第三十二話
難易度『黒』
それは全世界共通のルールに則って運営されるギルドにおいて、もっとも困難な依頼であることを示すスタンプだ。
最難関である理由は様々。
軍隊でも討伐が難しい暴獣の撃破。
誰も見たことのない品の確保。
緊急を要するため、一般的な飛行士では到底不可能なルートによる輸送任務など。
ちなみに、前回ルカ達が依頼された連合艦隊の護衛任務の難易度は〝赤〟。
そして、今回フィンがルカ達に協力を依頼した〝黒の依頼〟の内容は――。
「五年前、〝氷天の花園〟で行方不明になった飛行士の捜索か……」
「はい。実は先日、偶然その行方不明の飛行士の奥様とお話しする機会がありまして……もちろん私も商人ですから、ただ働きはごめんです。ですが話を聞くと、どうも彼女の旦那様は〝珍しい武器〟を持って氷天の花園へ向かったとのことで」
「つまり、その奥様はもう五年も戻らない旦那様の手がかりを知りたい……そしてフィンさんは、旦那様が持っていた珍しい武器を手に入れたいと、そういうことです?」
「おっしゃる通りです。その奥様も、もし旦那様にまつわる何かを見つけられれば、報酬としてその武器を譲ってもいいと。すでに了承は得ていますので」
「ふむふむ? だがそれはどんな武器なのだ? フィン殿は知っているのか?」
レジェール領空を越え、連合の領空へと差し掛かる雲海の上。
結局フィンの依頼を手伝うことにしたルカとリゼットは、今日も元気なアズレルを連れ、目的地である氷天の花園と呼ばれる空の難所へと向かっていた。
「ええ、もちろんある程度の予測はついています。恐らくその武器は、古代セレスティアル文明によって作られた物……貴方がお持ちの〝竜槍と同じ種類の武器〟かと」
「な、なんだと!?」
「でも、たしか竜槍ってそこまで特別な武器じゃないんですよね? それこそドラゴンがまだ沢山いた時代には、竜騎士ならみんな持ってたって、私も歴史の授業で習いました」
「そうです。記録によれば、竜槍はドラゴンがいてこそ真の力を発揮する武器……なのでドラゴンの消滅と同時に〝ただの棒〟になってしまい、今ではほとんど現存していません」
「むう……俺のアズライトと同じような仕組みの武器が他にもあるとは、つい最近まで考えたこともなかったが……」
「ルカはそれでボコボコにされちゃったもんねー……よしよし、ボクが慰めてあげるからねー!」
「うぐぐ……ごめんな、アズレル……っ!」
アズレルの言葉通り、フィンの話を聞いたルカの脳裏にレターナに対して喫した苦い敗北の記憶がよみがえる。
あの場で彼女が言った『自分と同じ存在とまともに戦ったことがない』――つまり、竜騎士のような超人的な力を持つ者との戦闘経験の不足は、まさに今のルカにとって言い返せない事実だった。
「ところで、実はもう一つ気になっていることがあるのだ。氷天の花園はたしかに屈指の難所だが、俺も何度か暴獣退治や遺跡調査で訪れたことがある。どうしてギルドの査定が〝黒〟になったのだろう?」
「それが数週間前、その空域で〝巨大な暴獣との遭遇報告〟があったらしいのです。もちろん、今回は私が呼び出したとかそういうのでは……げふんごほん……なんとも恐ろしい話ですよ。フフ……」
「それもそうかもですけど、依頼難易度が黒になるパターンって他にもあるんです。それが、依頼の難易度に対して報酬が〝あまりにもしょぼすぎる〟っていう場合でー……今回の成功報酬って、フィンさんのポケットマネーだけでしたし……」
「なるほど。それに言いにくいのだが……五年も前に行方不明というのは、さすがに……」
「普通ならとっくに死んじゃってるよねー? このひろーい空で人間一人捜すのだってすっごく大変だし。いくらその武器が欲しいからって、どうしてキミはそんな人のお願いを聞いたのさー? そんなに武器が欲しかったの?」
「いや……まあ、そうですね。たしかに、少々私らしくはなかったかもしれません」
アズレルに問われ、フィンはレディスカーレットの後部座席でふむと考え込むようにあご先に手を当てた。
「実際ルカさんの言うとおり、旦那様の生存は絶望的でしょう。旦那様が乗っていたフェザーシップにしても、五年もの間誰も見ていないわけですから、とっくに雲の下に沈んだと考えるのが妥当なところです。ですが……」
ルカ達が向かっている氷天の花園は、世界地図において北に位置するレジェールの、さらに北に存在する極寒の牢獄だ。
そこには浮遊石混じりの永久凍土が無数に浮かび、風は強く、雨はすぐさま吹雪に変わる。
しかし全ての大地が氷ということは、つまり氷天の花園は〝無尽蔵の水源〟でもある。
そのため人類が歴史を記録するずっと以前から、危険を顧みずに多くの命知らず達が訪れる魔の空域として恐れられてきた。
「私はこの世に未練を残すとか、後悔するとか……何かをやり残して死ぬことが何よりも怖いのです。そして私がお会いしたあのご婦人も……様々な事情があったにせよ、旦那様を一度も探すことが出来ずにいることを、大層悔やんでいるように見えたものですから……」
「ふーん?」
「なるほどな……」
「わかる気がします……」
フィンが語る残された婦人の気持ちに、ルカとリゼットはしんみりと頷き、今もお肉が食べたいアズレルは自分で聞いておきながら上の空だった。
「わっかりました! ならその奥様が納得できるくらい、ばっちりしっかり私達で旦那様を探してあげましょうねっ!」
「うむ! ならば俺も、普段は飛ばないようなルートから探してみよう!」
「ありがとうございます、皆さん。もちろん、旦那様も武器も無事に見つかるのが一番ですが……まずは四日後のレースに支障のない範囲で大丈夫ですからね。フフ……」
――――――
――――
――
「閣下! ゼノン総統閣下! 誰か、誰かゼノン様がどちらにおられるか、知っている者はおらぬか!?」
美しく広がる青空。
そしてその青空の下にそびえる巨大な山脈と、そこから流れ落ちる豊かな水の流れ。
流れ落ちた水は川となり湖となって、山脈のふもとにある巨大な都市の隅々へ流れ込む。
ここは、ヴァルツォーク連合の首都。
そしてその中央に位置する湖に建造された、美しい純白の宮殿。
しかし今、その宮殿の主を呼ぶ侍従達の声は広大な宮殿内部に空しく響き、いくら呼んでもその答えが返ってくる事はなかった。
「ちょ、長官! 総統のご寝所で、閣下からと思われる置き手紙を発見いたしました!!」
「な、なんだと!? 早くそれをよこさんか!!」
「はっ!」
だがしかし。
やがて総統と呼ばれる人物を捜し回る長官の前に一人の兵士が現れ、主が残した手紙を手渡す。すると――。
「れ、レジェールチャンピオンシップに出場するから留守にする……? 探したり追いかけてきたら〝全員粛正〟……っ!? そ、そ、総統おぉおおおおおお――!!」




