第16話 いつかの日
その日は暑さでなかなか寝付くことができなかった。
最近は夜になって日が落ちても気温が全く下がらず、過ごしにくい日々が続いていた。
ミルカは身体中の汗を気持ち悪く感じながらも頑張って眠ろうとしたが、諦めて一旦水を飲みに起き上がることにした。
部屋のドアをあけてリビングへと壁伝いに進む。真っ暗で電気を点けたいところではあったが、それをすると母を起こしてしまうかもしれないため点けることはできない。
そのせいで何かを蹴ってしまったが、一体それが何なのかを確認する術もない。
感覚を頼りに何とか冷蔵庫までたどり着いた。扉を開けると、中から漏れる明かりが視界を助け、冷気が束の間の安息をもたらしてくれた。水の入ったポットを取り出して、コップへと注ぎ一気に飲み干す。
身体中の血管という血管を冷水が巡っていったと錯覚するほどに、先ほどまでミルカを苦しめていた身体の熱はスーッと引いていった。
これなら眠れるかもしれない。そう思いミルカは自室へと戻ろうとするが、その途中でうなり声が聞こえてきた。
「今日もか……」
その声は母の部屋から聞こえていた。ここ数日、母は連夜うなされる日々が続いていた。
ミルカはリビングへと戻り、再び水をコップに注ぐ。そしてそれを持って、母の部屋のドアをそーっと開けた。
「お母さん?」
ドアを開けると、小さかったうなり声が大きくなる。この瞬間は慣れない。
足音を立てないように枕元へと忍び寄り、母の肩を静かにゆすった。
「お母さん、大丈夫?」
何度か続けると、母はゆっくりと目を開けた。
「ごめんね、ミルカ。起こしちゃったかい?」
「大丈夫。はいこれ、お水。飲める?」
「ああ、ありがとう」
母は少し上体を起こし、ゆっくりとコップの中の水を飲んでいった。
「ふぅ……ありがとう。楽になったよ」
「また嫌な夢見てたの?」
「ああ。ほんと勘弁してほしいよ」
そう答える母の顔は、憔悴しきっていた。
具体的にどんな夢を見ていたのかをミルカは知らない。聞いても教えてくれないからだ。それでも母の表情を見ると、相当悪いものだと理解していた。
「さあミルカ、もうお眠り」
「お母さんは?」
「お母さんは今寝るとまたミルカを起こしちゃうからね。ミルカが寝静まってから眠ることにするよ」
「それなら大丈夫だよ!」
そういってミルカは母に再びベッドに入るように促す。
「お母さんは、どんな夢が見たい?」
「見たい夢? そうねえ、ミルカとおいしいご飯をいっぱい食べてる夢とか?」
「わかった! じゃあ、目をつぶって?」
母は素直にミルカの指示に従う。
ミルカはそんな母の額に手をかざした。
「大丈夫だよ、お母さん。きっと、良い夢が見られるから」
まもなく母は眠りについた。先ほどとは違い、穏やかな表情で静かな寝息がリズムを刻んでいる。
「上手くいった」
あとは思う通りにいい夢を見られているよう祈るだけだ。ミルカは母の部屋を後にして自室に戻る。
カーテンの隙間から、月明かりが差していた。それに右手をかざし、じっと見つめる。
「役に立てたかな」
きっと自分は、この力でいろんな人を救えるのかもしれない。そうなりたい。そんなことを夢に思いながら、ミルカは眠りについた。




