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第9話 答え合わせと決意

 翌日、ミルカはネリル一家を待っていた。

 昨日の実験は上手くいった。ミルカの仮定が実現可能であることが示された。

 もちろん、他に原因がある可能性も否定できない。もしそうだった場合は完全に振り出しだ。

 だからこそ確かめなければいけない。

 今朝のうちに、ネリルの家には電話をしておいた。本当はこちらから出向こうと考えていたのだが、丁重に断られてしまった。


「ミルカ、大丈夫?」

「ああ、問題ない」


 今日はフレンカにも同席してもらうことにしていた。原因がハッキリしたその後、ネリルの話を聞き出すときにフレンカのような存在が必要だと考えた。ミルカはそういうのは苦手なのだ。


「その子、十三歳って言ってたよね?」

「ああ、それくらいのはずだ」

「それなのに、なんでそんなこと……」

「それを確かめるためにも、今日は頑張らないとな。フレンカも頼りにしてるぞ」

「まかせて!」


 そのとき、玄関のドアがノックされた。

 扉を開けると、老夫婦とネリルが立っていた。


「ご足労頂きありがとうございます。本来ならばこちらからお伺いすべきところを申し訳ございません」

「いえいえ、ネリルが治る可能性があるのなら何だっていたしますので」


 ミルカはネリル一家を応接室へと通した。


「それで、こちらの方が……」


 夫婦はフレンカへと視線を向ける。


「はい、電話でもお話しした助手です」

「フレンカと申します。お力になれるように精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」


 フレンカは自己紹介と共に、テーブルへと頭をぶつけそうなくらい勢いよくお辞儀をした。

 普段ミルカと二人でいるときとはまるで別人だ。それでも別に驚きはしない。


「よろしくね、ネリルちゃん」

「……はい」


 そして、目線を合わせてネリルへと笑いかける。ネリルは返事を返すも、すぐに目を反らしてしまった。前回から雰囲気が変わった様子はない。

 この様子は、純粋に人見知りというだけなのだろうか。なんとなく感じたことではあるが、夫婦とネリルに温度差があるように思える。それとも、悪夢の影響で元気がないのか。


「それで、ネリルの悪夢の原因がわかったというのは本当でしょうか」


 おばあさんが前のめりに聞いてくる。


「厳密に言うと少し違います。正しくは、前回私の能力が効かなかった理由がわかった、です。これを解消できれば、一時的にではありますが悪夢を解消できると考えています」


 ピクリと、ネリルが反応したのをミルカは見逃さなかった。


「その理由というのは?」

「それをお伝えする前に、ネリルさんと私と助手の三人で話をさせてくれませんか」

「私たち抜きでということですか?」

「はい」

「しかし……」

「母さん」


 渋るおばあさんを、横からおじいさんが制する。


「先生たちに任せよう」

「……はい」

「先生、お願いします」

「お任せください」

「こちらへどうぞ」


 フレンカの案内に従って、夫婦は応接室を出て行く。リビングで待っててもらおう。

 程なくしてフレンカが戻ってきた。


「さて」


 ミルカはネリルへと向き直った。ネリルは依然として下を向いている。


「単刀直入に聞こう。ネリルさん、あなた、以前ここにきたときわざと悪夢を見ようとしましたね?」


 ピクリとまた反応。


「…………………はい」


 ネリルは諦めたのか、長い逡巡の後肯定を得られた。


「やっぱり……」


 ミルカの能力は、本人が望む夢を見ることができるというもの。だからこそ、これまで何人もが自身の望む欲望にまみれた夢を見ることができた。

 これまでの経験から、ミルカには固定観念があった。それは、人間は誰しも自分の望む良い夢を見たいと考えるだろうということだ。

 思わなかったのだ。まさか、自分から悪夢を見たいなんてと考えるような人間が存在するなど。


「なんでそんなことをしたのか聞いてもいいですか?」


 その質問に、ネリルは返答しなかった。


「私はあなたの悪夢を治すことはできないかもしれません。ですが、一時的に良い夢を見せることはできます。ネリルさんがそれを望んでくれれば。それすらもできませんか?」

「…………あたしは」


 それまでほとんど下を向いて黙っていたネリルが、ゆっくりとミルカを見て口を開いた。


「あたしは、悪夢を見続けなければならないんです」


 悪夢を見続けなければいけない。いったいどういうことか。


「ですが、おじいさんとおばあさんも言っていました。ネリルさんは悪夢の見過ぎで弱ってきていると。このままだと死んでしまうかもしれませんよ?」

「あたしなんか死んだ方がいいんです」

「そんなことない!」


 それまでずっと黙って聞いていたフレンカが、ネリルの言葉を聞いて叫んだ。


「この世に死んだ方が良い人間なんていないの! 誰にだって生きる権利はある!」


 フレンカはネリルへと駆け寄る。


「まだ十三歳なんだよ! 人生これからだよ! なりたいものやりたいこと、何だってできるんだよ! 未来は広がってるんだよ! ネリルちゃんは、将来の夢とかないの?」

「夢……」

「そう! 夢! 今からなら何にだってなれるよ!」

「あたしは……あたしは……」


 ネリルは言葉につまる。


「……ありません。あたしにはそんな資格ありませんから」

「わからずや!」

「おい、言い過ぎだって」


 白熱するフレンカをミルカは流石に止めようとする。


「ミルカ」

「はい」


 なぜか敬語になってしまった。


「私決めた」

「なんでしょうか」

「ネリルちゃんのこと、しばらくここで預かるよ」

「……はい?」


 フレンカの言葉にミルカは戸惑う。


「美味しいもの食べさせて、楽しいこといっぱいやって、未来は楽しそうって感じてもらって」


 フレンカはビシッとネリルを指さした。


「私が絶対、ネリルちゃんにもっと生きたいって思わせてやる!」


 流石のネリルも面食らったようで、目をパチパチと瞬かせる。


「いやでも、勝手にそんなこと決めちゃ──」

「ミルカ! あの夫婦よんできて!」

「はい、ただいま」


 フレンカのその形相に、ミルカはもう口を出すのを諦めた。大人しく夫婦を呼びにリビングへと向かう。

 そもそもここで預かるなんてめちゃくちゃだ。ミルカに世話ができると思っているのだろうか。フレンカの家ならまだしも。

 それでも、フレンカの言葉には賛成だった。あんな小さな子が未来を諦めている。そんなの悲しいじゃないか。ミルカもネリルには生きたいと思って欲しかった。


「呼んできたぞ」


夫婦を連れて応接室に戻ってきた。


「それで先生、理由というのは──」

「おばあさんおじいさん」


 フレンカが勢いよく夫婦に詰め寄る。


「お願いします! ネリルさんをしばらくこちらで預からせてください!」

「え……?」

「突然でもうしわけありません! ですが、ネリルさんを救うためにも、ネリルさんによい夢を見てもらうためにも、私たちに時間をくれないでしょうか」


 フレンカの怒濤の剣幕に、夫婦は戸惑っている。


「し、しかしそんなご迷惑をおかけするわけには……」


 夫婦はネリルに目を向ける。ネリルは相変わらす下を向いて何も言わない。


「さっきネリルさんは言っていました。自分は死んだ方がいい人間なんだと。こんなに幼い少女がそうな風に考えるのなんて絶対に間違っています。私はネリルさんに未来を見せたい」

「ネリルがそんなことを……」

「だからお願いします!」


 フレンカは頭を下げる。

 夫婦はネリルを挟むようにソファへと座った。そして両側からネリルの手を包む。


「ネリル、いつでも帰ってきていいからね」

「たまには連絡をしなさい。私たちが寂しいからな」

「おばあちゃん……おじいちゃん……」

「……未来を見るためには、同じく未来が明るい人たちと一緒に過ごすのがいいのかもしれません。それには私たちは歳を取り過ぎた」


 夫婦は改めてミルカとフレンカの方を向く。


「ネリルをよろしくお願いいたします」

「っはい! お預かりします!」


 精一杯の礼で答える二人。

 自分に明るい未来は待っているのだろうか。その疑問を、ミルカはそっと胸にしまい込んだ。

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