転移、それは残業中に
――俺の名前は篠宮蓮、25歳。
ブラックIT企業に勤める、社畜プログラマーだ。
今、目の前にあるのは無限に続くエラーコード。
そして、止まらない深夜残業。
上司から飛んでくる怒号と、机の隅で冷え切ったカップラーメン。
(……マジで、なんのために生きてんだろ)
ため息をつきながら、モニターを睨んだ、そのときだった。
突然、俺の視界いっぱいに明るく輝く【ウィンドウ】がポップアップした。
《あなたは選ばれました――新たな世界で、新たな役割を。Yes / No》
「は……?」
いや、普通に怪しい。
(……まあ、もうどうでもいいや)
心のどこかでプツンと何かが切れた俺は、Yesをタッチした。
――その瞬間、世界が真っ白に染まった。
気がつけば、そこは知らない草原だった。
二つの月が浮かぶ、見たこともない夜空。
涼しい風に草が揺れ、遠くで獣の鳴き声が聞こえる。
スーツ姿のまま、俺はぽつんとそこに立っていた。
「…………あ?」
状況が理解できない。
だけど、ここが地球じゃないことだけは即座に察した。
右手には、見慣れない黒く光沢のある板が握られていた。
(……なにこれ?)
表面を見て、俺は目を丸くする。
《魔導端末》
《この世界の魔法操作は、あなた専用のデバイスを通じて行われます》
板の表面に、そんなふうに説明が自動で浮かび上がっていたのだ。
「……親切設計かよ」
異世界転移イベント、思った以上にユーザーフレンドリーらしい。
どうやらこの板――【魔導端末】とやらを使って、
俺はこの世界で魔法を操るらしい。
正直、状況は意味不明だけど。
このままここに突っ立っていても仕方ない。
「……とりあえず、情報収集だな」
そう呟き、俺は夜の草原を歩き出した。
この時はまだ知らなかった。
この世界の魔法が、「コード」そのものだということも。
そして、俺が――関数魔法によって、世界の常識をぶっ壊す存在になることも――。