第二十三話
『――こちら、ヴァルツォーク連合所属、第三水輸送師団。貴国の領空通過に際し、我が艦隊の護衛随伴に感謝する!』
「こちらレジェール王国所属、ギルド飛行隊隊長のユウキ・センディットだ。急な話だったんでこっちの艦隊は出せないが、代わりに俺達が貴艦らの旅の安全を保証する。ま……せいぜいレジェールの空を楽しんでくれ。以上」
「わぁー! さすが、ユウキさんはやっぱりかっこいいです! あ、もちろん僕にとってはルカさんの方がかっこいいですからねっ!」
「そうか!? ありがとうフェリックス!!」
「ふーん? いつもは面倒だからって、隊長みたいな大役は私やリゼットに押しつけるのに。このくらいの依頼だとあのユウキさんも真面目に仕事するのね。意外だわ……」
ギルドマスターによるルカへの直接依頼当日。
レジェール本土から遠く離れた国境沿いの雲海の上。
地鳴りのようなエンジン音と共に大気を震わせるヴァルツォーク連合の水輸送艦隊に、ユウキを隊長としたレジェールのフェザーシップ部隊が合流していた。
「っていうか、私も連合の艦隊は何度も見てきましたけど、今回はまた一段とゴリゴリな編成ですね。それだけクリムゾンフリートを警戒してるってことなんでしょうけど……」
コックピットから身を乗り出したリゼットが見つめるのは、三隻の巨大な水輸送船を中心に、円を描くように護衛艦がその周囲を固める鉄壁の艦隊。
多数の駆逐艦や戦艦、さらには空母まで引き連れた連合艦隊は、これから国でも滅ぼしにいくかのような大戦力だ。
しかも今はそれに加え、レジェール航空組合に所属する30機以上のフェザーシップ隊まで護衛している。
いくら全空最強最悪の空賊とはいえ、この艦隊に戦いを挑むのは自殺行為もいいところだろう。
「実際連合はこの艦隊で、襲ってきたクリムゾンフリートを全滅させるつもりだろうぜ。わざわざ広い空を探し回るより、向こうから出てきてもらった方が手っ取り早いってわけだ」
「そ、そんなぁ……! それならせめて、僕達が一緒の間は出てこないで欲しいです……」
「ところで、ルカは久々のギルドはどうでした? 先生とも会えたんですよね?」
「ああ! 数年ぶりだったがお元気そうだったな。俺の事も、ずいぶんと気にかけてくれてな!」
リゼットに話を振られ、ルカはアズレルの背に乗りながら感慨深そうに頷いた。
ルカの言う先生とは、レジェール青空航空組合の組合長を務めるマリアンヌ・ホーエンハイムという女性のことだ。
すでに老齢を迎えた聡明な女性であり、組合長以外にもレジェールの子供達が通う幼年学校の校長も務めている。
そのため、幼い頃のルカとも何度も面識のある間柄だった。だが――。
「むーーーーっ! それはいいけど、どうしてボクがこんな格好しなきゃいけないのさー! 重いし飛びにくいし、もう全部ぽいーしてもいい!?」
「が、我慢するのだアズレル! 今回は俺達が参加していることは秘密なのだ! もし空賊が出たらぽいーしていいが、それまではこの〝フェザーシップっぽく見える鎧〟を脱いではいかん!」
「ぶーぶー! ボクにこんなひどい格好させるなんて……あとでぜーったいに、空マグロの丸焼き食べさせて! そうじゃないと許さないからー!」
横一列になって飛ぶルカ達に、アズレルはくぐもった声で必死に抗議の声を上げる。
だがそれもそのはず。
見れば今のアズレルは、鼻の先にくるくる回るプロペラのおもちゃをぶら下げ、翼から尻尾の先までに何枚ものベニア板がロープで無理矢理くくりつけられていた。
「なんでも、先生は今回の依頼に俺とアズレルが参加出来るよう、色々と頑張ってくれたらしいのだが……」
「バロアですよね……私の耳にも、あの人が〝最後までルカの参加に反対した〟って話が入ってきてます。はぁ……前にルカをギルドから追放したことといい、本当にどうしたらいいんでしょう……」
「噂には聞いてたけど、まさか宰相の〝ドラゴン嫌い〟がそこまでなんてね……私の知ってるあの人は、いつも〝真面目で優しい立派な人〟って感じなんだけど……もしかして、ルカがなにかしたんじゃないの?」
「誓ってそんなことはしていない! というか、俺はそもそもその宰相殿と会ったことすらないのだ!!」
結局、バロアの反対を受けたルカとアズレルは、表向きこの依頼に参加することはできなかった。
だがそれでも食い下がったマリアンヌは、全ての責任は自分が取る覚悟で秘密裏にルカに同行を依頼。
クリムゾンフリートが現れれば竜騎士として戦い。
現れなければ、そのまましれっと帰ってくればいい。
可哀想なアズレルの変装には、そのような狙いがあった。
「だが事情はどうあれ、俺は今回のことで勇気とやる気をもらったぞ! この空にはまだ俺とアズレルを……竜騎士を必要としてくれる人が沢山いる。俺達を頼りにしてくれる人がいるんだと……そうはっきり思えたからな!!」
「ふふ、そりゃそうですよ! 私もずっとそう言ってたじゃないですかっ!」
「ぼ、僕だって! 僕にも、ルカさんが必要なんです!」
「まあ、あんたには私も助けてもらったし? 実際、意外と頼りになるし……もっと自信持ってもいいんじゃないの?」
自分にはまだ、必要としてくれる誰かがいる。
たった一ヶ月前には確信できなかったその事実を胸に、ルカは共に空を飛ぶ仲間達に笑みを向けた。
「だったらなおのこと、空賊共の好き勝手にやらせるわけにはいかねーな。ここは一発ビシッと決めて、あの〝ご立派な宰相殿〟をわからせてやろうじゃねぇか!」
「はい! ありがとうございます、ユウキさん!」
「うえーん! ボクは早く帰りたいよー!」
――――――
――――
――
「見えたわ。間違いなく連合の水輸送艦隊よ」
「おいおい、なんだよあの数は? たかが空賊相手にぞろぞろと……連合の奴ら、死ぬほど俺達にびびってんじゃねーか! なあ! ぎゃははは!」
そこは、赤い船内灯に照らされた薄暗い船の中。
〝潜望鏡〟から外をのぞき込んだ性別も年齢も様々な船員達が、口々に連合艦隊を馬鹿にした笑い声を上げる。
「どうだお前ら、〝俺達の水〟は見つかったか?」
「たった今見つけたところです。けどどうしますキャプテン。連合もさすがに〝今回はガチ〟みたいですけど」
「そいつは笑えるな。ガチだろうとなんだろうと、連合の雑魚共に俺達が負けるかよ。さーて……どれどれ? んんんん? っていうか……なんか、変なのがいるな? なんだあのフェザーシップ?」
集まる船員達の奥。
狭い金属製の通路に甲高い靴音を響かせながら、その〝素顔を仮面で隠し〟美しい紫色の髪を背中になびかせた黒コート姿の人影が現れる。
キャプテンと呼ばれたその人物はそのまま潜望鏡をのぞき込むと、その先に〝あるもの〟を見つけ、やがてその肩を小刻みに震わせ始めた。
「ク、クク……っ! おいおいおい……まさか、あそこで飛んでるのはドラゴンか? あ、あんな下手くそな変装なんかで……バレないとでも……ク、ぷぷっ! あーーーーっははははははっ! い、いくらなんでも……ば、馬鹿すぎだろ……っ!? ぷはははははは! ひー! お腹痛い!! うひー!!」
「やべえ! またキャプテンの笑い上戸が炸裂しちまった!!」
「お気を確かに、キャプテン!」
「だ、大丈夫!? 誰か、レターナにお水持ってきて!」
「ごきゅ! ごきゅ! ふぅ、すまん……貴重な水をくだらんことに消費してしまった。だがそれにしても、まさかレジェールの竜騎士がいつのまにか復活していたなんてな……となればこの戦い、簡単にはいかないぞ」
ひとしきり船内を笑い転げた後、部下に助け起こされたクリムゾンフリートのキャプテン――レターナは、すぐに切り替えて咳払いを一つ。周囲の部下を見回して言った。
「いいだろう! お前ら全員、今から戦闘配置につけ! 連合がどれだけ戦力を集めようが、俺達クリムゾンフリートは、連合がこの空から消えるまで戦い続ける! そしてよーく聞け……あの艦隊にくっついている〝脳筋竜騎士〟が俺の知っているあいつなら、お前達が相手をするには荷が重い。無理に戦わないで、必ず俺の前におびき出せ。いいな!!」