第十八話
「そろそろ〝針の巣〟か……ここさえ越えれば、オルランドはもうすぐだ!」
「針の巣ですか……それなら私も聞いたことがあります。針のように鋭く尖った沢山の岩が、いくつも浮かんでいる空域でしたよね」
一夜明け。
オルランドへの道を飛ぶルカ達は、普段よりもやや雲の多い視界不良の中をまっすぐに飛んでいた。
「あーやだやだ。いつもならこんな危険ところ、絶対に飛んだりしないんだけど……」
「直進ルートに〝雷雲あり〟って、さっきラジオで言ってましたからね。嵐と針の巣、どっちが危ないかっていえば断然嵐ですし……気を引き締めて、ささっと抜けちゃいましょう!」
「うーん……なんだろ? さっきからお鼻のあたりがムズムスするー……なーんかいやなよかーん……」
リゼットの言うように、針の巣はたしかに危険な難所ではあるものの、熟練の飛行士であれば難なく突破出来る空域だ。
やがて、もやのようにかかる雲の狭間を飛ぶルカ達の目の前に、進行方向全てにずらりと並ぶ巨大な針山の壁――針の巣が現れる。
「いよいよですね。荷物のあるルカは後ろからついてきてください! 先導は私が――」
「ちょーっと待った! それを言うなら、リゼットだって依頼主のフィンさんが乗ってるじゃない。なら先頭は一番身軽な私と、この〝ブリリアントブリッツ〟が引き受けるわ!!」
「ブリブリブリッツ? 個性的なシップネームだな……」
「ぶ、ぶりぶり……!? この……っ! 聞こえてるわよこの甲斐性無し男!! この子の名前はブ・リ・リ・ア・ン・ト・ブリッツ! これでもリゼットのレディスカーレットより旋回性能は上なの! もし次間違えたら、問答無用で雲の下に沈めてやるから!!」
そう言って、ルカ達はココノが乗る金色のフェザーシップ――ブリリアントブリッツを先頭に針の巣空域へと。
無数に浮かぶ針状の岩石はどれも巨大で、もしぶつかればフェザーシップなど簡単に弾き飛ばされてしまうだろう。
「――ふふん。この程度の岩場、私にかかればどうってことないわ!」
「見事! さすがリゼットが認めるだけある。迷いのない正確な機動だ!!」
「ココノとは、私が初めて出場したキッズレースで知り合ったんです。たしかにちょっと強引だったり、変なところもありますけど……普段は優しくて、とっても頼りになるいい子なんですよ」
「リゼットの初レース? あまり覚えていないが、俺も母さんと一緒に応援に行って……そういえば、ココノ殿っぽい女子とケンカになりかけた気がしてきたぞ!? まさかあの時の!?」
「ですですっ! その時に優勝したのが私で、二位がココノだったんです。私はそれからずっと仲良しの友達だと思ってるんですけど、それをココノに言うとライバル! って怒られちゃうんですよ。およよ……」
「そこまでこだわるとは……きっと彼女にも、なにか譲れぬものがあるのだろうな……」
「どう!? これが私の操縦よ! 今はまだでも……いつかリゼットにだって追いついて見せるんだから! せいぜい死ぬ気でついてきなさい!!」
口ではそう言いながらも、ココノの描く軌道はしっかりと追従するルカとリゼットが飛びやすいように計算されていた。
「素晴らしい飛行技術ですね。私も何度かフェザーシップに乗ったことはありますが、ここまで腕の良い飛行士の方は始めてですよ」
「ありがとうございますっ。でしたら、今後もなにかあった時は私達にお声がけお願いしますね」
「もちろんです。あなた方のような優れた飛行士との繋がりは、私にとっても一生の財産になりますからね。フフ……」
目に見えている針だけでなく、その次に現れる針も簡単に回避できるように。
さらにはフェザーシップとは異なるアズレルの動きも考え、より余裕を持って飛べるように気配りも行う。
ココノの飛行技術は、たしかにリゼットに勝るとも劣らないレベルだった。だが――。
「んー? ねーねー! 待ってよみんなー! この先になにかいるっぽいよー!?」
「えっ?」
「なにかだと?」
だがその時だった。
順調に針の巣を潜り抜けるルカ達に、ずっと鼻をむずむずさせていたアズレルが警戒の声を上げた。
「びりびりがくる……! まずいよルカ! 暴獣……それも、〝かなり強いやつ〟!!」
「――!? 上がれ、ココノ!!」
「えっ!?」
瞬間、ルカ達の飛ぶ空域一体に、強烈な発雷が直撃。
間一髪、アズレルの警告で緊急回避したココノは上空へ。
リゼットとルカは迂回するように旋回。
針の巣の針山を盾に強烈な放電から逃れる。
「こ、これは……一体、なにが起きたんです?」
「フィン殿は座席に頭を伏せるのだ! どうやら、厄介な暴獣を引き当ててしまったようなのでな!!」
「で、でもちょっと待って下さいよ……! こ、この暴獣って……!」
『ピリリ、ピリピリ――』
雷撃による不意打ちを回避したルカ達の前。
雷で弾け飛んだ雲を抜けて現れたのは、全長400メートルはある巨大な透き通った体と、そこから伸びる雷撃を帯びた長い触手を持つ不気味な化け物――暴獣デスクラウドだった。
「で、デスクラウド……!? ギルドの脅威度ランクSSS……もし出会ったら全力退避推奨の、〝最強暴獣の一角〟じゃない! 本気で倒そうと思ったら、軍隊じゃないと無理って――!!」
「ど、どうしてこんなのが針の巣に……? 針の巣どころか、レジェールでもオルランドでも……デスクラウドが出たなんて一度も聞いたことないのにっ!」
「ほ、ほう……そんなに危険な暴獣が。それは困りましたね、フフ……(フ、フフフ……本当に困りましたね。装置で暴獣を呼び寄せたはいいものの、ここまで強力な個体が来るのは完全に計算外でした。このままでは……私もここで死んでしまいます!)」
現れたのは、ギルドが設定した脅威度ランクにおいて最上位から一つ下に位置する暴獣、デスクラウド。
本来であれば人里から遠く離れた空域の、さらに深い雲の奥底に生息しているはずの、〝極めて危険だがまず遭遇しない〟暴獣である。
『ピピピ……ピリリリリ……!』
「どうやら、すでに俺達はこいつの腕やら足やらに囲まれているようだ……! 引くにしろ進むにしろ、まずはこいつをなんとかしなくてはな!」
「それなら、この邪魔な荷物はここにひっかけておくねー!」
「なんとかするって……! 正気なの!?」
「いくらルカでもこれは……本当になんとか出来るんですかっ!?」
「ぶっちゃけわからん!! さすがの俺も、SSSの暴獣と戦うのは初めてだからな。だが――!!」
レジェールのトップエースとうたわれるリゼットですら、デスクラウドの放つ圧倒的威圧感に肩を震わせるこの状況。
しかしルカはリゼットを安心させるように力強く頷き、その背にかつぐ一振りの棒を握り締めて天に掲げた。
「だが母さんなら……真の竜騎士ならば! どんな相手だろうと臆したりはしないはずだ! 抜槍――!!」