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慢心

作者: 蒼蒼

高層ビルが建ち並ぶ街の路地裏にある廃墟には占い師が住んでいた。

彼女の占いの成功率は100%

ここまで当たるともはや未来視に近いかもしれない。

世間では都市伝説のような存在と認識されていて、選ばれたものだけがたどり着くことができる。

そんな占い師がいる廃墟のドアが開いた。


ドアを開けたのはがたいのいい中年の男だった。

伸びきった髪は乱れ、くたびれた靴と酒の匂いは彼の生活習慣を訴えているようだった。

「あんたは未来がなんでも分かるらしいじゃねえか」

男はそう言いながら対面の椅子に座った。

「占う必要もありません。あなたからは未来が見えません。」

占い師男を一瞥してから答えた。

「は、腕は間違いないようだな。」

「このままいけばあなたは二ヶ月後にその病気で命を落とすでしょう。しかし一週間後にある選択を強いられます」

占い師は机の上にカードを二枚裏返して置いた。

「一週間後に火事が起き、あなたは消防士の仕事で向かうことになります。」

男の肩が少しだけ揺れた。

「建物に残された人を助けるため火の中に飛び込めばその住人は助かり、あなたが死ぬでしょう。逆に助けなければ住人が死に、あなたは生き残るでしょう」

占い師は続けた。

「しかしこれはただの占いなので最終的にあなたがどのような選択をするのかは分かりません。ただ少しでも手助けをしたいと思いカードを用意しました。引いてみますか?」

彼女はカードを男の手前まで移動させた。

男はためらいもなく左のカードをとった。

彼にしか見えない位置で確認すると満足した顔で席を立った。

「いくら払えばいい?」

久しぶりに男が声を出す。

「基本的にお代はいただいておりませんが…」

「どうせ使い道のない金だ」

と万札を三枚おいて出て行った。

男は少しほっとしたようなそんな顔をしていた。


コンコン、扉をノックする音がした。

どうぞと応えても入ってこない。

私は少し身構えてドアを開けた。

「帰ってください」

なんとなく分かっていた。

目の下の濃い隈とひどい猫背のせいで50代後半に見えるが、多分40の半ばだった気がする。

そこに立っていたのは私の母親だった。

「ひどいわそんなこと言うの。わざわざあなたに会いにきたのに」

まるで用意してきたかのような台詞と言い方。

まだ子供の私でもわかる。

「失礼しました。占いですね。どうぞこちらにお掛けください。」

「もうやめて!」

女は私の腕をつかんできた。正直気色悪い。

「もうこんな危ない仕事やめて。あなたはまだ子供なのよ。お願いだから帰ってきてちょうだい。」

「あんたの夫はもう長くない。長くても二ヶ月だ。そのことであんたが罪に問われることもないよ。」

私は言い終わると手を振りほどいて自分の椅子に座った。

「もう来ないでください。子供を捨てたあんたの家に帰るつもりはない」

女は呆然としたまま立ち尽くしていたが、やがて壊れたロボットのようにぎこちない動きで帰っていった。


火事が起きた、そう報告を受けたのは日が沈み始めた頃だった。

占い師は何時になるかを言っていなかったから朝からずっと待っていたのだが。

まさか夕方になるとは。

現場に向かうともうかなり火が回っていた。

近くの住民の報告によると中にまだ人がいるらしい。

俺は迷うことなく助けに行こうとして…腕を捕まれた。

「諦めろ。悔しいが僕たちにはどうすることも出来ない」

言葉が出なかった。

あの占い師が言ったことが本当なら俺は妻に…。

いやもういい。

未来を知ったところで変えることはできなかった。

これが現実なら受け入れよう。

たとえ妻に殺されたとしても。


彼女は椅子に座りながら燃える家を見ていた。

あの日消防士の男に二枚のカードを渡した。

一つは火で燃えている絵、もう一つは毒を飲んでいる絵。

母の顔を思い出してみる。

彼女の顔にはあざがいくつもあった。

占い師はフッと笑う。

「あんな家に戻るわけがないでしょう。暴力と毒が飛び交う家に」

やっぱり上手くいかなかったのか、と彼女は言う。

消防士の男が引いたのは燃えている絵のカードだった。

しかし助けには来なかった。

未来視とまで言われた彼女の占いは自分のことだけは占えなかったのだ。

この日東京都から一つの廃墟がなくなった。






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