第十話
「――失礼します、博士。たった今、壁空の神殿からレジェール王家の二人を取り逃がしたと、無線連絡がありました」
「ああ、それなら私も聞いています。あと一ヶ月もあれば、あの国の水を再生不能にまで追い込めたのですが……仕方ありません」
闇と明滅する光に包まれた一室に、冷たい声が響く。
「制御装置の防衛システムは全滅だそうです。また、レジェールはすぐに神殿に大規模な調査隊を派遣する予定と……」
「私達が各地に送り込んだ制御システムからは、こちらの素性が割れるサインは全て消してあります。ですが、自律する機械兵に暴獣の操作、そして古代遺跡の制御と……これだけの技術力を保有する勢力となれば、さすがにレジェールも気付くでしょうね」
「よろしいのですか?」
「どれだけ疑わしくとも、証拠がなければレジェールにはなにもできません。そもそも、我々とレジェールの表向きの関係は実に良好なもの……内心でどう思っていようと、国益を考えれば事を荒立てることはできないでしょう」
やや焦りの見える一方の声に対し、薄闇の中で赤い瞳を輝かせる黒髪白衣の男はどこまでも冷淡に応じる。
そして問答を行いながらも、男の視線は目の前のぶ厚く巨大なモニターに映る〝白黒の記録映像〟にじっと向けられていた。
「そちらは?」
「今回の連絡を受けて、私が保管室から借りてきたものです。撮影日は四年と五ヶ月前……〝最果ての空〟突破を目指して進軍した我々の艦隊が、同空域で同盟の主力艦隊と交戦になり……そして、そこに介入した〝たった一人の竜騎士によって両軍が壊滅した〟映像です」
深い闇の中で輝く、一台のモニター。
そこに映るざらついた白黒映像には、頭部から巨大な一角を生やし、まるで地獄絵図のような数の雷を戦場に降らす一頭のドラゴン。
そしてその竜にまたがり、まばゆい閃光を放つ竜槍で群がるフェザーシップを薙ぎ払い、次々と巨大な飛行戦艦を沈める一人の女性の姿があった。
「人類史上最強にして、最後の竜騎士、ルミナ・モルエッタ……最果ての空で〝乗騎のドラゴンと共に雲海に沈み〟、残された息子には彼女ほどの脅威度はないと予測していましたが……どうやら、私の計算が甘かったようです」
やがて映像の再生が終わると、白衣の男は気怠げに首を振って席を立つ。
「どちらへ?」
「レジェールに向かいます。僅かでも脅威だと感じた存在は、この目で直接確認しなくては気がすまない性分なもので。総統には、私は暫くバカンスにでも行ったと伝えておいてください」
――――――
――――
――
「エミリオ! リゼット――! 二人とも良く無事でっ!」
「お母様っ!」
「エミリオ、只今戻りました!」
夜の帳が落ちたレジェール王城。
間もなく深夜となる時間にもかかわらず、王城には無数の篝火が灯されている。
そして愛する我が子二人の帰りを今か今かと待っていたガイガレオンと、王妃ヴァレリアは、王城内庭に着陸したレディスカーレットとアズレルの元に息を切らせて駆け寄った。
「怪我はありませんでしたかっ? 実は神殿近くの者から、見たこともない数の暴獣の群れを見たと報告があって……本当に心配していたのですよ……」
「もちろんですお母様。今日もルカが守ってくれましたからっ!」
「はは、僕はルカ君とリゼットの二人に助けてもらったよ。ちょっと……というか、かなり刺激的な一日だったけどね」
「がっはっは! さすがは俺の子だ。よくぞ無事に戻ってきた! だから何も心配する必要はないと言っただろう?」
「もうっ! あなたはいつもいつも……特にリゼットに無茶をさせすぎです! リゼットだってもう年頃なのですから……いつまでもこのようなことでは、いつか私の心臓が不安で止まってしまいますよ……」
「うぐ……っ! す、すみませんでした……」
「――……依頼達成、だな」
豪快で放任気味の父と、厳格で優しい母。
暖かな家族に出迎えられるリゼットとエミリオを、ルカはどこか寂しそうな笑みを浮かべて見つめていた。
「やっぱり、さびしい?」
「慣れたさ。それに、そもそも俺は一人ぼっちじゃないからな」
「ごめんね……〝前のボク〟がルカのお母さんを守れなくて……」
「いいんだ。ありがとう……アズレル」
家族の再会を見つめるルカに、アズレルはその大きな頭をルカの頬にすり寄せる。
ルカもまたアズレルの頭をそっと抱きしめ、何も心配することはないとその笑みを深くした。そして――。
「ほらほら、ルカもこっちに来て下さいよー! お母様も、ルカと会うのは久しぶりなんじゃないです?」
「まあ、あの小さな子がこんなに立派になったなんて……いつもリゼットを助けて下さって、ありがとうございますね」
「お、お久しぶりです! リゼット……じゃなくて、姫には俺も助けて貰っていて……!」
「――それでエミリオよ、壁空の神殿はどうだった?」
「予想以上の成果です、父上。ですがここでは耳目もあります。今回の調査についての報告は、明日早々に……信頼できる者の前でのみ、お話させていただきます」
「暴獣の群れとやらも神殿絡みなのだろう? 調査をお前に任せた判断は正解だったな」
「ありがとうございます。それと、まずは父上にこれを――」
王妃ヴァレリアとの数年越しの再会に背筋を伸ばすルカを横目に、エミリオは背負っていたリュックから機械の残骸を取り出してガイガレオンに手渡す。
「これは……?」
「神殿の中で、僕達は全身機械でできた兵器に襲われました。これは、破壊されたその兵器のパーツです。そして――」
エミリオが取り出したパーツは、一見するとどこにでもあるエンジンの部品のように見えた。
そこには刻印も塗装もなく、それだけではどこで作られた物かもわからない。
そういう物だった。だが――。
「このエンジンチャンバーの形状は、三式ヴァルツォーク水駆動……神殿で僕達を襲い、神殿の内部を勝手に改造していたのは、恐らく〝ヴァルツォーク連合〟です……父上」
「……!?」
ヴァルツォーク連合。
その言葉にガイガレオンは目を見開き、思わず周囲を見回す。
連合とは、この世界で最も豊富な水資源をもつ国家権力の集合体だ。
その無尽蔵とも言える水を背景とした国力、そして武力はまさに圧倒的。
水不足にあえぐ貧困国は、たとえどんな不当な条件であろうと受け入れ、連合に頭を下げて水の供与を受けざるをえない。
まさに世界最強にして、最も巨大な権力を持つ勢力。
それがヴァルツォーク連合だった。
「わかった。その件については、お前の言うとおり後ほど話そう。まったく……こいつは厄介なことになりそうだ」
エミリオの報告に、ガイガレオンはため息を一つ。
しかしすぐに気を取り直して顔を上げると、リゼットとヴァレリアの前で必死に挨拶するルカに、優しげな眼差しを向けた。
「だが、それでも希望は俺達の手にある。見ているかルミナよ……お前が残した命は、今も立派に育っているぞ――」
Next side flight
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翼の理由
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