異世界の便利屋さん 〜パーティー追放された少年とロリ魔王の愉快なお仕事ライフ~
世の中というのは無常だ。
弱肉強食という言葉があり、俺は今それを体験している。
「は、はははっ……一撃で、みんなが……」
ダンジョン【エニグマ大迷宮】の二十階層――まだ誰も足を踏み入れたことがない場所で、俺以外の仲間が力なく倒れていた。
漂う焦げ臭さに、俺は身体を震わせる。黒煙が晴れ、仲間達が倒れている先を見るとそこには一匹の大きく太ったトカゲがいた。
「シャーッ」
トカゲは、いやボスモンスターは勝ち誇ったかのように雄たけびを上げている。
仲間達はというと、ダメージが大きいのか立ち上がる様子はない。
荷物運びという立場だからか、それとも本当に運がよかっただけなのか俺だけが無事だった。
爆発のせいで、回収した荷物を入れたリュックはどっかに飛んでいったけどな。
いや、今はそんなことどうでもいい。
いくら何でもこの状況はマズすぎる。
攻撃役のリーダーだけじゃなく、盾役も回復役もみんな倒れているんだ。
どうする? みんなを連れて逃げるか?
いや、さすがに無理がある。下手したらみんな一緒に死んでしまう。
じゃあ助けに来るまで逃げ回るか?
それこそ無駄だ。荷物運びで鍛えられたからといって、無尽蔵に体力がある訳じゃない。
「ギュルルルゥッ」
なら、取る選択は一つしかない。
俺は覚悟を決め、腰に携帯していたダガーを抜く。
扱えるスキルは【影縫い】と【影絵】だけ。
ボス相手に拘束スキルの【影縫い】が通用するかわからないから、これは別の使い方をしよう。
だけど、【影絵】なら使い方次第でボスの動きを陽動できるかもしれない。
といっても、完全には騙せないと思うけど。
ああ、こういう時のためにもっと熟練度を上げておけばよかった。
でも、今さら後悔しても遅い。
今は目の前にいるボスを倒すことだけに集中だ。
「フシュー」
ヒリつく空気に、浴びせられる殺気と敵意。
これだけはどんなに戦闘の場数を踏んでも慣れないものだ。
でも、俺がやらなきゃみんな死んでしまう。
なら、ここでやるしかない。
「よし、よし、よしッ。やってやるぞッッッ」
俺は頼りないダガーを握りしめ、低い声で威嚇し続けるボスモンスターを睨みつけた。
頼りない僅かなスキルを頼りに、ボスモンスターへ挑んだ。
★★次の日★★
「出ていけ、ジャック。二度とそのツラを見せるなッッッ」
俺は無事にボスモンスターを倒し、みんなを助けることに成功した。
だけど、なぜだかわからないけど俺はパーティーリーダーのゲルニカから追放宣言を受ける。
みんなを助けたのに、ボスモンスターを倒したのに、待ち受けていたのは賞賛と労いの言葉ではなく罵倒と侮蔑だった。
「な、なんでだよ! なんでそんなことを――」
「お前、ボスモンスターにトドメを勝手に刺したよな? おいしいところを取っていったよな?」
「取っていったって、そうしなきゃみんなが死んでたじゃないか!」
「死んでた? 何を言ってやがる。俺達が弱らせたボスを倒したからっていい気になるな!」
何を言っているんだ、ゲルニカは。
あれは明らかにパーティー壊滅の危機だったじゃないか。
もし、あそこでボスモンスターを倒さなかったら俺だけじゃなくお前達も死んでいたぞ。
そう言いかけた時、黙って聞いていた盾役と回復役の仲間達が立ち上がる。
そして、二人はゲルニカのほうに立ち、俺にこんなことを言い放った。
「いいところを持っていっただけのアンタが何を言っているのよ」
「そうそう、あれは油断しなければ私達で倒せたわ」
「アンタはおいしいところを持っていっただけ。だから倒したのは実質アタシ達ってことよ」
「そういうこと。ま、雑務しかできないアンタと私達、どっちが話を信じてもらえるか考えたらわかるでしょ?」
確かに俺には実績がない。
荷物運びしかやらされなかった。
でも、だとしてもこんなのってないだろ。
「みんなは倒れていた。それに、倒したのは――」
「はいはい、もういいから。とにかく出て行って」
「アンタ、しつこい。さすがにウザいんだけど」
くそ、くそ、くそ。
なんでこんな仕打ちを俺は受けているんだ。
そうだ、せめて報酬を。
いつもは少ないけど、今回は俺が頑張ったんだ。
だからいつもより多くもらえるはず。
そう思って俺が報酬について聞こうとした瞬間、ゲルニカは立てかけていた剣を手に取った。
そのまま刃を抜き、そして俺の頭に向かって突き出す。
あまりの勢いに、俺は咄嗟にゲルニカの攻撃を避ける。
おかげで頭が切り裂かれることはなかったが、剣はそのまま壁を貫いていた。
「とっとと出ていけ、ジャック。次はぶっ殺すぞッッッ」
怒りに満ちたゲルニカに、俺は言葉を失った。
そして、何も言わずに俺はパーティー【バロック】の拠点を出ていく。
くそ、どうしてこうなったんだ。
みんなを助けただけなのに、くそぉー!
★★数十分後★★
ゲルニカにパーティー追放され、それなりに時間が経った頃。
行き場がなくした俺は仕方なくギルドに来てクエストを探していた。
しかし、探してもロクなクエストがない。
いや、クエスト自体はある。でも、単身でできるものがなかった。
そりゃそうだよな。
だって冒険者は基本的にパーティーを組んで活動する。
一人でやることを想定したクエストなんて、ほぼほぼない。
だけど、どうにかクエストを見つけなければ。
一文なしだから、このままじゃあ明日からの生活が困る。
――ぐぅ~。
いや、今すぐ何かを食べなければ。腹の虫がご立腹だ。
思えばあの騒動のおかげで朝飯が食べられなかったんだよな。
だが、何かを食べようにもお金がない。
こんなことになるなら貯金をしておけばよかった。
でも、あいつらからもらえた分け前はとても少なかったしなぁー。
パンを一切れ食べれるかどうかだったし、そんな食事ばかりだからお腹もすぐに減るし。
ああ、美味しいものを食べたい。
「何ぃー、見つからないじゃとぉぉ!」
そんな風に俺が心の中で嘆いていると、隣のロビーから舌足らずな声が聞こえてきた。
顔を向けるとそこには、いつも笑顔で接してくれる受付嬢に食ってかかる小さな女の子の姿がある。
見た限り、腰まで伸びた綺麗な赤髪があり、黒いワンピースを着た女の子だ。
頭に立派なツノがあるけど、あれはどこの種族の子だろうか?
「申し訳ございません。ご要望に沿う人材はおりませんでして」
「何を言っておる! グラストやエウロパといった厳つい顔がいるじゃろが!」
「彼らはSランク冒険者ですし、イリス様の提示するお給料と仕事内容では……」
「な、何ぃ~! 破格じゃぞッ。それはもう倒産してもおかしくない金じゃぞ! それでもか!?」
「はい。申し訳ございませんが」
なんだか難しい話をしているような気がする。
うーん、あんまり関わらないほうがいいかな。
俺がそう思って静かに離れようとしていると、遠くに離れていた小さな女の子が「おっ?」と声を上げる。
その視線は俺を捕らえており、一応周りを見渡してみるがやっぱり俺をまっすぐ見つめていた。
「お、お、おおお?」
女の子はどんどんと俺に近づいてくる。
その姿を見た受付嬢は、「あ」という表情を浮かべていた。
なんだなんだ?
なんでそんな顔をしているんだ?
「ククク、ここにいい奴がいるではないか!」
「あの、その方は――」
「なかなかの強面。見ているだけで威圧される目つきの悪さ。うむ、まさに我が求めていた理想の人間じゃ」
「おい、誰が悪人面だ。ガキでも容赦しないぞ、コノヤロー」
「返しもよし。決めたぞ、こいつにする!」
決めたって、何を?
というかこのガキ、すごく失礼なことを言いやがって。
一応、気にしているんだよ。悪人面の顔ってことをさ。
「残念ながらその方は現在Aランクパーティー【バロック】に所属されているジャックさんです。申し訳ございませんが、フリーでないのでご依頼は――」
「あ、その話なんだけどさ、俺バロックから脱退したよ」
「え? やめられたんですか?」
「いろいろあってね。それで、俺に何の用なんだ?」
「ええと、それは――」
「お前、我が運営する仕事で社長をやらないか!?」
受付嬢に事情を聞こうとした途端にクソガキは割って入った。
しかも、とんでもない話を持ち掛けてきたんだ。
「話が飛躍しすぎてわからないんだけど?」
「何、冒険者とやることは変わらん。よかったらやってみないか?」
「へぇー。給料は?」
「歩合制に決まっておる。頑張れば頑張った分だけ金は入るぞ」
いい話じゃないか。
いや、待て。こういうおいしい話には何か裏がある。
というかそうに決まっているはずだ。
ここは一旦様子見を――
――ぐぅ~。
いかんいかん、気を抜いていたら腹の虫ががなり立てやがった。
もうすぐ昼か。結構時間が経ったもんだ。
そんなことを思っているとクソガキがこんな提案をしてきた。
「そうじゃの、特典として我がポケットマネーでおいしいステーキを食べさせてやろう。もちろん自由にトッピングしてもよいのじゃ」
「マジ?」
「いいぞいいぞ。こう見えても金持ちじゃからな!」
「じゃあいただき――」
「ただし、社長をやってくれるならじゃがな。どうする? 嫌なら別に構わんが?」
こいつ、俺の足元を見やがったな。
へ、へへ。いいぜ、その挑発に乗ってやろうじゃないか。
俺は床に正座をし、頭をこすりつけるように床へつける。
そしてこう言った。
「ぜひとも、お仕事をさせてください!」
「うむ、よろしい」
ご飯が食べられる。
そして頑張った分だけ大金を得られる。
なら、やらないって話はない。
プライド? そんなもん、野犬に食わせておけ。
今は昼飯を食べることが重要なんだ。
「よし、では社長就任の祝いをパーッとやろうかの!」
「へへへ、会長。音頭は取らせていただきますよ」
「かわいい奴め。じゃが、我のことは魔王と呼べ。なんせこう見えても今も昔は魔王じゃからな!」
「そうさせていただきます、魔王様!」
俺が調子よくそう呼ぶと、ロリっ子は満足そうにうなずいていた。
どうやら持ち上げると気持ちよくなってくれるタイプのようだ。
「よろしい。そうじゃ、名乗ってなかったの。我が名はイリス・プライド――こう見えても長く生きておるから、わからんことがあったら何でも答えてやろう」
「ありがとうございます! 俺はジャック・レノンって言います。これからよろしくお願いします」
「ジャックか。社長にふさわしい名前じゃ。よし、今からパーッとやるぞ!」
「お付き合いしますよ、魔王様」
こうして俺は冒険者をやめ、新しい仕事に就くことになる。
それだけお腹がすいていたんだ。だから許してくれ。
「親父ぃぃ、まずは我にミルクを。ジャックは何にする?」
「俺ですか? そうですね、俺は――」
俺は調子のいいことを言ってロリ魔王からご飯を奢ってもらおうとしていた。
だが、世の中そんなに甘くないことを俺は痛感させられる。
「た、大変だー! 西区でモンスターが暴れてる!」
おいしいものを頼もうとしていると突然、トラブルが飛び込んできた。
それは町中でモンスターが暴れているということだ。
「西区か」
確かあそこにはダンジョンの入り口があって、たびたびモンスターが出てきて暴れるんだよな。
だから人がいなくなって、スラム化してきている場所だ。
人がいないからギルドの対応もそんなに早くない。
むしろ入念に準備してからモンスター退治に向かうってイメージだ。
「助けてくれー! スライムがヘドロを吸収して大暴れしているんだー!」
うわぁ……最悪だ。
スライムは固体によっては吸収した物体の特性を持つことがある。
今回のスライムはそういう固体で、しかもヘドロを吸収した。
つまり、とんでもなく臭いということでもある。
できればあんまり相手にしたくない。
というかスルーしたい。
そんなことを俺以外にも思っているのか、みんなは知らせにきたおじさんの目と合わせないようにしている。
当然、俺も目が合わないように俯いていた。
「頼むよギルドの姉ちゃん、みんな、助けてくれ! このままじゃあオラのばあちゃんが死んじまう!」
「いいですが、その――」
「誰でもいい。オラのばあちゃんを助けてくれー!」
悲痛な叫び。
いたたまれないが、俺は関わりたくない。
というか、臭い思いをしたくない。
頼む、違う誰か引き受けてくれ。
ステーキ一切れあげるからさぁ!
そんな思いが通じたのか、誰かが「我が引き受けよう」という声を上げた。
俺は手を挙げた者に目を向ける。
するとそれは、さっきまで楽しく談笑していたロリ魔王イリスの姿だった。
「本当かー! でも嬢ちゃん、戦えるべか?」
「安心しろ。こう見えても我は長く生きておる。戦闘経験も豊富じゃ」
「なら安心だー。アンタにモンスター討伐を頼むよ!」
「任せろ任せろ! 我とジャックでヘドロスライムをどうにかしてやるのじゃ!」
え? 今なんて言いました、魔王様?
「おお、それは頼もしいべ! 頼む、ばあちゃんを助けてくれー!」
「ということじゃ。ゆけ、ジャック! 見事にヘドロスライムを倒してみせろ!」
「待て待て待てぇーい!」
「何を待てと言っておる。ここで頑張らねばいつ頑張る?」
「魔王様が引き受けたんでしょ! なんで俺がやらなきゃいけないんですか!」
俺がそう抗議すると、ロリ魔王イリスは俺に指を向け、こう告げる。
「お前のために仕事を回してやったんじゃ。それにさっきも言ったじゃろ? 給料は歩合制じゃ。働かなきゃ金は入らんぞ」
「いや、ですけど!」
「困っている人間がいるのに見て見ぬふりをするのか? 我はお前をそんな人間に育てた覚えはないのじゃ!」
「アンタは俺のオカンか!」
「とにかく、やらなきゃ報酬はなしじゃ。やるのかやらないのか、この場で決めろ!」
ああ、くそ。
そんなわかりきった質問があるか。
俺は今、一文なしだ。
明日の生活をどうしようかと考えるレベルになっているほどヤバい。
だから選択肢はあるようでないんだよ。
「わかりましたよ、やればいいんでしょ! やれば!」
こうして俺は西区へ行ってヘドロを吸ったスライムと戦うことになった。
ああ、なぜこんな汚い仕事を……
いや、これも明日を生きるためだ。
頑張らなければ!
俺はそう意気込む。
しかし、意気込んだら意気込んだでお腹の虫が鳴いた。
くそぉー、腹が減ったぁー。
何でもいいから食べなきゃ死んでしまう。
「ったく、これから戦うというのに困ったもんじゃな」
ヘロヘロとなってカウンターテーブルに突っ伏していると、イリスが何かを頼み始めた。
その注文を聞いた酒場の店主は何かを作り始める。
次第にいい匂いがしてきて、俺は思わず顔を上げるとそこには温かそうなスープがあった。
「これは……?」
「我の奢りじゃ。ま、初仕事を頑張ってもらうためのスープじゃ」
お、おおお!
なんてロリっ子だ。
こいつ、人の心を掴むのが上手いじゃないか。
ならいただかない訳にはいかないぞ。
「ありがとうございます!」
「よいよい。さあ、召し上がれ」
「いただきまーす!」
俺はホカホカのスープを啜った。
この際、テーブルマナーなんてどうでもいい。
とにかくこのスープを飲んで、とっととヘドロスライムを倒す。
お金をたんまりもらってウハウハに過ごすんだ。
そんなことを思いながらスープを口に含んだ瞬間だった。
「あっまぁ!」
猛烈な甘みが襲ってきた。
あまりにも甘すぎて口の中がトゥルントゥルンになってるんだけど!
え? 何これ?
暴君、暴君が口の中で甘いセリフを吐きながらタップダンスを踊ってるよ!
「どうじゃ、我が前に作った特性スープは」
「アンタが作ったのかよ、これ!」
「そうじゃ! ハチミツに水飴、リンゴにバナナにザラメ。あとは生クリームも入れてみたぞ!」
「なんだその甘さのパレードは! 絶対に身体に悪いだろ!」
よく見るとこのスープ、すごいドロドロしてるんだけど。
冷えてきたからか固まってきているようにも見えるし。
「元気が出たな。よし、それではスライムを倒しにいくぞ、ジャック!」
「ええ、出ましたよ。すごく元気が出ましたよ! だから二度と飲ませないでくださいね!」
こうして俺はとんでもないスープを飲まされ、腹を少し満たした。
なかなかに最悪な味だったよ。
ああ、でも、なんだろ。
こんな風に相手にしてくれるのなんてすごく久々だ。
味は最悪だったけど、この上司と一緒にいるのは悪くないかもしれないや。
そんなことを思いながら俺は西区で暴れ回っているスライムの退治に向かい、見事に退治に成功したのだった。