが必死にリゼットに何事かを呼び掛けていたが、ルカの視界には倒れたリゼットの青ざめた横顔しか映っていなかった。
「リゼット――ッ!!」
『ジャララララララララ――!』
「ルカっ! ヘビが来るよー! ちゃんと前を見て、ルカ!!」
それまでの進路を変え、落下するレディスカーレット目がけて急降下するルカとアズレル。
だがそれを見たグレイシアサーペントは、勝利を確信してその巨大な口を開く。
「うぉおおおおおおおおおおお――ッ!!」
「待ってよルカー! ヘビが来るってー!!」
『ジャッジャッジャ! ジャラララ――!!』
グレイシアサーペントから放たれた絶対零度のブレスが、落下するレディスカーレット、そしてルカとアズレルを一瞬にして飲み込む。
放出されたブレスの軌道には凍結した巨大な氷柱が空中に出現するほどで、その直撃を受けたルカとリゼットの運命も絶望的に思われた。
だが。
だがしかし。
「ゆる……さん……ッ!」
『ジャラッ!?』
「よくも……! よくもリゼットを!!」
吹きすさぶ冷気と凍結した氷柱の向こうから、怒りに燃えるルカの――竜騎士の声が響く。
「許さん……! 罪もないたくさんの人々を襲い、リゼットまで傷つけたお前を……!! 俺は絶対に許さんッ!!」
『ジャッ!?』
瞬間。
辺りに満ちる冷気が渦を巻いて一点へ――強烈な怒気も露わにアズレルの背にまたがり、片手でレディスカーレットを掴み支え、もう片方の手で光輝く竜槍を掲げるルカの元へと集まる。
グレイシアサーペントはその身に纏う冷気をはぎ取られるように失い、反対にルカの元には、今にも爆発しそうな程の大気と極大の冷気が渦巻いていた。そして――!
「お前がこれまでに凍らせてきたもの全て……! 返して貰うぞ――!!」
「きたきたきたー! なんだかボクもパワーアップのよかーん! がおーーーー! はらぺこドラゴンファイヤーーーー!!」
『ジャラーーーーーッ!?』
次の瞬間。
炸裂したのは灼熱の業火。
竜槍アズライトに収束した膨大な冷気は、まるでルカの燃えさかる怒りに呼応したかのように〝冷熱逆転〟。
辺り一帯全ての氷を溶かし尽くすほどの巨大な火柱となり、グレイシアサーペント目がけて炸裂。
至近距離から無尽蔵の炎を叩きつけられたグレイシアサーペントは、断末魔の叫びと共に木っ端微塵に吹き飛び、辺りにきらきらと輝く大量の水蒸気と美しい虹を残し――消滅した。
「すごい……あれが、竜騎士の力……」
そしてその炸裂の上空。
援護を終え、目の前の死闘をぼんやりと見つめていたゼファーは、わずかな好奇と、はっきりとした〝羨望の眼差し〟をルカへと向けていた。
「あったかい……この広い空にこんな力があるなんて。知らなかったな……」
ゼファーは周囲に舞い散るオレンジ色に光る雪――たった今ルカが灯した、暖かな熱が込められた光にコックピットから手を伸ばし、掴むようにその手を握りしめた――。




