第三十話
あいつと初めて会ったのは、いつだったかな。
あの頃の俺はまだ一人でイキってて、ムカつく奴は片っ端からぶっ潰すヤベー奴だった。
まあ、ヤバいって意味じゃあいつも……いや、あいつらも同じか。
まだガキみたいな歳だってのに、偉そうなドラゴンとひょろっとした相棒。
ついでに、とにかく笑い声がうるさいフェザーシップ乗りの四人で世界中を回ってた。
俺があいつらと会わなかったらどうなってたかって?
どうかな……そんなに深い仲だったわけじゃないからな。
ただまあ、もし俺があいつらと会っていなかったら。
きっと俺は、今みたいに愉快な仲間に囲まれたりはしてなかっただろうな――。
Side flight
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迷子の少女
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「わっはっは! まさかこんな辺境のド田舎に、ルミナと互角にやりあう奴がいたなんてなー! おーいルミナ、助けはいるか?」
「いらん! 貴様はそこでいつも通り、フェザーシップの座席でも暖めていろ!!」
「ほほう……? あの小娘、わらわの力を受けたルミナと互角に打ち合うとはのう。それにあの天剣……珍しいこともあるものよ」
「む、無理しないで下さいねルミナさんっ! これは僕の推測なんですけど、多分そっちの子の武器って、ルミナさんの竜槍と同じ原理の古代セレスティアル文明が使ってた大気中に含まれる浮遊石のエネルギーを元に発振するアーティファクトウェポん――」
「てめーらこそ……いきなり出てきて俺の邪魔しやがって。ここの水は俺がいただく……水だけじゃねぇ、食い物も金も、なにもかも全部だ!」
そこは、世界地図の外れに位置する浮遊大陸の小さな村。
旅の途中で偶然その村を訪れたのは、レジェールの第一王子にして世界最強の飛行士と名高いガイガレオンと、最後の竜騎士ルミナ。
そして空と古代文明の謎に憧れる本好きの少年パルマと、ルミナの相棒にして、巨大な一角を持つ高貴なるブルードラゴン――アズレル。
一行は今、この小さな村を襲う一人の少女と対峙していた。
「ふざけるな! そんなことをしたら、この村の人々はどうなる!? 見ろ、この乾いた土地を……こんな場所では、一滴の水が金よりもはるかに貴重になる! それを奪おうというのか!?」
「知るかよ……! 俺だって、生きるためにやってんだ! 俺に水を取られたくないなら、戦って俺をボコボコにすればいいだろ!!」
ぼさぼさに伸び放題の紫色の髪に、その合間から覗くエメラルドグリーンの瞳。
両手に構える二刀以外は、その小さな体をすっぽりと包むボロボロの布切れだけ。
見るからにまともな生活は送っていないであろう、自分と同じ十代半ばといった年頃の少女の猛攻に、ルミナは驚き、対処を迷っていた。
「君はまだ子供だろう!? 奪うとかボコボコにするとか、そんな物騒なことを言うもんじゃないぞ!」
「ぐぎっ! お前だってガキだろーが!!」
「な、なんだとーっ!?」
光刃を展開した竜槍を持つルミナに、同じく光刃を生成した二刀を構えて少女が突撃。
辺り一帯に爆風が巻き起こるほどの衝撃を放ち、二人は再び村の中央で激しい剣戟を繰り広げる。
「あの小娘、やはりただの人間ではない……わらわという強大な個の力に繋がる竜槍とは違い、あの娘の剣はより広く、薄く力を集める物。それをあそこまで使いこなすとは……」
「ってことは、あのルミナが負けるかもしれないのか? もしそうなったら、次にあいつとやるのは俺かー? げー、やりたくねー!」
「る、ルミナさん……! どうしよう……なにか、僕にもできることがあれば……そうだっ!」
「お、おい!? どこ行くんだよパルマ!?」
その時。激闘を繰り広げるルミナと少女を見守っていた眼鏡の少年パルマは、突然なにかを思いついたようにフェザーシップから飛び出していく。
「言っとくけど、俺は生まれてから一回も負けたことねーから!」
「ほっほーう、それは凄いな! 私もだ!!」
「な……っ!? この、嘘つくなっ!!」
「嘘じゃないぞ!」
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二時間後――。
「はぁ……はぁ……っ」
「ぜぇ……ぜぇ……っ」
「こいつら、いつまでやるんだよ……」
「ふぁ~~……さすがにそろそろ飽きてきたのう。わらわはちと寝るゆえ、終わったら起こすがよいぞ」
ルミナと少女の戦いが始まってから二時間。
全く休まず戦い続けた二人はすっかり疲れ果ててボロボロ。
ルミナは竜槍を、少女は二刀を杖のようにつき、生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えて立っている有り様だった。
「ふ、ふふ……! なかなか……ぜぇ、ぜぇ……やるな……!」
「こ、この……! てめぇ……化け物かよ……!? はぁ……はぁ……!」
だがそれでも戦意はまったく衰えず。
このまま放っておけば、二人はいつまでも戦い続けたことだろう。だが――。
「はい、二人ともそこまでですっ! おいしいお昼ご飯が出来たので、みんなで食べませんか?」
「え……?」
「ぱ、パルマ……っ!? 食べる……! もちろん食べるぞ!! うひょーー!」
二人の戦いを止めたのは、ひょろひょろ眼鏡の優男パルマが発した鶴の一声。
同時に荒れ果てた戦場にはかぐわしい料理の香りが漂い、それまで戦う気まんまんだったルミナは戦いを止めてふらふらとパルマの元へ。
残された少女もあまりのことにルミナを追えず、お腹を鳴らし、ごくりとつばを飲み込んでその光景を見つめた。すると――。
「あの……もし良かったら、君も僕達と一緒に食べませんか?」
「え……?」
「いっぱい戦ったから、お腹も空いてるんじゃないかなって思って……君の分も作ってあるから、遠慮しないでどうぞっ!」
「あ、う……っ。じゅる……」
――結局、あまりにも強烈なパルマの誘惑に、少女は抗うことができなかった。
気がつけば少女はルミナやガイガレオンと共に火を囲み、パルマの作った料理に必死にむしゃぶりついていた。
「うま……っ! うま……っ! むしゃむしゃ!」
「お口に合って良かったよ。水も材料も僕達が持ってきた物だから、まだまだ一杯食べてね!」
「くぅ~! 疲れ果てた体にパルマの料理が染み渡る! いつもありがとう!」
「しっかし……あんなヤバい戦いが目の前で起きてるってのに、途中で料理作りにいこう! なんて出来るのは、お前くらいのもんだろ。マジで尊敬するぜ……」
「食こそは全ての命を支える根源よ! ドラゴンも人も、食べなければ生きてはいけぬもの! がぶがぶうまー!」
パルマが急いで作ったのは、あり合わせの干し肉と木の実、そしてキノコで作った温かいスープと、火で軽くあぶった黒パン。
それらのメニューを一心不乱に食べ続ける少女に、パルマは安心したような笑みを漏らす。
ルミナ達のパーティーで唯一戦闘力を持たない……どころか貧弱一般人のパルマだが、その生活力の高さと様々な分野に通じた博識。
そして時折見せる謎のくそ度胸と深い優しさは、ルミナもガイガレオンも、そしてアズレルすら一目置くほどの逸材だった。
「えっと……ところで、君ってどこから来たの?」
「…………」
食卓を囲みながら、パルマは頃合いを見て少女に尋ねる。
「知らない……気付いたら一人で、どっかの遺跡の中だったんだ。きっと、捨てられたんだと思う……」
「そいつはひでぇな……ったく、親の顔が見てみたいもんだぜ」
「捨てられた、か……そもそも、〝親がいればの話〟ということになるが……」
「アズレル? もしや君は何か知っているのか?」
「……いいや、ただの独り言よ。忘れて構わんぞ」
先ほどまでとは違い、なぜかしょんぼりとした様子でパルマの問いに答える少女に、ルミナ達は複雑な表情を浮かべた。
「そっか……じゃあ、君の名前は?」
「レターナ……それ以外はなんも覚えてない……」
「レターナか! いい名前だ! 私はルミナ、よろしく頼む!」
「僕はパルマ・モルエッタ。よろしくね、レターナさん」
「うん……ありがとう。これ、すごくうまかった……」
「よかった! 喜んでくれて、僕もとっても嬉しいよ!」
笑顔と共に差し出されたパルマの手を、レターナは恐る恐る握り返す。
その時感じたパルマの手の温かさ、そして料理の美味しさを、レターナは今でもはっきりと覚えている。
レターナにとって、このパルマの料理は物心ついて初めて口にした誰かから与えられた食事。
誰かから奪うのではなく、誰かと共に分かち合う食事だった――。
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――
結局、その後も世界を巡る冒険を続けるルミナ一行に、レターナが同行することはなかった。
しかしこの出来事以降、その地方で光輝く二刀を持った少女が村を襲ったという記録は一つも残っていない。
その後。
村でルミナ達と別れたレターナは世界中を巡り、冒険小説の主人公かというほどの出会いと別れ、そして様々な経験を経て〝その幼さの残る容姿以外は立派に成長〟。
それから十年以上の時を経て、全空最強最悪の空賊――クリムゾンフリートのキャプテンとして、同じく立派な竜騎士に成長したルミナと再会することになるのだった――。
Next Seventh flight
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舞い降りる黒
▽▽▽▽お知らせ▽▽▽▽
こんにちは!
いつもご覧下さりありがとうございます!
次回更新ですが、一日お休みして7/22(火)になります!
この前体調を崩して書き溜めを消費してしまったので、このお休みで書き溜めを回復してまた頑張ります!!
もうすぐ本作も10万文字ですが、想定では25万文字くらいで終わる予定なので、今後も完結目指して全力で頑張ります!!