第三話
「わー! ママ見て見てー! おっきなヘビさんがお空を飛んでるー!」
「違うよ、ドラゴンだよ! 絵本にのってた!!」
「かっこいー!」
六隻の飛行船に引かれ、空を飛ぶホテルの展望ロビー。
式典に参加した来賓達はそこから見える空の景色と、護衛のフェザーシップに混ざって飛ぶ青いドラゴンの姿に驚きの声を上げていた。
「あれがドラゴンとな? ふむ……見た目はそこいらにいる暴獣と大してかわりませんな」
「せっかくの絶景も、あのような化け物が視界に入っては台無しではないか。獣臭くてかなわん」
外がそうであったように、こちらでもルカに対する好意的な反応は少ない。
実際に依頼を通してルカの人柄を知るフェザーシップ乗りと違い、式典に集まった来賓達はさらに遠い世界の住人なのだから。
「いったいどうなっている!? 誰があの竜騎士をこの式典に参加させた!?」
「ま、まあまあバロア様。そこまで大きな声を出さなくてもよいではありませんか。子供達は喜んでいることですし……」
それらの中でも、不快感を通り越して怒りすら滲ませるのは、すでに壮年を越えて初老にも差し掛かる一人の男――レジェール王国宰相のバロア・オクムスタンである。
「いいわけがないでしょう! この式典は我が国にとっても重要な物なのです! それを、あのような時代錯誤の竜騎士に邪魔されるなど……ええい、誰か! 今すぐギルドの責任者を連れてこい!」
「おやおやー? どうかしましたかー? 貴方がそんなに怒るなんて、珍しいこともあるものですね。バロア宰相」
「ひ、姫様!?」
怒るバロアの前に現れたのは、普段の動きやすい服装とも、パイロットとしての格好とも異なるドレス姿の美少女。
ルカが住むこのレジェール王国の王女にして、世界屈指の飛行士でもある、リゼット・レディ・レジェールだった。
「あの竜騎士のことでしたら、呼んだのは私です。私の個人的な護衛として、彼に直接依頼させていただきました」
「なんですと!? ですが、護衛ならば他にいくらでも……!」
「彼の力は私が保証します。お父様だって、大切な式典だから飛べる者は一人でも多い方がいいと……そう仰ってましたよ?」
「うぐ……!? そ、そうでございましたか……姫様だけでなく、陛下もご了承されているということであれば……私からは、なにも申し上げることはございません……!」
「ありがとう、バロア。わかって貰えて嬉しいです。引き続き、式典の安全な進行をよろしくお願いしますね」
一切悪びれた様子を見せない様子のリゼットに、バロアは思わずたじろぐ。
そしてダメ押しとばかりに放たれた〝お父様〟の一言により、ついにバロアは渋々といった様子で引き下がったのだった――。
――――――
――――
――
「――やっぱり、嫌でした?」
「なにがだ?」
ミムンの滝を目指す初飛行の途中。
フェザーシップの格納ドックに戻ってきたルカとアズレルは、そこで申し訳なさそうに待つ、ドレス姿のリゼットに出迎えを受けていた。
「今回の依頼のことです。ギルドのメンバーと一緒だってことも、たくさんの人の前で飛ぶことも。ルカにとっては、自分から嫌な目にあいに行くようなものじゃないですか」
「何も問題ないぞ! たしかに、馬鹿にされれば腹も立つが……フェリックスやユウキさんのように、俺には信じてくれる仲間がいる……それを再確認できただけでも、この仕事を引き受けて良かったと思っている!」
「うーん……ルカはそうでも、ボクはまだ納得してないんだよねー。今回のこのお仕事、キミはどういうつもりでルカに持ってきたの?」
「もちろん、私だってルカとアズレルさんがここに来れば、なんて言われるかくらいわかってました。だけど……」
流れていく青空を頭上に。
果てなく広がる雲海を足元に。
心地よい空の風を受けながら、ルカとリゼットは格納庫の手すりにもたれて並ぶ。
「私、とってもわがままなんです」
「知ってる」
「それに、すごく欲張りです」
「知ってるぞ」
「本当のルカは強くて、優しくて、ほんのちょっぴり変な人で……でも間違いなく、数え切れないくらい沢山の人を助けてるのに。世界どころか、レジェールの人でもルカが頑張っていることを知らない……私は、それがすごく嫌なんです」
「そっかそっかー……ちなみにボクは?」
「えっ!? えーっと……も、もちろんアズレルさんだってー………………いっつもハラペコでー……ルカが頑張って稼いだお金を、すぐに食べ尽くしちゃう困ったドラゴンさんでー……あ、でもでも! 意外と優しいところもあったりなかったりします!」
「かじるよ!? それ褒めてないよね!?」
平穏そのものの空を前に、二人と一頭はこれまでと同じように言葉を交わし、笑い合う。
「みんな、ルカを知らないだけなんです。知らないから怖がるし、嫌ったりしてるんです。だから今回みたいに、たくさんの人の前でルカが飛ぶ姿を見れば、少しずつでも、ルカのことを悪く言う人が減るんじゃないかなって……そう思って……」
「……ああ、それもわかっていた」
「え……?」
「俺がこの仕事を引き受けるか悩んでいる間、ずっと黙って待っててくれただろう? あれで、なんとなくな……」
ルカはそう言って微笑み、手すりにもたれかかりながら、視線の先に広がる青空を見上げた。
「実は、俺もリゼットと同じ事を考えていた……いくら世間から冷たい目で見られようと、逃げ続けていては何も変わらない……それに俺がこんなことでは、いつまでたっても母さんが安心できないだろう?」
「ルカ……」
竜騎士だった母が死に、まだ幼かったルカがその跡を継いでもう五年になる。
ルカにとって、〝竜騎士とは死んだ母そのもの〟。
竜騎士を侮辱されることは、亡き母を馬鹿にされるのと同じ。
そしてその思いが強すぎるがゆえに、これまでルカは、周囲の偏見の目から逃げるように活動してきた。だが――。
「ありがとうリゼット。俺はもう逃げない……母さんのためにも、俺を仲間だと言ってくれるみんなのためにも……竜騎士として胸を張り、堂々と頑張る! そしてまずは、リゼットが持ってきてくれたこの仕事を全力でやり遂げるつもりだ!!」
「はわ……」
青空を背に、ルカは一点の曇りもない覚悟の眼差しをリゼットに向ける。
それを真正面から受けたリゼットは、思わず息をするのも忘れて頬を染めた。
「どうした?」
「は……っ!? い、いえいえ……! この私としたことが……ルカの笑顔に完全にやられてたとか、やっぱり〝なんとしても私のものにしないと〟とか……! ぜ、全然さっぱりこれっぽっちも、そのようなやましいことは考えてませんのでっ!」
「いや、待ってくれ! 警報だと――!?」
ルカの澄んだ瞳に脳をやられ、真っ赤になったリゼットがわたわたと両手を振るのと同時。
六隻の飛行船から一斉にけたたましい警報が鳴り響き、周囲を巡回するフェザーシップが一斉に警戒態勢に移行する。
『敵襲、敵襲! 哨戒中のフェザーシップより無線連絡! 南南東より接近中の暴獣の大群を確認! 護衛のフェザーシップは、直ちに迎撃に当たられたし!』
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