「まちとおはなし」
「こんな話は聞いたこと、あるでしょうか」
特に目立つところも、心地よさも無いだろうに……。 この町には。
「飴を食べる城という話です。 聞いたことあるでしょうか。 無ければ、ぜひ、お聞きください」
男は突然、この町にふらりとやってきた。 そして一日中、町広場に居座り、語り続ける。
「こんな話は聞いたこと、あるでしょうか」
いや、訂正しよう。 一日中、町広場に居座り、呼び続けるのだ。
「飴を食べる城という話です。 聞いたことあるでしょうか。 無ければ、ぜひ、お聞きください」
もう幾度日が暮れ、昇ったことだろう。 男は懲りずに、繰り返し呼び続ける。
その様子を、私は自室の窓から睨めっこしているのだ。
「こんな話は聞いたこと、あるでしょうか」
町の人は、なにか忙しそうに行ったりきたり。 男の呼びかけになど、少しも耳を貸そうとしません。 それどころか、まるで、男が見えていない、存在自体気付いていない様にも見えて仕方が無いのです。
「飴を食べる城という話です……」
澄んだ声。 ボロ布を頭からすっぽり被っているため、どんな風貌か分からないが、私は好青年なのだろうな、と夢見がちに想像した。
私は原因不明の病持ちで、外に出ることが出来ず、ずっとベッドの上。 本を読むか、編み物をするか……。 出来ることは限られていた。
……飴を食べる城、か……。
男は、一睡の休みも取らず、この町にふらりとやってきたその日からずっと語り続けている。 夜も、昼も。 雨の日も、晴れの日も。
町の人々は、気にならないのだろうか?
ずっと語り続けるこの男を。
「どうしたの? 何みているの」
「あ、あの、いえ」
私のベッドの側に、いつの間にか祖母が腰をかけていた。 突然だったので、私はあっけにとられ、気の無い返事をしてしまった。
「窓のそとに何かあるのかしら」
そう言い、祖母はにっこりと微笑む。 暖かい笑顔だ。 私も微笑み返す。
「おばあちゃん、広場にいる男の話はご存知?」
叔母は目を丸くして、何度か瞬きをしたあと、首を横に振った。
「……いいえ、知らないねえ。 どんな話なんだい」
「話は、知りません。 けど、題名は飴を食べる城、というらしいの」
「まあ、可愛らしいお城なのね」
ふふっと、小さく声を出して笑う祖母。 私は、その笑いが不自然に思えた。 根拠はない。 だが、不自然に思えてならないのだ。
「さて、そろそろお昼ね。 食事の支度しなくちゃね」
祖母はそう言い残し、私の部屋から出ていった。
「待って、お願いがあります」
すでに閉ざされたドアに向かって、ありったけの力を込めて叫ぶように呼びかける。
「広場にいる男を連れてきて欲しいのです」
きりきりと甲高い声が家中に響き、共鳴する。 祖母の返事はない。 家は静寂を完全に我が物としていた。