第23話 真実
「ネリル、話があるんだ」
村に行ってから数日後の夜、ミルカは話を切り出した。
「話ですか?」
「ああ」
この数日間、ミルカはどうやって話を切り出すかひたすら考えていた。
何か良いきっかけはないか、良い方法はないか。
だが結局結論は出ず、最終的にはこのように真っ正面から話をすることにしたのだ。
「なになに、何の話?」
話が聞こえたのか、フレンカが顔を出す。
「いや、こっちの話だ。むしろフレンカには聞かないで欲しい」
「え~何それ~」
フレンカはむっとした顔でミルカを睨む。
「すまん、この通りだ」
ミルカは素直に頭を下げた。申し訳ないが聞かせることはできない。
「はいはい、そこまでされちゃね。邪魔者は消えますよ~だ」
口を尖らせながら、フレンカは奥へと引っ込んでいった。
「いいんですか?」
ネリルは心配そうにフレンカの部屋へと目を向ける。
「いいんだ。せっかくなら外で話そう」
そういってミルカは外に出る。
ミルカの家は、ハシゴで屋根の上に上がれるようになっている。
星の綺麗な日なんかは、たまに上に上がって寝転がっているのだ。
「足元気をつけろよ」
ネリルに手を貸しながら、二人は屋根の上へと上がった。
「すごい。屋根の上ってこうなってたんですね」
「なかなか良いだろ」
ミルカは寝転がって、ネリルにも促す。ネリルはそれに従ってミルカの横に並んだ。
「うわ~綺麗」
「この辺りには民家もここしかないからな。晴れた日は綺麗に見えるんだ」
星をゆっくり見上げるというのは、意外と機会がないものである。
「それで、話ってなんですか?」
「まずはさ、俺の話を聞いてくれるか?」
「? はい」
「この前言っただろ? 俺も人を殺したことがあるって。その話を聞いて欲しいんだ」
「……わかりました」
ネリルは首をかしげるも頷く。
「俺の能力ってさ、その人が見たいって思った夢を見せることができるんだよ。この力が手に入ったとき最初はさ、まるでスーパーマンにでもなったみたいに喜んでさ、色んな人のお願いを叶えていったんだ」
ミルカは少年時代を思い出す。
始まりは母親へのちょっとした願いだった。嫌な夢にうなされていた母親を見て、良い夢が見られますようにと願いを込めて手をかざした。
母親の表情が和らいだのを見たミルカは、願いが届いたのだと思い嬉しかったのを覚えている。
だが、それを意図的に実行できることが判明してから少しずつ歯車が狂い始めた。
「でもさ、人間っていうのは欲深い生き物でさ、繰り返すうちに夢と現実のギャップに苦しむ人が出始めたんだ」
それも仕方のないことなのかもしれない。理想を体現できる夢はある意味なんでも思い通りの天国だ。そんなものと比較してしまっては、現実の環境はあまりにも辛すぎる。
「俺の夢はさ、多くの人を幸せにすることだった。この能力が宿って、それが叶うと思い込んでいた。でも、現実は真逆だった。夢という希望を与えてしまったばかりに、現実では多くに人を不幸のどん底にたたき落とした」
夢という理想郷を体験してしまったがために、現実に絶望する人が後を絶たなかった。
だから、子供ながらに能力を封印しようと考えた。使わなければきっと前みたいに戻れる。これ以上誰も不幸になることはない。そう信じていた。
だけど、現実はそう甘くはなかった。
一度甘い蜜の味を知ってしまった人々は、現実の醜さから逃避するように何度も夢を求めた。ミルカが嫌だと言っても、それを許してはくれなかった。
罵詈雑言は当たり前、殴る蹴るも当たり前、多くの人がミルカに力を使わせようと必死になった。その中には母親もいた。あの優しかった母親は気づけばもうどこにもいなかった。
たぶん、今思えばミルカの力を使って金儲けでもしていたんだと思う。
「何人も死んだよ。俺が力を使ってしまったばかりに、現実の辛さがより際立って耐えられなかったんだろうな。自分で命を絶つ人がいっぱいいた。その中には俺の母親もいた」
現実に絶望したからなのか、ミルカが力を使わなくなったことで夢に逃げられなくなったからなのかはわからない。
もしかしたら、他の夢中毒者から責められたのかもしれない。ミルカが思うように力を使わなくなったから。
とにかく、ある日の朝起きてミルカが最初に見たのは、天井からロープにぶら下がっている冷たくなった母親の姿だった。その光景は今でも目に焼き付いて離れない。
「どう思う? ネリル」
「え?」
それまで黙って聞いていたネリルは、突然の問いに戸惑う。
「目の前で母親の死を目撃した俺は、いったいどう感じたと思う?」
「そりゃあ……悲しかったんじゃないですか?」
「ほっとしたんだ」
ミルカはあのときのことを今でも鮮明に思い出せる。
母親が死んでいるのを目の当たりにしたとき、ああ、終わったんだ。もう自分は誰かのために力を使わなくて良いんだと思った。それが嬉しかった。
「あのときに俺はもう壊れていたんだと思う。だからさ、ネリル。俺はお前のことも他の誰よりわかってあげられるつもりだ。
「……なんの話ですか?」
ネリルは怪訝そうにミルカを見る。
「ネリル……お前、本当は村の人たちを自分の意思で殺したんじゃないのか?」
「…………」
「力をコントロールできるのがわかっても、コントロールせずに周りを殺すことを選んだんじゃないのか?」
「…………いけませんか?」
「ダメじゃないさ」
「だってあの人たちは! あたしにヒドいことをしたんですよ! 毎日毎日奴隷みたいに扱って! 死んだ方がマシだって思いながら生きてたんですよ!」
「だからダメじゃないって」
「それなのに! なんであんな人たちを助けるために、あたしがそれ以上に苦しまなきゃダメなんですか! そんなのおかしいですよ! この力に目覚めたとき、あたし嬉しかったんです! ああ、これでみんないなくなるって! だから!」
「ネリル」
ミルカはネリルの頭に優しく手を置いた。
ネリルは、自分でも気づかないうちにいつの間にか涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「だからあのとき言っただろ。俺たちは同じだって。仲間だって。俺はわかってた。自分が力を使うことを拒否し続ければ、いつかはこうなるであろうことを。それでも拒み続けた。力を使わず母親を殺すことを選んだんだ。ネリルも同じだ。力をコントロールせずに周りを殺すことを選んだ」
だから同じ。人殺しの罪を背負っている。
「あたしは……あれでよかったんでしょうか。たまに思っちゃうんです。悪夢の中であたしを追いかけてくるのは、あのときあたしが殺してきた人たちなんじゃないかって。今あたしが苦しんでいるのは、あのときの罰なんじゃないかって」
「それは違うさ」
ミルカは確信を持って答える。
「だってそうだろ? ネリルが悪夢で苦しんでいるのは、その優しさゆえだ。コントロールをやめればネリルはいつだって解放される。それに、その力が生まれたおかげでネリルはあの状況を打破できたんだ。案外、追いかけてきているのは良い神様かもしれない」
「……ふふっ、それだったら、もうちょっと可愛い夢にして欲しかったです」
ネリルは目元を拭う。
「俺たちは人を殺した。それはやっぱり許されないことだ。だけど俺たちは一人じゃない。二人でその罪を背負って生きていこう」
「……はい」
ネリルはくしゃりと笑った。
「まずはそうだな。手始めに悪夢のコントロールをやめるところから始めよう。この辺りには他に誰も住んでないからな。被害はないだろう」
「でもそれじゃあミルカさんとフレンカさんが……」
「フレンカについては俺の能力を使えば良いから問題ない。俺についてはそうだな、自分に能力は使えないから悪夢を見ることになるだろう。だからこうしよう。交互にネリルが悪夢を見る日と俺が悪夢を見る日にするんだ。そうすれば、ネリルへの被害も半分で済む」
半分になったとき、ネリルの身体が少しずつ弱るのか回復に向かうのかはわからない。それでも今までよりは良いはずだ。いざとなれば調整してミルカが背負ったっていい。
「でもそれじゃあミルカさんが辛いんじゃ」
「言ったろ? 二人で背負っていこうって。それで、一緒にその能力を手放す方法を探していこう」
それが見つかるのがいつかはわからない。だけど、今はこの方法が一番良いと思えた。
ネリルもミルカも人を殺したのだ。だったら、罰も半分ずつ請け負った方がいい。ネリルだけが背負ってミルカが何も無いというのは納得ができないから。
そのとき、バタンと玄関の閉まる音がわずかに聞こえた。
「フレンカのやつ、まさか……」
もう少し気を配るべきだった。フレンカの性格を考えると、こっそり盗み聞きをしていても不思議じゃない。このあとどうやって取り繕おうか。ミルカはそのことに頭を回し始めた。




