第十二話
「こんにちはルカさーん! ルカさんいらっしゃいますかー!? ルカさんルカさんルカさーん!?」
「うるさーい! そんなに何度も呼ばなくたって、ルカなら中にいるからさー!」
「本当ですか!? ルカさーーーーん!!」
ここはレジェール王国の外れ。
広い草原にぽつんと一軒家なルカの家。
水色のフェザーシップで舞い降りたのは、金色の長い髪を一纏めにした可愛らしい新米飛行士の少年、フェリックス・デシルートだ。
「こんにちはー! って、リゼットさん?」
「あらら、フェリックスさんじゃないですか。そんなに慌ててどうしたんです?」
「よく来たなフェリックス! 誇り高き竜騎士である俺は、いつ何人の訪問でも大歓迎だ!!」
アズレルに促され、フェリックスは古びた木の扉を勢い良く開けて駆け込む。
するとそこには目当ての竜騎士ルカと、なぜか当たり前のようにテーブルに座って優雅に紅茶を飲むリゼットがいた。
「えっと、聞いて下さいルカさんっ! 実は僕……ついに一人でギルドの依頼を受けられるようになったんです! これで僕も一人前の飛行士です!」
「それは素晴らしいな! そういえば、フェリックスが飛行士になると言い出して一年ほどか……」
「たった一年で単独飛行許可って、とってもすごいですよ! おめでとうございますっ」
「ありがとうございます! 僕も嬉しくて、真っ先にルカさんにお知らせしないとと思って! あと、こっちも……」
挨拶もそこそこに、幼さの残る顔を興奮で赤く染めたフェリックスは、そのまま自分のリュックサックから未開封の依頼書を取り出す。
「それは……ギルドの依頼書に見えるが?」
「はい! 実はここに来る前に、僕の初仕事をギルドで受注してきたんです。ルカさんにも一緒に見て貰いたくて!」
「それはいい! ならば早速中身を見てみるとしよう!」
「え、ええ……? それはいいですけど……その赤いスタンプって……」
喜び勇んで封筒を開けるフェリックスとルカ。
しかしリゼットはなんとも微妙な表情で、封筒に押された〝赤いスタンプ〟を見つめていた。
「初仕事なので、僕一人でも大丈夫な依頼を選んできたんです! えーっと、うーんと……なんでも、お料理に使う〝珍しいキノコ〟を採ってくるお仕事らしくて……」
「キノコ採りか。それはたしかに楽勝そうだな!」
「こ、この時期の珍しいキノコですか……? うーん……なんだか猛烈に嫌な予感がしてきました……」
やがて封が開き、納められた依頼書が三人の前で広げられる。
そこにはたしかに〝ホエールトリュフの採取依頼〟と書かれており、フェリックスの言葉は正しいことが示されていた。ただし――。
「ホエールトリュフが採れるのは……世界最大のクジラ……全長5km……アークホエールの背中に広がる陸地のみ……?」
Fourth flight
――
新米飛行士と空のクジラ
――――――
――――
――
「あのー……ちょっと聞いてもいいですか?」
「はーい! なんでしょう?」
はるか彼方に雲平線を望む青空の下。
真紅のフェザーシップに乗るリゼットは、すぐ隣を飛ぶフェリックスに突然の質問を受けていた。
「どうしてリゼットさんは、いっつもルカさんのお家にいるんですか?」
「ほええーーっ!? ど、どうしてそんなことを聞くんです!?」
「あ、いえ! 別に、深い意味はないんですけど……その……お二人はどういう関係なのかなーって……」
「わ、私とルカの関係ですか……!? それはその……わ、私とルカはずっと一緒に育った幼なじみですから……なので、〝それなりに〟仲も良いのです!」
あまりにも唐突すぎるフェリックスの問い。
しかしゴーグル越しに見えるフェリックスの表情は、冗談どころか真剣そのもの。
その気迫と質問の直球ぶりに、リゼットの駆るレディスカーレットが大きく軌道を乱す。
「だからって、一日中ずっと一緒にいるのはおかしくないですか? この前なんて、僕が早起きして夜明け前に行ったのにリゼットさんに先を越されてて……っ!」
「ひ、姫っっ! 姫だからです! これでも私、この国のお姫様なので! レジェールでは姫は全てを許される……当然、ルカの家に私が入り浸ってても問題ないのです! そうですっ!」
「ええええっ!? そ、そんな無茶苦茶な法律聞いたことありません! 絶対におかしいですよっ!」
「これっぽっちもおかしくないですー!」
「むぅ……なにやら後ろが騒がしいな……」
「へーきへーき、ほっときなって! ふっふーん……あの二人がいくら頑張ったって、結局ルカと朝も夜もずっと一緒にいるのはボクなんだからねー!」
「なにがだ!? まるで意味がわからんぞ!」
防戦一方のリゼットと食い下がるフェリックス。
そしてそれを見て勝ち誇るアズレルと、困惑するルカ。
アークホエールを目指して飛行する二機と一頭は、そのままレジェールを離れた群島地帯へと。
フェリックスは、封筒に押されたスタンプの色が〝依頼の難易度〟を示すことを知らなかった。
そして今回の依頼難易度は〝赤〟――難易度は上から二番目というベテラン向け案件である。
当初、それでもフェリックスはこの初仕事を自分一人の力で達成すると意気込んでいた。
だが彼の身を案じたルカとリゼットの説得で、可能な限りフェリックスの力で解決することを条件に付き添うことになったのだ。
「アークホエールは、世界中の雲海を決まったルートで飛んでいるんです。この時期はちょうどレジェールの近くに来るので、アークホエール絡みの依頼がちょいちょい入ってて」
「そういうことだったのか。俺もそのクジラの話は耳にしていたが、実際関わるのは今回が初めてだ!」
「うぅ……キノコを採ってくるだけなら、きっと簡単だと思ったんです……手伝わせてしまって、本当にごめんなさい……」
「はっはっは、そうしょんぼりしなくても大丈夫だ! こうしてフェリックスの大切な初仕事に同行できたこと、俺も竜騎士として光栄に思う!」
「る、ルカさん……っ!」
アズレルの背で力強く頷くルカに、フェリックスは思わず肩を震わせ、熱く潤んだ眼差しを送った。
「あのー……今度は私から質問してもいいですか? フェリックスさんって、どうしてそんなにルカのことが好きなんでしょう?」
「えへへ、それはですね……」
リゼットにそう言われ、フェリックスはさらに頬を染めててれてれと身をくねらせる。
そしておもむろに自分とルカのなれ初めを語り出そうとした、その時だった――。
「んー? ねーねー見てみてー! こんな空の真ん中に、鳥さんがいっぱいいるよー! これってもしかしてー……」
「鳥の群れだと? おお!?」
その時、優れた視覚を持つアズレルが、何もない雲海の上に〝不自然に集まる鳥の群れ〟に気付く。
そしてその言葉から数秒の後。ルカ達の目の前に広がる雲の海が、押し上げられるようにして割れた――。