第十九話
「やるぞアズレル! リゼットはフィン殿を頼む!」
「あ、ルカ――っ!」
『ピリリ……ピリリリ……!』
岩でできた鋭い牙が空中に浮かぶ針の巣。
そこになんの前触れもなく現れた脅威度SSSの暴獣、デスクラウド目がけてルカとアズレルが飛ぶ。
「わはー! いっくよー!」
「はぁあああああああああ――ッ!」
クラゲにも似た姿のデスクラウドは、雷撃を自在に操る恐るべき暴獣だ。
脅威度SSSといえば、同じ暴獣であるクラウドシャークのB(群れであればA)をはるかに上回る。
デスクラウドの巨体は、その頭部だけでも数百メートル。
さらにそこから伸びる大量の触手は、長さ1キロメートルを越える。
すでにルカ達の空域はデスクラウドの触手に包囲され、離脱するには本体を叩くしかない。
『ピリリリリリ! ゴロロロロロ!』
「ぐぬああああ――っ!?」
そして案の定、アズレルと共にデスクラウドの眼前まで迫ったルカを強烈な雷撃が直撃。
それは並みの人間なら、間違いなく即死――それどころか、木っ端微塵に爆散するほどの凄まじい威力。
「きゃあああ――っ!?」
「ぎゃあああ――っ!? お、お願いですから頑張ってください皆さん! 特にルカさん! 私が見た記録映像のお母様なら――!」
「えっ? フィンさん、今ルカのお母さんがどうとかって言いました?」
「はうあっ!? い、いえいえ……私は噂に聞く竜騎士の力が本当なら、きっとデスクラウドも倒せるはずだと……そう声援を送っていただけで。フフフ……」
「ですよね……! ルカなら、ルカならきっと――!!」
「フッフッフ……(というか、もしルカさんで駄目なら私もここでおしまいなので……ふ、フフフ……!)」
辺り一帯に炸裂する雷撃。
それはルカだけでなく、離れた位置を飛ぶリゼットとフィンにも衝撃が及ぶほどの凄まじい広範囲攻撃。だが――!
「この程度の電撃――! 竜騎士に通用すると思うな!!」
「うひゃー! くすぐったーい!」
『ピリッ!?』
「抜槍した竜騎士の身体能力は、そのすべてが〝相棒のドラゴンと同じになる〟のだ! というわけで、このまま決めさせてもらうぞ!!」
「がおーー! いっただっきまーす!」
周囲一帯を吹き飛ばす雷撃を受けながら、ルカはその髪の毛が完璧なアフロになっただけで無傷!
『ピリリ! ピリピリピリ!』
「なにっ!? ぐわ――!?」
「はわわー!? ボクのお肉ー!」
しかし黒焦げのルカの勢いに驚いたデスクラウドは、触手を総動員して迫るルカを横からぶん殴り。
不意を突かれたルカとアズレルは、軌道を乱して針山の一つに激突。
デスクラウドはチャンスとばかりに再び帯電を始め、針山にめり込んだルカに最大級の雷撃を見舞おうと――。
「させない!」
『ピリリリ!?』
「まったく……! いくら逃げられないからって、一人でデスクラウドにつっこむなんて……無茶苦茶すぎでしょ!?」
間一髪、ルカを狙うデスクラウドにココノが機銃掃射。
その柔らかい体は割って入ったココノの攻撃で簡単に傷ついたが、デスクラウドは平然と四つの眼光をココノへと向けた。
「うぐぐ……すまない、助かった!」
「お礼は後! それより、今のブリリアントブリッツの装備じゃこのクラスの暴獣には太刀打ちできないわ! あんたのその……竜騎士の力? それでなんとかできないの!?」
「できる!! だが、さっきの雷とうねうねした手足が厄介だ!!」
「できるのね!? ならあんたのその言葉……信じるわよ!!」
瞬間、ココノは金色の愛機をデスクラウドの本体へと。
さらに再び機銃を一斉掃射し、おまけとばかりに機体後部に備わる煙幕灯も全弾展開。
デスクラウドの注意を自機に引きつける。
「ほらほら! 私はこっち!!」
『ピリリリリリ!』
ココノの狙いは的中。
ターゲットをルカからココノに変えたデスクラウドは、ヘビのようにのたうつ無数の触手でブリリアントブリッツを追跡。
さらには怒りの雷撃をココノの進行方向めがけて次々と叩きつける。
「この、くらい――!!」
だがココノは雷撃で崩落する岩石を上下左右に回避しつつ、追いすがる触手をギリギリまでひきつけてから切り返し。
さらに空中でぐるぐると回転しつつ、両翼と機首、合計四門の機銃掃射で立ち塞がる触手を粉砕、最大加速で一気に振り切る。
「こんなのどうってことないわ! だって私は、〝あの〟リゼット・レディ・レジェールのライバルなのよ!? 適当な覚悟で、リゼットのライバルを名乗ってるわけじゃないんだから!!」
自らの覚悟を叫び、ココノは勝ち誇った表情ではるか後方のデスクラウドを振り向いた。
『ピリ、ピリ――!』
「っ……!?」
だが、その一瞬の油断がココノを窮地に追い込む。
ココノが振り切った触手の束は振り切られたのではなかった。
ただ周囲に拡散し、彼女のフェザーシップを完全包囲するために散っていたのだ。
「しまっ――」
気付いたときには、ココノの視界には迫り来るデスクラウドの巨大な腕。
ココノはなにも出来ずに瞳を閉じ、身を屈めて愛機の操縦桿を握り締める。
「穿て、アズライト――!!」
だがその刹那。
衝撃に身構えたココノの眼前。
フェザーシップをはるかに上回る速度の閃光が奔り、それはココノを取り囲む無数の触手を一瞬で粉砕。
ぐるりと大きな弧を描いて旋回すると、そのままデスクラウドの周囲を飛ぶアズレルとルカの元に帰還した。
「な、なにやってるのよ……!? せっかく私が囮になったのに!」
「すまん!! だが君が無事で良かった!!」
「こんな時に、そんな……っ!」
今のルカが飛ぶ位置を見れば、たしかに彼は途中までデスクラウドの隙を突こうとしていたのだろう。
だがそもそも、ルカは窮地に陥った仲間を見捨てるような人間ではない。
「ココノ殿! 君の言うとおり、俺はたしかに甲斐性無しの貧乏竜騎士だ。いつも支えてくれるリゼットにも、本当に申し訳ないと思っている。だが――!」
『ピリ! ピリリリリリリ――!!』
せっかくの隙を逃したルカに、デスクラウドが怒りの矛先を向ける。
デスクラウドの全身から溢れんばかりの雷撃がほとばしり、それは飛行中のルカとアズレルに全方位から襲いかかった。
「だがしかし! たとえ甲斐性無しでも、貧乏暮らしでも! 俺は絶対に……勝利のために誰かを犠牲にしたりはしない!! 今度こそ決めるぞ、アズレル――!!」
「わーい! 待ってましたー!」
だがしかし。ルカとアズレルめがけて叩きつけられた雷撃は、その全てがルカの掲げる竜槍アズライトに反転収束。
デスクラウドから奪い取った雷撃をその身に纏った竜騎士は、頭上を覆い尽くすデスクラウド目がけて再び飛翔する。
「それにどうやら、君が時間を稼いでくれたおかげで、アズレルが〝昔のことを思い出した〟らしいのでな!!」
「へっへっへーん! そういえばボクってー、〝雷は自分で出せる〟んだったー! 思い出させてくれてありがとー、クラゲさーん!」
「思い出したって……? っ……待って〝ルカ〟! デスクラウドのやつ、まだ何かするつもりよ!!」
「なに!?」
『ピリリ……! ゴロゴロゴロゴロゴロ!!』
しかし当然、デスクラウドもその動きを黙って見てはいない。
雷撃が効かないと見るや、残る触手全てを総動員。
無数の手足が巨大な竜巻のようにうねる、〝うごめく防壁〟を展開して迎え撃つ。
「ではでは! そういうことなら、ここからは私の出番ですよ!!」
デスクラウドが触手で防壁を展開し、ルカが構わず飛び込もうとした瞬間。
横合いからトップスピードのレディスカーレットがけたたましいエンジン音と共に飛び出し、ルカとアズレルの前に出る。
「リゼット……! よし、一緒に行こう!」
「喜んで! フィンさんも、落ちないようにしっかり掴まってて下さいね!」
「ふ、フフ……フフフ……(ふ、ふふ……もう研究所に帰りたいです……)」
ルカは竜槍から雷光を展開してレディースカーレットをガード。
二人で一つの稲妻となって、デスクラウドめがけてさらに加速。
「ルカの道は、私の翼で――!!」
青いドラゴンと赤いフェザーシップ。
二つの影が空で合流するのと同時、リゼットの視界が灰に沈み、戦場に荒れ狂う風の流れ――空の道が覚醒。
リゼットはその目に映る風の流れを見切り、デスクラウドの腕の動きや強弱まで全てを捉える。
「照準よし! ロケット弾、発射――!」
瞬間、レディスカーレットが機首の機銃と両翼直下の無誘導ロケット弾二発を一斉発射。
それは触手防壁の最も脆い部分に直撃して大爆発。
炸裂した爆炎を突き抜け、赤と青、二つの翼がデスクラウドの眼前に飛び込む。
「お願いします!!」
「任された!!」
『ピ、ピピ……っ!?』
雷光を抜け、うごめく手足を抜けた先。
開けた視界の先にデスクラウドの頭部を捉えたルカは、上昇旋回するレディスカーレットと分かれて超加速。
その手に握る竜槍に炸裂する雷光を収束させ、閃光に包まれたアズレルと共に穿ち抜く。
「受けろ、キモクラゲ! これが――!!」
「ボクとルカの、はらぺこドラゴンあたーーーーっく!! がぶーーーー!!」
『ピ、ピピ……!! ピピーー!?』
一閃。
そして一拍遅れで轟く凄まじい雷鳴。
繰り出されたルカとアズレルの必殺は、デスクラウドの巨体を完全貫通。
同時に、解放された膨大な雷撃はデスクラウドを散り散りに吹き飛ばし、そのまま跡形も残さず木っ端微塵に粉砕した――。