関数魔法、実演
王立魔導学院、第三実技演習場。
そこは通常、上級生や講師陣による高度な実験、あるいは儀礼的な公開魔法のために使われる場だった。
その中央に、今、ひとりの“異端者”が立っていた。
篠宮蓮。
隣には、学院長セリウスが腕を組んで見守っている。
彼の前方には、召喚魔法によって出現した模擬魔獣 《ストーンゴーレム》。
魔法に対する耐性を持つ、演習用としては最も堅牢な標的。
「では、篠宮蓮殿。君の言う“関数魔法”とやらを、見せてもらおう」
バルネが腕を組んで、冷たく言った。
周囲には他の講師陣、数人の上級生たちが集まり、懐疑と興味をない交ぜにした視線を投げていた。
「……わかりました」
蓮は頷き、腰の魔導端末を起動する。
光を帯びた透明なパネルが宙に浮かび、そこに記述されたコードが浮かび上がる。
――――――
def fireBurst(power: int = 5):
mana = adjust(power)
cast("Flame", mana)
――――――
蓮は短く呟くように言った。
「fireBurst(7)」
次の瞬間、彼の手のひらから魔力が収束し――
ズドンッ!
轟音とともに放たれた紅蓮の火球が、ストーンゴーレムの胸部を直撃。
その部分が爆裂し、煙が立ち上る。
「なっ……!」
「いまのが、関数詠唱……?」
場にざわめきが広がる。
蓮は続けて、別の関数を選択する。
――――――
def shield(radius: float = 2.0, duration: int = 5):
generateBarrier(radius, duration)
――――――
「shield(3,5 8)」
青白い光が周囲を包み、三・五メートル半径の魔法障壁が展開された。
魔力の消耗は最小限。呼吸も乱れず、詠唱もわずか一言。
「ば……馬鹿な。そんな短詠唱で、ここまでの精度……!」
バルネの隣にいた女性講師が思わず声を上げる。
魔法とは、本来長い詠唱と精神集中によって行うもの。
単なる“記録と再生”ではなく、魂との交信であり、魔力の律動を自身に刻む儀式だ。
だが、この青年は――
それを、“引数を指定して実行”するだけで達成してしまった。
「蓮殿……その“関数”は、事前に書かれているのですか?」
学院長セリウスが問いかける。
「はい。構造と流れを先に整理しておいて、使う時は必要な変数だけ指定します。再利用も効きますし、暴発もしにくい。魔力量の計算も事前に決められるので、効率的です」
「……まるで、魔法が“工学”であるかのようだな」
セリウスの瞳に、一筋の光が宿る。
一方で、他の魔導士たちは依然として困惑と警戒の表情を浮かべていた。
「確かに、実用的ではある。しかし……これは“魔法”なのか?」
バルネが呟いた。
だが、その問いにすぐ答えたのは、後方にいた若い学院生の一人だった。
「“動けば、それは魔法”じゃないですか。少なくとも、僕にはそう見えました」
沈黙のなか、蓮は微かに笑った。
この世界の“魔法”が、再現性と合理性に目を向けた瞬間だった。