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第22話 忌まわしき村

 受け取った情報から着くのに時間がかかることは覚悟していたが、それでも実際に体験すると、それは大きな疲労となって二人にのしかかった。


「遠かったね……」

「ああ……流石に疲れたな」


 ミルカはサイドブレーキを引き、エンジンを切る。フロントガラスの向こうに広がる景色から一旦意識を反らし、リクライニングを少しだけ傾けて体重を預けた。


「ごめんね? 運転任せちゃって」


 助手席のフレンカはシートベルトを外し、飲み物をミルカへと差し出す。

 ミルカはそれを受け取り、一気に飲み干して一息ついた。


「大丈夫、俺の方が道順を知ってるからな。でも、帰りはちょっと手伝ってもらおうか」

「もちろん! まかせて!」

「頼もしいな」


 フレンカは嬉しそうに自身も飲み物を一口飲んだ。

 ミルカたちは、ネリルが預けられていたという村を目指していた。そこであの能力を手に入れたというなら、それを解決する方法も何かあるかもしれないと踏んだからだ。

 それともう一つ、ミルカには気になることがあった。

 車のドアを開けて外に出る。フレンカもそれに続いた。

 目の前に続くのは、車では通れない細道だった。ここからさらに歩く必要があるはずだ。


「まだ歩くんだよね?」

「ああ、車はここに置いていく」

「遠いなあ」


 弱音を吐きながらも、二人は道を進んでいく。


「それにしても、よく村の場所がわかったね」

「頑張って調べたよ」


 村の場所はネリルも知らなかった。考えてみれば当然の話で、ずっと車に乗って長時間知らない土地を進んでいるときに、その道順を覚えていられるはずなどない。それに、あのときのネリルは精神が衰弱していたはずだ。なおさらそんな余裕はない。

 特に助けになってくれたのはノイシュだった。手がかりすら掴めない状態でノイシュに相談したところ、一週間程度で情報をまとめてくれた。


「ここか……」


 歩き始めてどれくらいがたっただろうか。

 特に看板などがあるわけではない。だが、目の前におそらく村だろうと思われる場所があった。村というより集落といった方が良いかもしれない。

 ノイシュも村の名前は特に言っていなかった。もしかしたら、そもそも名前なんてないのかもしれない

 おそらくこの村は、山の中に存在する開けた空間に後から作られたのだろう。入り口からでは全容がわかるわけではないが、周囲を深い森に囲まれている。外との繋がりはこの小さな入り口のみだろう。

 まだ村の中に踏み込んだわけではないのに、わずかに変な匂いが二人の鼻孔をくすぐる。


「……何この匂い」


 フレンカが顔をしかめるのも無理はない。日常生活にも異臭というものはいくつか存在するが、これはそのどれとも一致しない、初めて経験するタイプのものである。

 ミルカはネリルから聞いた話を思い出す。


「……人かもしれないな」


 ネリルがこの村にいたときから、人がどんどん死んでいたと言っていた。では、今その死体たちはどうなっているのか。


「ある程度覚悟はしてたけど、実際に直面すると気持ちの良いものじゃないね」

「車の中で待ってても良いぞ。それなら匂いも届かない──」


 ミルカが言い終わる前に、フレンカの右手が勢いよくミルカの左手を掴んだ。そして、繋がったその手をミルカの胸にグッと押し当てた。

 特に何かを言うわけでもなく、フレンカはじっとミルカの目を見つめる。

 言葉はなかったが、それでもミルカはフレンカの言わんとしていることがわかった。

 どうして自分はこんなにも他人を拒絶してしまうのだろう。彼女はこんなにも訴えてくれているのに。

 いつだって側にいると、言葉で、行動で教えてくれているのに、そんな人をまだ信じ切れていないのか。


「……悪かった。一緒にきてくれ」


 その言葉を聞いたフレンカは、目を潰すようにニコリと笑った。そして、そのままミルカの手を引いて村の中へと足を踏み入れた。




 中に入って村の全貌が目に飛び込んできたミルカが最初に感じたのは、「思ったほど荒れていない」ということだった。

 村は複数の民家と畑で構成されていた。畑については手入れがされていない影響か、雑草が生えて荒れ放題にはなっていた。だが民家については、少なくとも外見上はおかしなところは見つからない。


「思ったより綺麗だね」


 同じような感想をフレンカも抱いていたようで、ミルカはそれに同意する。

 しかし、明確に悪臭は強くなっている。


「とりあえず、しらみつぶしに漁ってみよう」


 この村を襲った、そして今もネリルを苦しめている悪夢の手がかりを求めて、ミルカはすぐそばの民家の扉を開いた。

 最悪いきなり死体が視界に飛び込んでくることも覚悟したが、そうはならなかった。

 しかしそれは、異変が何も無かったという話ではない。


「やっぱり臭うね」

「ああ、近くに死体があるかもしれない」


 玄関から居間へと抜ける。臭いは強くなっている。

 居間のテーブルには空のカップが一つ。他には特に不自然なものもない。壁の一面を占める閉じた襖以外は。異臭は、明らかに襖の向こうから放たれていた。

 二人は目を見合わせて、無言で頷きあう。

 ミルカは襖に手をかけ、勢いよく引き開けた。


「うっ……」


 横ではフレンカが思わず鼻を覆っている。襖によって遮られていた異臭が一気に二人を襲ったのだ。

 一度後ろを向いて呼吸を整える。そして意を決して再度襖の向こうの空間と向き合った。

 そこには一組の布団が敷いてあった。そして、複数の虫がその周りを飛び回っている。

 広がる光景には、二人の想像と違うところが一つあった。そこに死体はなかったのだ。

 一方で、敷かれた布団にはべっとりと黒い染みが大きく残っていた。おそらく、ここに死体はあったのだろう。だが、今ここにはない。


「どういうこと……?」

「考えられるのは、誰かが死体を移動したということだな」

「他の村人さんかな?」

「他の村人か……」


 ネリルから話を聞いた感じだと、簡単に治るような状態ではなかったはず。だから生き残りがいることは基本的に考えていない。

 後の方まで生きていた人が、先に死んだ人の死体を埋葬したのだろうか。可能性はあるだろうが、それができるような余裕があったのだろうか。

 やっぱり、わからないことがあまりにも多い。もう少し色々見てみる必要がありそうだ。




「なにかあった?」

「うーん……めぼしいものはないな……」


 二人はまた別の家の捜索を続けていた。

 ここは先ほどのところよりも少し大きく、二階が存在していた。今は一階の居間を探っているところだが、未だ手がかりは得られていなかった。


「二階に行ってみる?」

「そうだな」


 二人が二階へと上がると、まず目に入ったのははしごだった。

 そのはしごの先を見ると、天井の一部が開きそうな形状になっているのがわかった。

 フレンカがハッとした顔でミルカの方を振り返る。


「ミルカ、これって」

「……ネリルの部屋かもしれないな」


 確かネリルは、屋根裏部屋に案内されたと言っていた。ここがそうなのだとしたら、一目見ておく価値はあるかもしれない。

 そんなことを考えていると、フレンカは既にはしごを上がって扉に手をかけていた。力を込めて数回押したのちギギッと重い音を立てて開いた。

 そこは、だだっ広い空間だった。おそらく、この家の屋根裏の空間がひとまとまりになっているのだろう。

 物は何一つなかった。床一面がほこりを被っている。


「ここにネリルちゃんが……」


 ネリルの話を思い出し、嫌な気持ちが胸を支配する。


「……行こう」


 パッと見ただけで、ここに目ぼしいものがないとわかる。ミルカたちが探しているのは手がかりだ。二人は梯子を下りた。

 



 そこはおそらく、もとは何の変哲もない誰かの部屋だったのだろう。

 おそらくというのは、現在のその様相があまりにも異常だったからである。


「なにこれ……」


 思わずフレンカがそう呟くのも無理はない。

 四方の壁はめちゃくちゃに傷つけられている。その傷は机や布団にも及び、その布団は中身が飛び散り散乱している。電球は割れて床へと散らばり、窓も内側から割られたのか外へと破片が飛散しているのが見える。

 そしてそんな部屋の異常性に隠れてひっそりと、しかし確かな存在感を持ったものが机の上には置かれていた。

 それは手帳もしくはノートのようなものだった。開かれた状態で置かれているそれをミルカは手に取って内容を見る。


『許さない』


 そこに書かれていたのは、思いつく限りの呪詛の羅列だった。


『なんでこんな目にあわなきゃいけないんだ』

『あいつのせいだ。あいつが来たからこんなことになった』

『あいつが死ねばよかったんだ。なんで僕たちが死ななければならないんだ』

『僕たちは平和に暮らしていたのに。あいつが全部壊した』

『許さない許さない許さない』

『殺す。絶対に殺してやる。死んでも呪い殺してやる』


 どのページをめくっても、そんな見るに堪えない言葉たちが白かったはずの紙を真っ黒に染め上げていた。

 これを書いた人物のドス黒い感情が、その文面を通してミルカの中に流れ込んでくる。

 長時間見続けるのはよくないと、ミルカはノートを閉じた。


「ミルカ、それは?」


 ミルカが何かを見ているのに気がついたフレンカが、興味ありげに近くへと寄ってくる。

 自分が受けたショックもありどうするか迷ったが、最終的には手に持っていたそれを恐る恐るフレンカへと手渡した。


「きゃっ!」


 受け取ったフレンカは、最初のページを開くやいなや驚いてノートを落とした。


「大丈夫か?」

「う、うん」


 フレンカは呼吸を整え、改めてノートを拾う。そして再度、その中身に目を通し始めた。


「どうしてこんな……」


 顔をしかめたり、何度も目を反らしそうになりながらも、今度は最後までノートを手放さなかった。

 閉じたノートを机の上に置いたフレンカは、ふぅと一息ついて気持ちを落ち着かせる。その額には、うっすらと脂汗が浮かんでいた。


「ねえミルカ……ここに書いてある"あいつ"って……」

「おそらくネリルのことだろうな」

「やっぱりそうだよね。ネリルちゃんも話してたよね。ルインさん……だっけ?」

「死ぬ間際までネリルを恨んでいたのかもしれないな。ある意味これも呪いか」

「ねえここ、ネリルの悪夢のことも書いてある」


 そう言われてミルカは手帳を覗き込む。


『くそ、なんだこの悪夢は』

『身体が苦しい。頭が割れそうだ』

『今日は悪夢を見なかった。よかった。あんなのはもうごめんだ』

『悪夢が再発しやがった。あいつのせいだ。あいつの』


「きっとこの辺りでネリルちゃんに悪夢の力が宿ったんだよね」

「ああ」


そして、ミルカは求めていた文言もその中に見つけた。

やはりネリルは……。


「行こう」


 ミルカは再度部屋をぐるりと見回す。あらかた探索し終えたことを確認し、部屋を出た。




 その後二人は村を隅々まで見てまわったが、それ以上手がかりになるようなものは何一つ見つけられなかった。

 とはいえ、衝撃的な光景はいくつか目にすることにはなってしまった。

 民家のいくつかには死体が残っており、骨が見えているものもあった。

 また、村の端のほうにお墓も存在していた。そこは綺麗な部分と最近急に作られた部分に明確に分かれていた。おそらく、悪夢で亡くなった人たちを埋葬したのだろう。だが、最後まで生きていた人たちは埋葬されようもない。そういう人たちはそのまま民家に残ってしまったと考えられる。

 当然の如く、生き残りはいなかった。

 ある家には御札が貼ってあったり、またある家では神棚に大量のお供え物を置いた形跡があった。きっと各々が信じるものに救いを求めたり、あるいは悪しきものを拒絶したのだろう。だが、それは実を結ばなかった。


「結局、ネリルちゃんを治す手がかりは見つからなかったね」


 二人は村を出て、山の中を車で走っていた。早朝に家を出たにもかかわらず、既に辺りは日が暮れ始めている。家に着くころには真っ暗だろう。


「ああ。そうだな」

「どうしよう……せっかく光が見えたと思ったのに、このままじゃ……」

「……」


 こうしている間にも、ネリルは悪夢によって日に日に命を削られている。それなのに、現状は完全に手詰まりとなってしまった。

 フレンカは特に焦りを感じているのだろう、手に持ったペットボトルが音を立てる。


「ねえ、どれくらい時間が残ってると思う?」

「そうだな……詳しいことはわからないけど、ネリルの話を聞く限りそこまで余裕はないはずだ。だが、現状問題なく暮らせているというのは救いかもな」

「うん……」

 フレンカは神妙な面持ちになる。

 ネリルが悪夢を見始めて一年。村での死者は最短で三か月。高齢者から亡くなっていったようなので、そういう意味でネリルは時間はある方なのだろう。だが、いつまでかは誰にもわからない。

深刻さが浮き彫りになる。それまでに自分たちは一体何ができるのか、何をするべきなのか、様々な想いがぐるぐると周り、答えにたどり着けないまま空中で霧散する。

 せめてネリルがミルカの力を受け入れてくれれば……。


「ミルカは何か落ち着いてるよね。私はどんどん焦っちゃって」

「薄情だと思うか?」

「ううん、そんなことないよ。ミルカはそんな人じゃないって知ってるし。ただ、すごいなあって」

「焦りがないわけじゃないんだ。俺もネリルを救いたい。だけど、焦ったからといってネリルが助かるわけじゃないからな」

「そうだよね……あーーー!!!」


 フレンカ急に叫んだかと思うと、両手でパシッと自身の頬を挟んだ。


「こんなんじゃ、ネリルちゃんまで暗い気持ちにさせちゃう。一番苦しいのはあの子なんだから、私たちがこんなことで沈んでちゃダメだよね!」

「ははっ、その通りだな」

「よーし、頑張るぞー! えいえいおー!」


 かけ声と共に突き上げた拳が車の天井にぶつかり、フレンカは悶絶の涙を流す。さっきまで車内に流れていた重苦しい雰囲気は、フレンカの明るさで上書きされていく。

 彼女の優しさを左半身に感じながら、その実ミルカの脳内では少し違ったものが鎮座し、それについて考えを巡らせていた。


「人を殺した……か……」

「ん? なに?」

「……いや、なんでもない」


 しかし、それはまだフレンカには言えないことだった。

 ハッキリ言って重要かというとそうでもない。このまま胸にしまっておいてもいいのかもしれない。

 だが、ネリルにとってはそこが最も重要なことなのは間違いない。だからこそ彼女は隠している。

 確かめる必要はあるが、今は置いておこう。隣にはフレンカもいる。

 暗い空気を置き去りにするように、ミルカはアクセルを強く踏み込んだ。

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