第8話 光明
「ミルカー! 今日も来た……よ……?」
玄関からいつものように飛び込んできたフレンカは、リビングのテーブルで頭を抱えるミルカに気がついた。
「ちょっとミルカ、どうしたの?」
「ああ、フレンカか」
フレンカはミルカの顔を心配そうに覗き込んでくる。
「何かあった?」
ミルカは何も言わず応接室の方に目を向ける。そこではまだクラが寝ている。
「まだお客さんいるの? 出直そうか?」
「……また失敗したんだ」
「え?」
「今日の客も、力を使ったら苦しみだした。あれ以来失敗してなかったのに」
「でも、今は静かに寝てるんじゃない? 悪い夢を見てるようには見えないけど」
「能力を二回使ったんだ。一回目起きた後もう一回使ってくれって言われて。そっちは成功したから今は穏やかに寝てるよ」
「同じ人でも成功したり失敗したりするんだね」
「ああ、だから尚更わからなくなっちまった。この能力はもう使わない方がいいのかもしれない」
ぽんっと、ミルカの頭にフレンカの手が置かれた。
「よしよーし」
「……何してるんだ?」
「頭を撫でてる?」
「なんで疑問形なんだ」
「いやーミルカによしよしするのなんて初めてだから、照れ隠し的な?」
「俺の方が年上なんだぞ」
「関係ないよ。人間なんてみんな、心が辛いときは甘やかされたい生き物なんだから」
「そうなのか?」
「そうなの。だから黙ってされときなさい」
頭に置かれた手から、フレンカの気持ちが溶け込んでくるような気持ちになった。少しずつ、自分の中の負の感情が中和されていくような感覚。心が少し軽くなる。
「ごめんね。私もミルカみたいに何か能力を持っていれば、もっと気持ちをわかってあげられたんだけど。私は何もできないから。こんなことくらいしかできない」
それはなんとなくだった。なんとなくそうした方がいい気がして、ミルカは同じくフレンカの頭の上に手を置いた。
「……ミルカ?」
「フレンカ、いつもありがとな」
「………………何それ。ばかみたい」
お互いに頭を撫で合っている様は、端から見たら非常に滑稽だろう。それでも、二人の間に流れる空気はとても温かかった。
そのとき、ガチャリと音がして応接室からクラが出てきた。そして、互いに頭を撫で合っているミルカとフレンカを目に留める。
「あら、お邪魔だったかしら」
「わわわ! すみません!」
フレンカとミルカは慌てて手を離す。
「いいんですよ? 別にそのまま続けていても」
「いえ、大丈夫です!! 失礼します!!」
フレンカは顔を真っ赤にして、寝室へとすっ飛んでいった。
「ふふっ。可愛い彼女さんですね」
「彼女じゃありませんよ」
「あら、そうなんですか? もったいない」
「それより」
ミルカはボサボサになった髪を整えて、立ち上がってクラへと向き合う。
「今日はすみませんでした。お代は結構ですので」
「いえいえ、非常に良い夢を見せていただきました。ちゃんとお支払いしますよ」
「そういうわけにはいきません。一回目は失敗してしまいましたから」
「ミルカさんは失敗していませんよ」
「え? いやでも実際にクラさんは悪い夢を」
「はい、見ました。でも失敗ではありません」
「いったい何を言って……」
「あとはご自身でお考えください。お代はこちらに置いておきます」
クラは代金をテーブルの上に置いた。
「それでは。また会うこともあるでしょう」
そう告げて、クラは帰っていった。
ミルカの頭の中では、さっきのクラの言葉がグルグルと回っていた。
「失敗ではなかった? いやでも、クラは悪い夢を見たと自分でも……」
ミルカの能力は、本人が見たいと思った夢を見せる能力だ。だから、どんな欲望に染まったものであったとしても見ることができる。
「……まさか」
そんなことが。確かに、それなら説明がつく。だが、そんなことがありえるのか?
クラの場合ならまだわかる。あの人は明確にミルカにヒントを与えようとしていた。
だが、幼い少女にそんなことができるのか? 仮にできたとして、それをする意味がわからない。
「ミルカ~お客さん帰った~?」
「フレンカ!」
「きゃっ!」
寝室から出てきたフレンカの両肩を、ミルカはガシッと掴む。
「ど、どうしたのミルカ。そういうことはもうちょっと雰囲気を作ってから──」
「わかったかもしれない」
「え?」
「だから、わかったかもしれないんだよ。ネリルのときと今日、なんで失敗したのか」
「……ふーん、なるほどね、ふーん」
「どうした? なんか怒ってるか?」
「べっつにー? ただ私が勝手に勘違いしただけだし。良かったねー」
「? ただ、確証がない。だからフレンカに協力してほしいんだ」
「はいはい、ミルカのためだもんね。なんでも協力しますよ。それで、私は何をすればいいの?」
ミルカは考えの全容をフレンカに話す。これを確信に変えるためには、フレンカに実験台になってもらわなければいけない。申し訳ないことではあるが。
フレンカは戸惑っているが無理もない。突拍子もない発想だ。だが、現状これしか考えられない。
課題はまだ残っている。だが、謎の一つは解決するかもしれない。
微かにみえた希望を掴むために、ミルカはフレンカを連れて寝室へと入った。