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第25話 報告

 翌日のフレンカはすっかりいつも通りだった。昨日の問いかけなどまるで無かったかのように。


「悪夢はどうだった?」

「大丈夫だった。ミルカの能力が効いたみたい」

「それはよかった」


 これでひとまず、ネリルの悪夢問題は一旦解決と言えるのではないだろうか。もちろん現状は対処療法にすぎず、ネリルの悪夢自体がなくなったわけではない。最終的にはネリルの能力自体を消失させることが目的だ。

 だが、少なくともネリル自身が悪夢で命を失う危機からは脱せられた。これは大きな一歩だ。

 物音がした。

 目を向けると、起きたネリルがリビングへと入ってくるところだった。


「おはよう」

「おはよう、ネリルちゃん」

「……おはようございます」


 心なしか、いつもより顔色が良いように見える。だが、それ以外はいつもと何も変わらない。


「悪夢はどうだった?」

「……見ませんでした」

「そうか。よかったよかった」

「……あの」


 パジャマの裾をキュッと握り、下唇を噛みしめたネリルはミルカを見る。


「ありがとうございました」

「……ああ」


 頭を下げるネリルに、ただそれだけの返事を返す。わずかに目尻が熱くなった。

 まだ終わったわけではないが、それでもネリルを救えたことは素直に喜ばしかった。そして、ミルカ自身もそれを通して少し救われたような気がした。

 ぷるぷると、フレンカが震えている。どうかしたかと声をかけようとしたが、フレンカの行動の方が早かった。


「ん~~よかったね~~!!ネリルちゃん!!!」


 我慢していたものを吐き出すかのように、フレンカは勢いよくネリルに抱きついた。どさくさに紛れて頭を撫でたり頬ずりまでしている。


「ちょ、フレンカさん! やめてください!」

「よいではないかよいではないか~」


 ネリルは身をよじって逃れようとするが、フレンカは全く離そうとしない。次第にネリルは抵抗を諦め、されるがままになっていった。


「おい、もう勘弁してやれ」

「なーに言ってんの! せっかくネリルちゃんが助かったんだから! これでも足りないくらいでしょ!」

「いや、そのままだと悪夢じゃなくてお前に殺されることになるぞ」


 えっ? とフレンカが力を緩めると、ネリルはぐったりと床へ崩れ落ちた。


「ネリルちゃん?! 大丈夫?! ネリルちゃん!」


 どこかで見た光景だった。

 必死に肩を揺さぶって声をかけるフレンカ。ネリルも呼吸はしているようだし、特に心配は無いだろう。

 はあ、と溜息。しかし、ミルカは内心笑いをこらえていた。つい昨日までの真っ黒な空気はどこへやら。こんな雰囲気でいられるのは、ネリルの危機を救うことができたからだろう。

 完全に解決したわけではないが、きっともう問題は起こらない。そう信じて、ミルカは朝食の準備を始めた。


   △


 ネリルを苦しめていた悪夢の真相が明らかになったので、ネリルの保護者二人に報告をするためミルカら三人は相手方の家を訪れていた。


「ネリル! おかえりなさい!」


 玄関で出迎えてくれたおじいさんとおばあさんは、久しぶりに対面するネリルの顔を見て、優しい表情を浮かべる。傍から見ても喜びが抑えられないのがわかった。


「ミルカさんとフレンカさんもよくいらっしゃいました。どうぞ、ゆっくりしていってください」

「お邪魔します」


 そこは小綺麗な一軒家だった。庭もそれなりに広く、夫婦でゆっくり暮らすには十分すぎる空間だろう。もちろん、そこに一人が増えたとしても。

 客間に通され、おばあさんが淹れてくれたお茶で一息をつく。


「改めまして、わざわざお越しいただきありがとうございます。本来ならば、私たちの方が伺うべきところを」

「いえ、ネリルちゃんを一度お家に帰してあげたかったので」


 手土産を渡しながら、フレンカは丁寧に答える。

 当のネリルは、目線を部屋に巡らせながらソワソワしている。久しぶりの家で緊張しているのかもしれない。


「それで……ネリルは……」


 心配をその目に浮かべ、おばあさんは口火を切った。すぐ横に座っているおじいさんも同様の表情だ。


「はい、少なくともネリルさんが悪夢で命を落とす可能性は格段に減りました」

「っ! あなたっ!」

「ああ……っ! 良かった……本当に良かった……っ!」


 涙を浮かべながら手を握り合い喜ぶ二人。それを見て、ミルカももらい泣きしそうになってしまう。


「本当にありがとうございます……ありがとうございます……ネリルもよく頑張ったね……」

「うん……」


 相変わらずもじもじと、少し照れくさそうなネリル。だが、ミルカはまだ重要なことを二人に告げなければいけなかった。


「ネリルさんは、確かに以前のようには悪夢に苦しむことはなくなりました。ですが、まだお二人のもとにお返しすることはできません」

「それは……いったいどういうことでしょうか」


 二人は首をかしげている。きっと、これからはまた三人で暮らせると期待していたのだろう。

 隣を伺うとフレンカは頷くが、ネリルは目を伏せてしまう。


「ネリル……いいか?」

「……」


 今から伝えようとしているのは、ネリルに起こっている現象の詳細だ。

 普通の人間からはかけ離れた能力のため、その事実を恩人に知られてしまうというのは、間違いなく大きな抵抗を感じるだろう。だが、逃げていては解決には向かわない。

 ミルカには確信があった。この二人であれば、そんなネリルのことをすら受け入れてくれるだろうと。それほどまでに、ネリルが愛されていることを知っていた。だからこそ、それを伝えることにそれほど不安は無いのだが、内容が内容なだけに当の本人にとっては死活問題だ。大切な人に嫌われてしまうかもしれないのだから。


「ネリル」


 ポンと、ネリルの頭に手を置いた。ビクンと反応するその様から、ネリルの緊張が伝わってきた。


「大丈夫だ。この二人は、お前のことを心から想っている。二人を信じろ」


 それに合わせるように、フレンカが反対側からネリルの手を握った。さっきまで震えていた身体が徐々に落ち着いていくのがわかった。


「……はい。大丈夫です」


 その表情を見て、強くなったものだとミルカは思った。

 そもそも、初めてネリルが家に訪ねてきたときはまともに会話することもできなかった。

それが時間が経つにつれて少しずつミルカやフレンカのことを受け入れ、話をしてくれるようになった。 

 目を見てくれるようになった。少なくともそうミルカは思っている。まあ、それらの功績はほとんどがフレンカのものではあろうが。

 そんなネリルが、自身にとって最も隠しておきたかったであろう秘密を大切な人たちに明かそうとしている。そんなのネリルじゃなくても恐ろしいことだ。内容も重い。

 その覚悟を、ミルカは汲まなければいけない。


「……ネリルさんは、自分の意思とは関係なく周囲を死に追いやってしまう病にかかっています」

「……?」


 おじいさんとおばあさんは顔を見合わせる。

 そもそも〝病〟という表現すら正しいとは言えないだろう。だが、ミルカはその本質を良い表せる言葉を知らない。強いて言うなら〝能力〟だろうが、無関係に周囲の人間を殺してしまう、そんな能力なんて悲しいではないか。


「以前もお聞きしましたが、ネリルさんを家に迎え入れてから、何か悪夢を見たようなことはありません

か?」

「いや……そんなことは……」


 そのとき、隣で神妙な面持ちを浮かべていたおじいさんが口を開く。


「……思い出した。母さん、ネリルが家に来た最初の日、変な夢を見たって二人で話したんじゃなかったか?」

「え? そうでしたっけ……」

「見ていてもおかしくありません。その変な夢の原因というのが、ネリルさんなんです」


 二人は揃ってネリルのことを見る。当の本人は、目線を返すことができない。


「ごめんなさいミルカさん……私たちにはまだどういうことか……」

「ネリルさんは周囲の人間に悪夢を見せてしまうのです。ネリルさん自身がそんなことを望んでいないにもかかわらずです。そして、その悪夢は見た人の命を徐々に蝕んでしまう」

「そんなことが……ですが、先ほど申し上げた通り覚えている限りでは初日だけ……なのよね?」


 おばあさんがおじいさんを伺う。


「そのはずだ」

「そこが肝なんです。ネリルさんは自分の病を知っていました。そして行き倒れていたところをお二人に拾われた。おそらくとても親切にお世話をされたのだと推察します。ネリルさんはそんな恩人である二人の命を奪うわけにはいかないと考えました。そして、悪夢を無理やり自分の中に閉じ込めたのです」

「……まさか」

「はい。ネリルさんはお二人を守るために、悪夢を一身に引き受けることを選びました。それが、ネリルさんが悪夢によって衰弱していった理由です」

「そんな……」


 顔を覆うように項垂れるおばあさん。その横で、おじいさんも険しい表情をしている。


「ごめんなさいネリル……私たちがあなたを見つけてしまったばかりに……あなたを苦しめてしまっていたなんて……ごめんなさい……」


 それはある意味では正しい。だが、結果論に過ぎないのもまた事実。

 仮にこの二人に出会っていなかったとして、だれにも頼らず一人で生きていくことなど、当時のネリルには不可能だっただろう。

 もしネリルを助けたのが別の誰かだったとして、そのときは同じようにネリルは悪夢を抱えていたはず。そういう子だ。

 出会ったのがネリルを苦しめる誰かだったのなら、ネリルはさらに人を殺してしまう。それもネリルが苦しむ。

 あの時点でネリルは詰みかけていたのだ。夫婦がミルカのところにやってきたのは、唯一の突破口と言っていい。そういう意味で、二人は最善の仕事をした。


「私たちに出会わなければ、きっとあなたはもっと……」

「そんなことない!」


 絶対に聞きたくなかったであろう言葉を遮るように、ネリルは立ち上がった。


「あのときおじいちゃんとおばあちゃんに拾って貰わなかったら、きっと私死んでた! それまで辛い思いをしてきたから、二人との生活が本当に幸せだったの! 久しぶりに……お父さんとお母さんを思い出したの……。だから……そんなこと言わないで……」


 ネリルは拳を握りしめ、肩を震わせる。

 二人に拾われる前にどんな目にあっていたのか、それをネリルは話さなかった。ミルカも、さっきそれを説明しなかった。辛い過去を知らずとも、今のネリルの症状を理解することに何も問題はない。この二人が、ネリルにとっての居場所であってほしかった。


「おばあさん、ネリルさんはうちに預けられてから、何度も帰りたい帰りたいと言っていました。それほどまでに、お二人はネリルさんにとって大切な家族だったんです。だから、そんなこと言わないであげてください」

「っ!……ネリル……っ!」


 三人で抱き合う家族たち。

 自分にも、こんな家族が作れるだろうか。ミルカはそんなことを考える。

どうしても思い出してしまう。壊れてしまった自分の家族のことを。家族という形に、恐怖すら覚えている。

 ぎゅっと、不意に左手が握られた。横を見ると、フレンカが優しくミルカのことを見つめていた。その瞳はまるで大丈夫とでも言っているみたいで、ミルカの心は軽くなる。


「ミルカさん、フレンカさん、本当にありがとうございます」


 抱擁を終えたおばあさんが、再度お礼を述べる。


「いえ、我々もネリルさんを助けたかったので」

「ところで……ネリルの悪夢のことはわかったのですが、それだとミルカさんのお宅にネリルがいるのは、お二方にとって危険があったりはしないのですか?」

「それはあれです、私は夢を操れますから」

「ああ……なるほど」


 一緒に暮らせるわけではなくとも、家族の時間を邪魔する障害は全容が見えた。それだけで、みんなの心は軽くなっただろう。

 こうやって頻繁に遊びに来てもいいし、家に招待してもいい。

 ミルカの頭は既に楽観的な思考に傾いていた。

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