リア充は色々飛び越える
「昨日の夜?」
何があっても逃げ切る自信があるので、淡々と聞き返す。
「そうよ」氷室は迷う事なく、そう答える。
「それで…、俺が怪しいと?」
「そこまでは言わない。でも、あなたが嘘をついた事は事実よ」
まぁ、追求の方法にしては間違っていないが、根拠を示せないだろ。
「何時ごろだ?」
「え?」
「俺を見た時間だ」
「たしか、9時頃だったはず」…掛かった。が、まだ少し浅い。
「暗かったから見間違えたんじゃないか?」
「そんなはずない。大和があなただったと言っていたわ」
「そうか、で、話は変わるが校則の完全下校時刻は知っているか?」
「……7時ね」
「そうだな、で、もう一度聞くが、俺を見た時間は? 大和も一緒だったとの事だが、何の用事でそんな時間まで学校に居たんだ?」
そこで、氷室の顔が少し曇ったのがわかった。
「……なにも」
「何も?」ない。そんなはずない。
根拠を示せない証拠は、逆に相手への疑念にもなる。
ただ、氷室にはそんな時に、順序や論理を飛び越えてまで助けに来る仲間はいる。
「澪が見たっていうなら、見たに決まってる」
そういったのは、澪によく絡んでいる女子だ。名前は知らん。だが、見た目の幼さとアニメ声が特徴的だとはいつも思う。
「疑うのも、決めつけるのもいいが、証拠がない」
「それなら私達が信じている事が証拠になる」
滅茶苦茶だ。女子だが、髪の毛引っ張ってやろうかと思った。
「信じるのは勝手にしてくれ、それで、その信じていることで俺は犯人になるのか?」
「犯人…そうよ。犯人よ」
ああ、コイツ勢いだけで反論してきているな。もう、面倒だ。
「話にならない。それで、氷室は何か言いたい事は?」
俺も昨日あったことなど、話して周りたいわけではない。というより、俺みたいな奴がマユツバな話を触れ回ったところで、デメリットしかない。
なら、手打ちにするのが一番だろう。
「……私は、嘘をついたわけではないの。ただ…」
「わかってる。だが、ここで説明できないなら、話は終わりでいいか」
「そうね。疑うような事して、ごめんなさい」
そうして、氷室は頭を下げた。
ああ、それができてしまうんだな…。俺にはできなかった事だから、少し羨ましい。
「俺も、悪いとは思っている。だが、認められないものはある」
「……わかったわ」
そうして、氷室は自分の席に戻っていった。
アニメ声はそれを追いかけ、一度だけ振り向くと、舌を出して「べー」と言った。
話がどうなるか見守っていた周りの奴等も、肩透かしを喰らったような顔をしている。
だが、佐藤さんは違うらしい。俺を射殺さんばかりに、一睨みすると教室から出ていった。
「もうすぐホームルームだろ」
担任が、朝の件での事情聴取で手が離せないため、ホームルームを副担任が行った。
その後に、副担に名前を呼ばれた。
心当りしかない呼び出しだが、鍵を閉めていなかった事を先に謝罪しつつも、幾つかの質問は「わからない」の一点張りする事でなんとかなった。
その後は、何人かが教室にいない事を除けば、学校の時間は強制的に過ぎていく。
そうして、昼休みのチャイムが鳴る。朝から少しギスギスしていた教室の空気も、かなり緩和され、チャイムを皮切りにいつもの会話がチラホラ聞こえてきた。
そんな中、俺はいつものルーティンを終わらせると、いつも見ている小説に目を落とす。
だが、いつも通りではないことが起きた。
「ねぇ、お昼、一緒に食べない?」
いつの間にか、席の近くに来ていた氷室がそう話掛けてきていた。
「……食べない」急な事だったので、そう返事することしかできなかった。
鏡はなかったが、鳩が豆鉄砲をくらったような、間抜けな顔だっただろう。
それにしても、何だ。なにが目的だ? 周り奴らの奇異な目も集まっている事もあって、半分パニックになっている。
「話がしたいかな、って。それと、わだかまりは無くしておきたいの…」
なるほど。他意はないようだ。
それに探りを入れるにも、ここまでストレートなら腹を割って話してもいいかと思える。
だが、
「飯ならもう食べた」
「え? さっきチャイム鳴ったばかりよ?」
俺は十秒チャージで有名なゼリーの空袋を見せる。
「それだけ?」
「足りて……はいないな。だけど、まぁ、これで十分だ」
そうしてから、氷室は無表情で、俺を五秒ほど見つめると、席に戻っていった。
呆れられたのだろうか? いや、朝のやり取りからして、好かれる要素など皆無だし、むしろ、嫌われているまである。逆を言えば、氷室は相当優しいのだう。
少し溜息を付きたくなってから、自分に何を期待しているのだと、読んでいた小説に目を再度落とそうとした時、目の端にカラフルな弁当が割り込んできた。
「分けてあげる。お腹は空いているんでしょ? 食べながら少しだけ話をしましょう」
ああ、俺なんかの予想を超えて、良いやつなんだ。コイツは。なんだろうか。こういう不意な優しさに触れた時に、その資格もないのに勝手に救われた気になってしまう。
「ありがとう。でも流石に悪い。…だけど俺も話はしておきたい。飯を食い終わったら声を掛けてくれ、場所を変えて少し話をしないか?」
そういう奴だからだろう。俺も少しだけ、譲歩することにする。腹を割って向き会おうと思えた。
やったことがバレるなら、それでもいいとさえ思えてしまった。
「…わかったわ」
氷室はそれだけ言うと、取り巻きがいる席に戻っていった。
なんだが、取り巻きの中にいた、アニメ声がこちらを睨んでいるように思えたが、視線ではどうという事はないので、放っておく。