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第11話 ワンピース

「なあ」


 リビングでコーヒーを啜りながら、ネリルが寝静まったのを見計らってミルカはフレンカに話しかけた。


「なに?」

「なんでいきなり服を買いに行こうって言い出したんだ?」


 ミルカとフレンカは、ネリルに生きたいと思わせようと決心した。そのためにはどんなことができるだろうかと、ミルカ自身も色々考えている。

 だが、その中に服を見に行くという選択肢はなかった。


「ん~ミルカもあんまりファッションに興味ないもんね」

「それはそうだけどさ」

「いい? おしゃれっていうのは自分を輝かせることができる一つの方法なの。今の自分が輝いていると、未来の輝きも想像しやすい。ほら、人生どんぞこだとお先真っ暗だけど、順調だと明るく開けているように感じるでしょ? そういう感じ」

「……なるほど?」

「私は、全ての人間は潜在的にかっこよくなりたい、可愛くなりたい、綺麗になりたいみたいな願望を持っていると思ってる。でも、じゃあどうすればそうなれるのかがわからないから何もしないっていう人が多い。だったら周りが助けてあげれば良いの。今日のネリルちゃんの表情覚えてる? ちょっと嬉しそうじゃなかった?」

「それは確かに」


 今日一日フレンカの着せ替え人形にされていたネリルだが、試着して鏡を見ているときのネリルの表情は、驚きに満ちた初めて見るものだった。


「だからこそ、あのワンピースが問題なのよね」

「あのずっと着てる白いやつか」

「うん。たぶんだけど、最初にネリルちゃんがここに来たときも同じワンピースを着てたんじゃない?」


 ミルカは初めてネリルがうちに来た日を思い出す。夫婦の後ろに隠れてはいたが、確かに同じものを着ていた気がする。


「そうだな」

「ネリルちゃん、たぶんあの白いワンピースにすごいこだわりというか、執着があるんだと思う。実は昼間おばあさんたちに電話して聞いてみたんだけどね──」

「ちょっと待て」

「どうしたの?」

「なんでフレンカがおばあさんの連絡先を知ってるんだよ」

「そんなの聞いたからに決まってるでしょ。ネリルちゃんを預かるんだから、お互い連絡先を知ってた方が安心じゃない。それに、ミルカのことだから定期報告みたいなこともしないだろうし」

「……ごもっともです」


 ミルカは電話というものがあまり好きではない。それがこちらからかけるとなれば尚更だ。フレンカの言うように、報告なんてしなかっただろう。


「話を戻すね。おばあさんたちに聞いてみたんだけど、あっちでもずっとあのワンピースを来てたんだって。流石に洗濯するときは別のものを着てくれるんだけど、それでも乾いたらすぐに着替えちゃうって」


 実際、今日もフレンカに服を買ってもらったはずだが、今はそのワンピースを着て寝ている。

 ネリルの白いワンピースは、お世辞にも綺麗とは言えない。全体的にくすんでいるし、所々に染みだってついている。


「何か理由があるんだろうけど、どちらにせよ自分をキラキラさせる服は持っておいて損は無いと思ったの。だからまずは服だった。あとは仲良くなって理由とかも聞けたら良いなって」

「色々考えてるんだな」

「当然よ。他にもネリルちゃんとやりたいことはいっぱいあるんだから」

「例えば?」

「カフェに行ったりスポーツしたり、旅行とかもいいな。とにかく楽しいことを片っ端から。世界には楽しいことがこんなにあるんだっていうのを知ってもらうの。それにはネリルちゃんの好きなものも聞かないとなあ」


「それはいいんだけどさ、フレンカ仕事はどうするんだよ。俺だけで面倒見るのは限界があるぞ?」

「え? やめたよ? 当然でしょ。ミルカ一人には任せておけないもん」

「……まじか」

「貯金はあるから安心して」

「いや、そこの心配はしていないけどさ」


 もう少し宣伝でもして、客を増やした方がいいのかもしれない。


「でもさ、私とミルカって考えれば考えるほど正反対だよね」

「そうか? どっちもコーヒー好きだろ?」

「そこくらいだよねって言ってるの。ミルカはファッションに興味ないし、インドアだし、コミュ力ないし、夢も操れるし、他にも色々」

「それはどさくさに紛れて俺に悪口を言ってるんじゃないんだよな?」

「違うよ。ただ、もっと共通点があったらよかったなって思って」

「なんでだ? 別に人間なんて人それぞれで当たり前だろ?」

「そうなんだけど。その方が、もっとミルカのことわかってあげられたのになって」

「何言ってるんだ。十分すぎるくらい色々してもらってるよ。逆に申し訳ないくらいだ」

「そんなことないよ。どれだけやっても足りないくらい──」


 そのとき、ネリルの寝室からうなされるような声が聞こえてきた。

 フレンカは話を打ち切る。二人は無言で立ち上がり、静かにネリルの寝室へと向かう。

 扉を開けると、案の定悪夢にうなされていると思われるネリルがベッドの上で苦しんでいた。


「ミルカ、お願い」

「ああ、もちろんだ」


 ミルカはネリルの額に右手をかざす。

 ネリルに能力が効かない理由自体は判明している。だが、ネリル自身が悪夢を望む理由まではまだわかっていない。ミルカの力をネリルが受け入れてくれれば良いが……。


「……ダメだ」


 ミルカは首を振る。依然としてネリルはうなされ続けている。


「ネリルちゃん……」


 フレンカはそっとネリルの両手を握る。


「きっと私たちが助けてあげるからね」


 先ほどの話といいネリルに対する態度といい、フレンカの奉仕精神はすごい。少なくとも、ミルカには決して真似できないものだ。

 だからこそ、ネリルを助けたいというフレンカの願いをミルカも協力して達成したい。そうすることで、自分が少しはまともな人間になれる気がしたから。

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