第二十四話
「はふー! 重いし暑いし動き辛いし、こんなのもうぽいしたーい!」
「すまんアズレル! 本当にあと少しなのだ! もうすぐ国境の目印になっている境界島につく。そうすれば、このベニア板ともおさらばできるぞ!」
「視界は全方位良好、敵影もなしと……結局、クリムゾンフリートは最後まで出ませんでしたね?」
「油断しちゃだめよリゼット。相手は全空最強最悪……どんな手を使ってくるかなんて、わからないんだから」
広がる雲海を双眼鏡でぐるりと見回し、リゼットはほっとしたように胸をなで下ろす。
ルカ達が連合艦隊の護衛について数時間。
午前から続いた任務は正午を越え、間もなく昼下がりに差し掛かろうという頃。
あまりにも順調すぎる航海により、艦隊はレジェールと隣国の国境沿いに到達しようとしていた。
『こちらヴァルツォーク連合、第三水輸送艦隊指揮官のヘンリックだ。諸君らレジェール飛行隊のここまでの護衛に感謝する! 見送りは国境までで十分だ。我々も貴隊らの無事の帰還を祈って――』
「ん……? いや……待て! 全機警戒! 気合い入れろ、空賊共のお出ましだぞ!!」
「えっ!? 来たって……ええ!?」
だがその時だった。
連合の艦隊指揮官ヘンリックによる任務終了の無線が響く中、警戒を続けていたユウキが敵影発見を無線で叫び、フェリックスが困惑の悲鳴を上げる。
そしてその声と同時。
艦隊の眼下に広がる雲海をぶち抜き、無数のフェザーシップと完全武装した数隻の空賊船。
そして旗艦らしき深紅の巨大な戦艦が、青空の下に一斉に浮上する。
「噂をすれば、来ましたね――!」
「ほらね、私の言ったとおりだったでしょ!」
「来たか! ここからは俺達の腕の見せ所だぞ、アズレル!」
「やったー! じゃあ、もうこれポイしていいー?」
「レジェール全機散開! びびってる奴はとにかく上にあがれ! 蜂の巣にされるぞ!!」
『敵襲! クリムゾンフリートと思われる船影確認!! 全艦、迎撃態勢! 繰り返す、全艦迎撃態勢!!』
打ち破られた平穏。
広大な空にけたたましく鳴り響く警報と、一気に回転数を上げる無数のエンジンが勇ましい音色を奏でる。
『ヒャッハー! 高空有利なんざ、俺達クリムゾンフリートには通用しないぜ!』
『臆病者の連合は、永遠に雲の下に沈んでろ!!』
「くそが……! こいつら、この一瞬で俺達の頭を取りやがった!」
通常、雲海に潜るような低高度では大気の質が変化し、フェザーシップや飛行船は降下できない。
だがクリムゾンフリートはその常識を覆し、母艦から直接上空めがけてフェザーシップを射出する特殊なカタパルトによって、〝空の底〟とも言える雲海からの奇襲攻撃を完全に成功させていた。
「ひええっ! ど、どしましょうユウキさんっ!?」
「チッ、仕方ねぇ……! 前に出ろフェリックス! どうせ奴らから見たお前の動きはヒヨッコムーブ丸出しだ! カモだと思ってお前を狙ってきた奴を、俺が片っ端から叩き落としてやる!」
「えええええええっ!? ぼ、僕は囮ですかーーっ!?」
『フェザーシップ全機、急速発進! 我ら連合に刃向かう愚かな逆賊共を、この空で一機残らず叩き潰すぞ!!』
『フェザーシップ隊急げ!』
大混乱の中、連合の空母型飛行船が艦載機の発艦準備に入る。
周囲の護衛艦が次々と対空射撃を開始し、青空の中に黒煙と白煙の炸裂を次々と咲かせる。
『ばーか! 数を揃えれば俺達に勝てるとでも思ったのかよ!』
『お前ら連合のやり方は、とっくに知り尽くしてるぜ!』
だがしかし。
連合とレジェールをあざ笑うように、急上昇した空賊のフェザーシップ部隊は様々な色の拡散型煙幕を展開。
視界を封じられた連合の艦隊は、同士討ちを恐れて対空砲火を行うことが出来ない。
「やる……! さすがは全空最強の空賊ってところね……これじゃ援護も期待できないじゃない!」
一瞬で陣形を崩され、煙幕によって視界を奪われた空の中。
ココノは即座にゴーグルを下ろすと、愛機ブリリアントブリッツの翼から白い軌跡を引いて旋回。
緩やかに上昇しつつ、すぐ隣を飛ぶルカとリゼットのカバーのために視界不良の空を飛翔する。だが――。
『――ふふ、そこの成金フェザーシップ。ずいぶんと生意気なカラーリングね。そんなに死にたいなら、お望み通り私が沈めてさしあげましょうか?』
「え!? なんなの……敵から無線!?」
煙幕の中を飛ぶクリムゾンブリッツ目がけ、一機の空賊フェザーシップが急降下突撃、上空から弾丸の雨を降らせる。
『あら……先に挨拶してあげたとはいえ、ずいぶんと綺麗に飛ぶのね。ただの成金さんじゃないのかしら?』
「そっちこそ、攻撃前に無線なんて……舐めた真似してくれるじゃない! でもいいわ……今の私がどこまでやれるのか。リゼットとやる前に、あんた達で確かめてやるから――!」
しかし無線と同時に放たれた機銃斉射を、ココノは瞬時にロールして回避。
そのまま得意の旋回機動で離脱する空賊機に喰らいつき、互いに旋回し合いながら背後を狙う、ローリングシザーズへと突入する。
「ココノ――っ!」
「待つのだリゼット! この状況ではどこから敵が来るかわからん! ここは俺とアズレルが前に出る!!」
「ぷはーっ! やっとぜんぶ脱げたー! 気分そうかーい! いつでもいけるよー!」
ココノが空戦を開始するのと同時。
ついに仮装を脱ぎ捨てたアズレルとルカは、加速するリゼットを援護するため大きく羽ばたいてレディスカーレットの前に出る。
『――翼獅子のエンブレムに、赤いフェザーシップ。レジェールのトップエース、リゼット・レディ・レジェールだな』
「なに!?」
「上ですっ! 避けてルカ!!」
しかしその瞬間、開かれた共通無線からくぐもった男の声が響き、太陽を背に二機のフェザーシップがリゼットとルカに一撃離脱の格闘戦を仕掛けた。
「大丈夫かリゼット!?」
「もちろんへーきです! それより、すぐに次が来ますよ!!」
『全空最強と名高いレディリゼットと、伝説に聞く最後の竜騎士。この戦いで最も厄介な相手はお前達だと、キャプテンはそう言っていた』
『本当なら、連合でもない貴方達に恨みはない……だけど、私達も邪魔されるわけにはいかないの。悪いけど……ここで死んで貰う!』
「こいつら、俺を知っているのか!?」
「なーにが死んで貰うですか! この空で私とルカに挑もうなんて、一億万年早いですっ! いきましょう、ルカ!!」
「よ、よし! ならばアズレル、俺達もやるぞ! 抜槍――竜槍アズライト!!」
「おっけー! がおー!」
互いに初撃を回避したルカとリゼットは、そのまま広大な空に交差する円を描いてすぐさま合流。
リゼットはコックピットから、ルカはアズレルの背から互いに目線を合わせて頷くと、そのまま迫る大空戦の渦中へと飛び込んでいった――。




