第7話 青髪の女性
その日は一人の客も来ないまま夜を迎えたので、ミルカは店じまいをしようとしていた。
結局あの日からネリルについてまともな手がかりを何も得られないままここまで来てしまった。ミルカの中のモヤモヤは、晴れるどころかより一層強くなっている。
あれから何人か別の客を見たが、一度も失敗はしなかった。やはり能力がおかしくなったとは思えない。
トントンと、扉を叩く音がする。
一瞬フレンカかとも思ったが、彼女の場合律儀にノックなんてするはずがないので違う。
そうなると客だろう。店じまいをするつもりだったが仕方ない。今日の最後の客としよう。そう考えながら扉を開けた。
「こんばんは、まだやっていますか?」
そこにいたのは、長身で青く長い髪を携えた年上の女性だった。
その瞬間、ミルカはすぐにノイシュの言葉を思い出した。
「青髪長髪……」
「え?」
「あ、いえ、なんでもありません。こちらの話です」
ミルカは慌てて口をつぐむ。少なくともミルカ達の懸念を本人に悟られるわけには行かない。
「中へどうぞ」
一先ずミルカは、女性を応接室へと招き入れた。いつものように、コーヒーを淹れて差し出す。
「ありがとうございます」
女性がコーヒーを一口啜るのを見届けてから、ミルカは切り出した。
「本日はどうしましたか?」
「ここに、夢を操れる人がいらっしゃるとお聞きしまして。あ、申し遅れました。私のことはクラとお呼びください」
「クラさん、なるほど、見たい夢があると」
クラと名乗る目の前の女性も他の客と何も変わらない、望む夢を求めるだけの人間。ノイシュの懸念は勘違いだったか。
「いいえ違います」
「え?」
「あ、いえ体験もしてみたいです。ですが、どちらかというと先生のお話を詳しく聞きたいのです」
「……というと?」
「何ができるのか。何ができないのか。具体的に何をするのか。どんな能力なのか。副作用は無いのか。などなど、そういう能力に関する詳細を知りたいのです」
しゃべりながらどんどん興奮して前のめりになるクラ。
先ほどの言葉は撤回しなければならないかもしれない。クラは他の客とは違う。能力の詳細についてここまで突っ込んで聞こうとする客はいなかった。
知りたがる客がいなかったわけじゃない。ただそれも、夢を見るついでにちょっと興味が出て、くらいのものだったのだ。それを、クラは知ることが主目的だという。
「申し訳ありません。そういったことはお教えできません」
「どうしてもですか? お礼はしますよ?」
「はい、できません」
「……ミルカさん、あなた今、何か困っていることがあるのではありませんか?」
「はい?」
困っていること。すぐさまネリルの件が浮かぶ。だがあれはミルカたちしか知らないはずのことだ。少なくとも、接点がないクラが知る由もないこと。
そもそも、ミルカは名乗っただろうか。別に名前を隠しているわけではないので、今までの客のつてを辿れば知ること自体はそこまで難しくないが。
得体のしれない恐怖が少しずつミルカの心を覆っていく。
「私、実は夢には結構詳しいんですよ? ミルカさんみたいに夢を操ることはできませんが。お力になれることがあるかもしれません」
「あなたはいったい……」
パンッと、クラが両手を合わせた。
「ふふっいじわるが過ぎましたね。ミルカさんも教えてくれる気は無いようですし、この話はここまでにしましょうか」
目を細めて、ミルカのことを見透かしたように笑うクラ。
能力の追求が止んだことで少しだけ安堵するも、依然として緊張は解けない。
「それでは、ミルカさんの能力を体験させて頂いてもよろしいですか?」
「それは問題ありませんが……それではこちらに横になってください」
ミルカはクラをベッドへと促す。クラは怪しい素振りも見せず素直に横たわった。
「先ほどはいじわるをしてしまいましたからね。少しだけサービスです」
「サービス?」
「それに気がつけるかはミルカさん次第ですよ」
クラが何を言っているのかわからない。だが、ここまできたらミルカにできることは、いつものように施術をすることだけだった。
「それでは目をつぶり、見たい夢を思い浮かべてください」
「はい」
ミルカはクラの額に右手をかざす。いつものように右手が温かくなる。大丈夫。
異変が起こったのはクラが眠りについて五分くらいが経ったときだった。
クラが突然苦しみだした。
「うっ……うう……」
また失敗してしまったのか。どうして。上手くいったと思ったのに。なんで。
とにかく、一旦クラを起こさなければいけない。
「クラさん! クラさん!」
必死に身体を揺すってクラを起こす。クラはゆっくりと目を開けた。
「ミルカさん、どうしたんですか? そんな絶望の表情を浮かべて」
「すみません……失敗しました。あなたの望む夢を見せることはできません」
いったい自分はどうしてしまったのだろう。ネリルとクラに何か、上手くいかなかった共通点があったのか。それともやはり、自分に原因があるのか。わからない。
「ミルカさん。もう一度お願いしても良いですか?」
「ダメです。お客様をもう一度苦しめるわけにはいきません」
「いいからもう一度。次はきっと大丈夫ですから」
「ですが……」
「ほら、私を信じて」
そこまで言われたら嫌でもやるしかない。どうにか成功して欲しい。その一心で無我夢中でもう一度クラのに手をかざす。
クラが眠りにつきそこから三十分観察する。今度はクラは穏やかな顔で眠り続けた。まだ確定ではないが、おそらく成功した。
「いったいなんなんだよ」
成功するか失敗するかはもしかしてランダムなのか? そんなギャンブルみたいな能力だったのかこれは。そんなもの、人に振るうわけにはいかないじゃないか。
一度頭を冷やすために、ミルカは応接室を出た。