異端の来訪者
王都 《フィロメリア》――その中央にそびえる、魔導学の象徴《王立魔導学院》。
古代から続く魔法体系を守り、発展させてきたこの場所では、あらゆる魔術が形式美と理論に彩られていた。
そこに、旅衣のままの一人の青年が足を踏み入れる。
篠宮蓮。その名は、すでに学院内の一部で囁かれる“異質”として知れ渡っていた。
学院地下の構造理論講堂。
石造りの壁に囲まれた荘厳な空間に、数十人の高位魔導士たちが集っていた。
「――この者が、噂の“詠唱省略”を行う魔導師か」
中でも一人、髭をたくわえた初老の魔導士 《バルネ・クレシン》が冷たい声で言った。
「聞けば、魔法を道具に記録し、それを“選択して唱える”という。……我らが積み重ねてきた精神詠唱と儀式体系を、ただの“選択式”に置き換えるつもりか?」
ざわ……と会場の空気が揺れた。
蓮は前に立ち、少しだけ苦笑いを浮かべた。
「いえ、置き換えるなんておこがましいことは思ってません。僕はただ、コードを――魔法を、もっとシンプルにしたかっただけです」
「“コード”? また異国の言葉か」
別の女性魔導士が声をあげた。彼女のローブには術式章が複数縫い込まれている。位階は高い。
「貴公は“精神の流れ”を軽視している。詠唱とは内なる魔力との対話、魂の共鳴の結果だ。それを短縮とは……傲慢にもほどがある」
蓮は懐から、自作の小型魔導端末を取り出した。
スクロールする画面に並ぶ、自作の関数コード。
――――――
def fireBurst(power: int):
// 魔力制御構文
mana = adjust(power)
// 発射処理
cast("Flame", mana)
――――――
「……でも、これで魔法は撃てます。安全に、確実に。しかも、同じ威力でも消費魔力は従来の六割以下に抑えられます」
「そんな“機械の真似事”が、真の魔導だと?」
バルネは吐き捨てるように言った。
「精神と詠唱を経ずにして魔法を得る者など――それは魔導士ではない。“魔導技師”か、“呪具の従者”だ」
蓮は、一瞬だけ目を伏せた。
その視線の奥に浮かぶのは、アレッド村で暮らした日々と、魔法を使って人々の命を救った記憶。
「……でも、村の人たちは、“撃てる魔法”を喜んでくれました」
静かに、しかし力強く言った。
「魔法が高尚なものであっても、使えなければ意味がない。誰にでも使えるようにすること。それも“魔導”の一つじゃないんですか?」
講堂は沈黙に包まれた。
誰も、すぐには答えられなかった。
一方そのころ、講堂の奥で静かにそれを見守っていたのは、学院長 《セリウス・ラグレン》。
長い髭を撫でながら、興味深げに目を細める。
「さて……これはただの異端か、それとも――時代の転換点か」