ぼっちは、たまに誰かを助けることはある②
氷室のいるまで戻ると、氷室は難しい顔をしていた。
「…あなた何したの?」
「見てただろ? 少し茶々を入れただけだ」
「それは見ていてわかったわ。そうじゃなくて、バグを消した事よ」
「消した?」
「…自覚ないの?」
「全くない」嘘はない。
「あなたの事はわからない事が多すぎるわ」氷室は腕組みをして思案している。
「人がおかしいみたいな言い方は止めてくれ」
「…普通じゃないのは確かよ」
「まぁ、それなら、それでいいや」
「適当ね」
「さっきも言ったが、この件に関しては氷室がわからないことを俺が考えてもわからん」
「それもそうね」
話は逸れたが、本題に戻すべきだろう。
「それで、バグ云々の話はもう良いのか?」
「そうね。私だけで判断は難しいのだけれど、あなたのような人なら大丈夫でしょ」
それは侮りだろうか? まぁ、信頼と取っておくことにする。
「あと、昨日あったことは他の人には言わないで欲しいの」
「それは言えないだろ。頭がおかしいと思われる」
「…そうね」
氷室は少し肩を落としたように見えた。あそこで戦う本人からすれば、誰かに状況を理解して欲しいとは、心のどこかで思ってしまうのだろうか。
「それで、あの子はどうするの?」
「どうするとは?」
「本当に助けるつもり?」
「俺はそんな良い奴じゃない。たまたま関係がありそうだから首を突っ込んだだけ、助かるかは本人次第だろ? 冷たいか?」
「……そうは思わないわ」含みのある先は発言されないようだ。
「まぁ、心配するようなことはしない。たぶん大丈夫だ」
「それならいいわ」
ちょうどいいタイミングで予冷が鳴った。教室に戻るのが少し億劫だったが、足取り重く教室に戻る。氷室と教室に入ってから視線が気になったが、授業以外は放課後まで寝たふりをしながらやり過ごした。
特に話しかけてくるような友人もいないので、こういう時はやりやすい。
問題を起こした二人は、停学にでもなったようで一日中帰って来なかった。
「待ってたのか? 律儀だな」
放課後になり校門を潜ると、地味子が待っていたので声を掛ける。
「ご、ごめんなさい」
「謝ることではないんだが…」
「でも、一人じゃ無理だから…」
「なら、尚更謝ることではないな。助かるかどうかは俺が決めるんじゃない」
「それでも、付いて来てくれるし、私は謝るぐらいしかできないし」
緊張から少し萎縮しているようではある。ネタばらしすれば多少安心させられるが、そこまで俺は優しくないので、このままで行く。
「そこまで頼られても何もできない。ただ、後ろでいるだけになると思ってくれ」
「それで、それでいいの。それだけでも返しに行けるから」
そうしてから地味子は自分の鞄の紐をギュッと握った。
「なら、行くか」
そう声を掛けると、地味子は静かに頷いた。あの袋の本屋までは徒歩でも行けるので、特に何も話さなくても気まずいことはない。というより、緊張で地味子は話ができそうにないので、今の所はこれでいい。
店の前に着くと、地味子の顔が強張っていくのがわかった。
「やめるか?」
声が出にくいようで、何も言わないが首を横に振る地味子。少しだけ待っていると、地味子は震える足で一歩を踏み出し、自動ドアが開いた。
レジカウンターまで進み、暇そうにしている女店員に話し掛けた。
「ごめんなさい。わ、わたし、ここの漫画を……」
最後まで言い切らないぐらいで、地味子の目から大粒の涙が一筋流れる。震える手でカウンターに返したいと言っていた紙袋を置いた。
「ああ、この漫画ね……、そうか、そうだったんだ」
中身を確認した女店員は察したようだ。それから俺を一瞥すると、何か言いたげなようだったが、今は全力で無視する。
「ここじゃなんだし、休憩室へ来てくれる?」
地味子はビクリとすると、俺の方をオズオズと見る。俺は少し頷いて、付いていく旨は伝える。
事務所と休憩室を兼任したような、部屋に案内され、簡素なパイプ椅子に座るように促される。
机を挟んで対面に腰掛けると、女店員はゆっくりと話始めた。
「あなたって、鑑高へ入学した時からの常連さんよね?」
地味子が驚いたようにビクッとしたのがわかった。認識されているのが以外だったようだ。
「勘違いはしないで、別に追い詰めるようなつもりはないのよ。ただ、いつも本を買ってくれる時は楽しそうにしていたから、私の勝手な思い入れが強かっただけ。ただね。最近、漫画を買うようになってからは何だか顔が暗かったから心配していたの」
「そ、それは…」地味子は怯えるように説明を始めた。
学年が変わってから一週間もしないうちに、ケバ子達に目をつけられたそうだ。
最初のうちはからかわれる程度だったが、地味子が反抗しないことをいいことに、最近になってエスカレートしてきたとの事だった。
借りた物を返さなくなることが常になってきた頃には、ケバ子達が欲しい物まで要求されるようになってきて、断り切れない物も多くなった。そして、小遣いで何ともできなくなってしまって、今回の事をやってしまったとの事だった。
これは俺の予想でしかないが、無理と言っても、何とかしろと言われて追い詰められたのだろう。
「でも、やってから後悔しかしてなくて…、それでもあの三人は怖いし、助けてくれなかったら…、きっと私渡してしまってました」
そうして、地味子は俯きながら涙を流し始めた。
女店員は俺の方を一瞥する。だが、俺は何も言葉を発しない。
「許される事じゃないです。だから、警察にでも学校にでも連絡してください。ごめんなさい」地味子はグシャグシャになった顔で深々と頭を下げた。
女店員は俺の方を一度睨むと、そっと地味子の肩に手を置く。追い詰め過ぎだとは思うが、最後は何とかするつもりだったから、怒らないでは欲しい。
「そうね…。まずは安心して。商品は戻ってきているから大事にはしないわ。それに関しては謝ってくれたので充分よ」
女店員の声色は優しく、本当に許していることがわかった。
「でもね。あたしはあなたに強くなって欲しい。言ったでしょ。あなたに思い入れがあったって。あなたみたいな子には、その正直さを持ったまま強い大人になって欲しいの」
俺は自分の口角が上がってしまうのがわかった。地味子の事気に入り過ぎだ。
俺がいるのに、こんなにストレートで少し恥ずかしい表現ができるぐらいには気に入っているらしい。
地味子は意表を突かれたような顔のまま固まっていたが、一度引っ込んでいた涙が、もう一度ブワッと溢れ出した。
「ごめんなさい。ごめんなさい……、それと、あ、ありがとうございます」
女店員は、地味子の後ろに周り、両手を地味子の両肩に乗せて少しだけ、地味子が寄り掛かれるようにする。
俺が子供の頃、泣き止まない時よくやってくれていたので、懐かしくなった。
数分してから、地味子が泣き止むと話は再開する。
「わ、わたし、強くなります。どうするかはまだわからないですけど、あの三人の言いなりはなりません」
「困った事があったら、あたしを頼ってもいい。それと、後ろの空気君にも頼ってもいいわ」
ここで俺にも話を振るのか…、乗りかかった船だから問題はないが…。
「…ああ、もし面倒事があれば、なんとかする」
「でも…」地味子はあくまで遠慮の姿勢を崩さない。
「一応は男だから、頼ってもいいと思うわよ」
一応は余計だ。だが、中途半端に手を出して、事態をかき乱すだけで終わりたくない。何かあれば、自分の全力で手助けはするさ。
「…うん、ありがとう」
控えめに言われたその御礼は、多少の笑顔が戻っていて、不覚にも少し可愛いと場違いに思ってしまった。
「そういえば名前は?」
地味子が落ち着いたのを見計らって、名前を聞いていた。
「来地 美心っていいます」
地味子はそう自己紹介した。その瞬間少しだけ、女店員の目が見開かれ、驚いているような表情が見受けられた。何だろうか? というよりも、俺も今知ったなと思う。
「そう、そなのね」女店員の目がより一層優しいものになった気がした。
「…?」地味子も少し、反応に困っている。
「初めて話したキッカケがこれだったけど、これからもここに来て欲しいわ」
「はい。私もそうさせて欲しいです」
地味子が少し笑顔を取り戻して、そう応えた。




