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第26話 結婚

「久しぶりに会ってどうだった?」


 風呂に入ってリビングで落ち着いているとき、フレンカがネリルに声をかけた。

 それまでボーっとしていたネリルは、その言葉で我に返った。


「はい、会えて嬉しかったです」


 噛みしめるようにそう呟く様は、ネリルの心をありありと表していた。だが、少し寂しそうにも見えた。


「何かあったか?」

「いえ、おばあちゃんたちとはもう暮らすことはできないんだなと思うと、ちょっと悲しくて」

「そうだな、今日みたいに会いに行くことはできるかもしれないが……いや、この話はやめよう」


 そういうことではないのだろう。悪夢なんか気にせず、普通の家族のようにあの二人と生活する、そんな生活は能力がある間はやってこない。


「みんな、ホットミルクでもどう?」


 フレンカが提案してくる。微妙な空気を察したのかもしれない。


「ありがとうございます。でも、私はもう寝るので大丈夫です」

「そう? ミルカは?」

「ああ、俺はもらおうかな」

「わかった。じゃあ作るね」


 フレンカはキッチンで作業を始める。

 一方でネリルは、立ち上がって寝室へ向かうのかと思いきや、ミルカたちに背を向けたまま俯いて立ち止まっていた。


「ネリル、どうかしたか?」

「ミルカさん……」


 一体どうしたのか。次にかける言葉を探して数秒の間が空くと、ネリルは振り返ってミルカを見た。


「ミルカさん……私、幸せですよ」


 突然何を言い出すのか。


「お父さんとお母さんが事故で死んじゃって、地獄みたいな村に引き取られて、ああ……神様は残酷だな、なんでこんな想いをしなきゃいけないのかなって世界を呪ったこともありました。

でも、そのおかげでおじいさんとおばあさんに出会えて、ミルカさんとフレンカさんに出会えて、みんな優しくて……。私、思うんです。私のこの悪夢の力は、どん底にいた私を見かねた神様が、少しでも救いを与えるために授けてくれたんじゃないかなって。この世界も捨てたもんじゃないなって、そう思えました」

「ネリル……?」

「だから……本当にありがとうございます。私、皆さんに会えて幸せです。それだけはちゃんと伝えておきたくて……じゃあ」


 おやすみなさいと、深く長い一例を残してネリルはリビングを出ていった。


「ネリルちゃん、どうしたのかな?」


 キッチンで話を聞いていたらしいフレンカは、両手にホットミルクを携えてテーブルへと戻ってきた。


「わからん。シンプルに感謝を伝えたくなったんじゃないか?」


 ミルカにもたまにそういうことはある。それを実践できたことはないが。


「ねえミルカ、ミルカは今幸せだって言ってたよね」


 この前の話だろう。フレンカから質問された。


「ん? ああ、そうだな」

「どうして?」

「どうして……というのは?」


 幸せだと答えた。だが、本当に今の自分が幸せなのか、そんなことはわからなかった。

 でもそう答えた。どうしてなのだろう。


「……もしネリルちゃんが家に来る前に同じ質問をしてたら、ミルカはどう答えてた?」

「それは……」


 ネリルを助けるというのは、少なからず自分のためでもある行為だった。それ以前のミルカはもっと荒んでいて、簡単に幸せなんて答えを出せなかっただろう。

 だから、ネリルが来る前だったなら……。


「……幸せとは答えなかったかもな」

「……そうだよね。うん、そうだよね。やっぱり」


 フレンカは何かを言い聞かせるようにそう頷く。


「私は知ってる。ずっとミルカを見てきたもん。最近のミルカはちょっと明るくなった。ネリルちゃんのおかげだよね……ネリルちゃんには感謝しなくちゃ」


 ねえ……と、横に座っていたフレンカはミルカへと向き直った。


「ミルカ、結婚しよっか?」

「………………へ?」


 全くの死角から殴られた気分だった。

 気の抜けた声が漏れる。


「結婚すれば、もっと親身になってミルカのことをお世話できると思うの。そしたらいつも側にいてあげられるし、きっとミルカのことを幸せにしてあげられる。まかせて、もう知ってると思うけど私は家事も完璧にできるし、それだけじゃなくて──」

「ちょ、ちょっと待って! 落ち着けって!」


 止まらないフレンカの肩を押さえ、どうにか落ち着けようとする。


「急にどうしたんだよ、いきなり結婚だなんて……」


 その問いに答えることなく、フレンカは依然として真面目な表情でミルカを見つめ続けている。そのまま一分くらいがたっただろうか。そろそろ何か言おうかとミルカが考えていたら、その沈黙はフレンカによって破られた。


「なんてね、冗談だよ。ドキッとした?」


 フレンカはいつもの表情に戻った。


「……なんだ、ビックリしたよ」

「へへーん、ごめんね。私もそろそろ寝ようかな」


 そう言って、フレンカは立ち上がる。


「おやすみ、また明日ね」

「ああ……おやすみ」


 リビングに一人残されたミルカは、今のフレンカの言葉を反芻する。

 彼女は冗談だと言っていたが、本当にそうなのだろうか。少なくとも、あのときの表情はふざけているようには見えなかった。

 だが、冗談なのだと言われてしまえばそれ以上聞くことはできない。


「フレンカと結婚か……」


 今まで一度も考えなかったといえば嘘になる。

 フレンカのことが好きかと問われればミルカは好きだと答えるだろうし、逆のことをフレンカに聞いてもきっと彼女は好きと答えるだろう。

 付き合おうなどと言葉にしたことがなかったからそういう関係にはなっていないが、実質付き合っているようなものだと言われてしまえば否定もできない。

 このままの関係が続けば、お互いの気持ちが変わらなければ、いつかは結婚という未来に自然と到達するのかもしれないとミルカは思う。だが、それがあまりにも唐突すぎて処理ができなかったのだ。

 それに、ネリルのこともある。まだネリルが死ぬことはなくなったというだけで、根本的な解決にはなっていない。どうにかあの能力を消失させられないか。そしてさっきのあの表情。


「……寝るか」


 あまりのことに脳みそが沸騰しそうになったミルカは、明日の自分に全てを託して眠りにつくことを選んだ。

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