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第二十一話


 フェザーシップなんてただの遊び。

 

 由緒あるレトルトン家に生まれた私には、私にしか選べない道がいくらでもあるんだから。

 

 だから、空を飛ぶのは今日で最後。


 このキッズレースで優勝したら、私にしかできない他のことを探しに行って、そこでまた他の誰よりも輝いてみせる。


 そのつもりだったのに――。



 Side flight

 ――

 ロイヤルとブリリアント


 ――――――

 ――――

 ――


「わー! 見てルカ! フェザーシップがいっぱいある!」


「すごいねー! リゼットのはどこにあるの?」


「こっちこっち! 一緒に行こー!」


「待ちなさいリゼット! あまり遠くに行ってはいけませんよ! もう、あっという間に行ってしまうのだから……」


「がーっはっはっは! 我が子ながら、まさかたった十歳で初レースとは。やはり冒険王の血は争えんということよ! なあルミナ、お前もそう思うだろう?」


「なーっはっはっは! なら貴様は、リゼットの見た目まで父親に似なくて良かったと神に感謝した方がいいな! 容姿はそちらの美しい奥方に、そしてフェザーシップの操縦技術は貴様に似るなど、まさにいいとこ取りではないか!」


 晴れ上がった青空にいくつもの空砲があがり、この日のために集められた白い鳥達が一斉に羽ばたく。


 ここは、レジェールキッズエアレースの会場。


 この世界では、フェザーシップの操縦は早ければ四歳や五歳からスタートできる。


 もちろん、機体は浮力も出力も制限された子供向け。

 だが浮遊石が持つ永続浮力によって地面や雲海への落下墜落の危険が少ないフェザーシップは、意外にも致命的な事故の少ない安全な乗り物だった。


「わたくしは心配です……今は子供の遊びと見守ることもできますけれど。このまま貴方やルミナ様のように、一人で空に飛び立ってしまうのではないかと……」


「だいたい、それを言うならお前の息子のルカはどうなんだ? 見たところ、お前よりも父のパルマに似た雰囲気を感じるが」


 今、その会場には多くの人々が集まっている。


 ほとんどはレースに出場する我が子を応援する家族だが、その中には十歳になったばかりの王女リゼットを応援する国王ガイガレオンと王妃ヴァレリア、そして二人の親友である竜騎士ルミナの姿もあった。


「フッ……たしかにあの子はパルマにそっくりだ。私のように、ただ暴れるだけが取り柄の脳筋ではない……私が愛したあの男に似た、誰よりも優しい心を持っている。ルカが将来竜騎士の道を選ぶかはわからないが……私は別に、自分が最後の竜騎士になっても構わないと思っているからな」


「最後の竜騎士か……お前のような竜騎士が本当にこの世界から消えてしまうのだとしたら、寂しくなるな」


「貴様にしては珍しく感傷的なことを言う。この世に永遠に続くものなど一つもない。ドラゴンも竜騎士も、役目を終えれば消えるのが自然の摂理……そして私は、そんなしがらみでルカを縛りたくないのだ」


「そうか……しかしお前のその鎧、相変わらずまぶしいな……」


「目がチカチカしますわ……」


「フッフッフ……羨ましいだろう!」


「いや、ぜんぜん」


 日光をド派手に反射する、〝ピカピカでトゲトゲのかっこいい鎧〟を身に纏い、腰まで伸ばした美しい黒髪をなびかせた容姿秀麗な女性――ルミナ・モルエッタ。


 彼女の息子ルカはレースの出場者ではないが、家族ぐるみの付き合いである王女リゼットの応援のため、こうしてレース会場に足を運んでいた。そして――。


「なに? もしかしてあなたもレースに出るの?」


「うん! あなたも?」


 ルカと共にフェザーシップを見に行ったリゼットは、そこで深い青色の髪に子供用の飛行帽をかぶった少女に声をかけられていた。


「ふーん。なら残念だったわね。今日のレースで優勝するのはこの私! つまりあなたは、私に負けるためにここに来たってわけね!」


「そうなの?」


「いきなり出てきてリゼットに変なこと言うな! 初対面の人には礼儀正しくしましょうって、学校で習わなかったのか!?」


「なによっ! 礼儀正しく私が勝つって教えてあげてるでしょ!?」


「まってルカ! えーっと……私はリゼットっていうの。あなたのお名前は?」


「ココノ! ココノ・レトルトンよ! この国でも有名な大金持ちの大貴族なんだから!」


「じゃあ、ココノって呼んでもいい? 私、あなたみたいな素敵なお友達が欲しかったの!」


「す、素敵? 私が……?」


 一応、自分から喧嘩をふっかけた自覚はあったのか。

 そんな自分と友達になりたいというリゼットの言葉に、ココノは目を丸くして驚く。


「だめ?」


「え、あ……! い、いいわ……特別にあなたとお友達になってあげる! でも言っておくけど、友達だからってレースで手加減したりしないから! 負けて泣いてもしらないからね!」


「やったー! ありがとう、ココノ! 一緒のレース、楽しみにしてるねっ!」


「う、うん……って、なんなのよっ!?」


「えへへ、また後でねー!」


「うわー……やっぱりリゼットって凄いなー。僕があんなこと言われたら、きっとケンカしてたと思う……」


 リゼットに調子を崩されたココノは、そのまま居心地が悪そうにその場を後にした。

 そして、二人の初対決となったレジェールキッズエアレースは、晴天の中で無事開催されたのであった――。


 ――――――

 ――――

 ――


「カー! カー!」


「…………」


 夕暮れの空。

 どこまでも続く赤い空を、つがいのカラスがカアカアと鳴きながら飛んでいく。


 すでに、キッズレースの日程は全て終わっていた。

 参加者達は会場を後にし、残っているのは会場の後片付けをするスタッフくらい。


 しかしそんな夕暮れの会場でココノは一人、すでにボロボロに泣きはらした赤い目で、沈む夕焼けをじっと見つめていた。


「ココノちゃん……悔しいのわかるけど、今日はもう帰るお時間ですよ」


「負けた……あんなの、レースにもなってなかった……」


 それはココノにとって、人生で初めて味わう完膚なき敗北。

 心配して寄り添う母親の言葉も聞こえず、ココノは何度も何度も今日の敗北を噛みしめる。


 優勝したリゼットと、二位のココノ。


 結果だけ見れば惜しかったと言えるのだろうが、実際にココノはレース中、リゼットの〝影にすら触れることが出来なかった〟のだ。


「信じられない……人って、あんなに速く飛べるものなの? どうしたら……どうしたら私も、あんな風になれるの?」


「まあ、たしかに優勝は逃したが……準優勝も十分に立派だろう! これで親戚連中にも自慢できるぞ! それに、ココノはこれを最後に次は社交ダンスを始めると決まっている。いつまでもフェザーシップなんぞにかまけている暇は――」


「……やめない」


「なに?」


「ごめんなさいパパ、ママ……私、まだフェザーシップに乗りたい。あの子に……リゼットに勝ちたい! 私も、リゼットみたいに空を飛べるようになりたいの!!」

 

 それは、ココノにとって初めての強い願い。


 そしてこの日以降。彼女は貴族としての道ではなく、空に生きる一人の飛行士(パイロット)としての道を歩み始めることになる。そして――。


「はっはっは! やはりレースはリゼットの圧勝だったな! ルカも今日は楽しかったか?」


「うん! リゼットといっぱい遊んだよ!」


 夕暮れの帰り道。

 珍しくドラゴンではなく自らの足で進む帰路を、ルカとルミナの親子は並んで歩いていた。


「僕もアズレルに乗ってレースに出られたらいいのになー。そうしたら、リゼットと一緒にもっと遊べたのに」


「うむむーん。だがフェザーシップとドラゴンでは色々と違うからな……それに、リゼットとはいつも一緒に飛んでるだろう?」


「あはは! そうかも!」


 ルカの無垢な横顔に、ルミナは深い慈愛の込められた眼差しを向ける。

 そして静かにその手を握ると、今にも沈もうとする夕焼けをじっと見つめた。


「ルカは本当にいい子だ。そして、誰よりも強く優しい子に育ってくれた……もうこの先でなにがあろうと、一人で立派に生きていくことができるだろう」


「え……?」


「ふふ、そしてどうか覚えておいてくれ……たとえどんなに離れていても、私はルカのことを誰よりも愛している。いつだって、父さんと二人でルカのことを見守っているからな……」


「母さん……」


 この時、ルカは自分の胸がざわざわとさざめいたのをはっきりと覚えている。


 そして、そのルミナの言葉から約一年後。


 アズレルと共に飛び立ったルミナは、二度とルカの元に戻らなかった。

 残されたルカはたった一人、最後の竜騎士としての道を歩み始めることになる――。



 Next Sixth flight

 ――

 深紅の賊軍

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