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第10話 同棲開始

「ネリルちゃーん! こっちこっち! これとか似合うかな。あーでもこっちの方がいいかも! こういう方向性もありだよねー」

「あ、あの……」


 一晩明けて、今は昼の十二時。

 ミルカたちは町で買い物を楽しんでいた。

 今朝の唐突なフレンカの言葉を思い出す。


『今日はショッピングに行きます!』


 その一声で、三人はこうしてお店を回っている。目的は主にネリルの着る服のようだ。


「あ! これ! これ絶対似合うよ! ネリルちゃんちょっとこれ着てみて!」

「え、あ、はい」


 フレンカに試着室へと連行されるネリルを見て思わず笑ってしまう。この一時間ずっとこの調子である。

 ミルカにファッションのセンスは皆無なので、ミルカの役割はもっぱら付き添いだ。

 ミルカは少し意外だった。半ば無理矢理のような形で始まった共同生活。ネリルは部屋に籠もりっきりになって出てこない可能性も考えていた。

 だが、ネリルはあっさりミルカたちについてきた。相変わらず口数は少ないし、表情は暗いが。

 拒絶されなくて安心した一方で、その諦めにも似たネリルの振る舞いはどうにかしてやりたいと思う。


「おーい! ミルカー! いくよ-!」

「はいよー」


 さっき試着していたと思ったら、もう次の店に行くらしい。

 そういえば、ミルカにも買いたいものがあった。ネリルのベッドである。

 昨夜はネリルとフレンカがミルカの部屋で、ミルカがリビングのソファで寝たが、ネリル用のベッドはあった方が良いだろう。幸い部屋だけなら余っている。

 ネリルの部屋を作り、フレンカはミルカの部屋で寝てもらい、ミルカはソファで寝る。これが一番収まりがよい気がする。


 遠くに見えるフレンカたちが視界から消えないうちに、ミルカは後を追いだした。

 この商店街を歩くのも久しぶりだ。ミルカが町に来るときも、スーパーで食料品を買う程度。あとは通販で済ませている。

 フレンカたちが店に入ったのを確認し、少し周囲の店を見て回ることにする。ファッションを扱う店が多いが、ご飯屋さんもあるし、何のお店かわからないところもある。色とりどりだ。


「帰りにコロッケでも買って帰ろうか」


 そんなことを考えながら、フレンカ達の後を追って店に入った。

 辺りを見渡し二人の姿を探す。客の入りはまばらで、他に数人程度しかいない。 入り口付近には見当たらないので奥の方まで進んでいくと、試着室の前にフレンカが立っていた。


「あ、やっときた」

「ネリルは? 中か?」

「うん、今着替え中」


 確かに、中からは物音がする。


「何を選んだんだ?」

「それは見てのお楽しみ」


 ニヤニヤと、不敵な笑みを浮かべるフレンカ。

 そう言われては何も返せないので、ミルカは所在なさげに周りを見渡しながら足をぶらつかせる。

 改めてみると、この店は結構品揃えが良い。通路を作るようにラックにズラッと並べられたオールシーズン使えそうな衣服に加え、トレンドのようなものは見やすくディスプレイされている。

 そこまで大きな店ではないが、この商店街においては異彩を放っているのは確かだろう。


「ここすごいでしょ? たまに使うの」

「ああ。こんな店があるなんて知らなかった」

「女の子向けだからね。ミルカが知らないのは無理もないよ。私だって男の子向けの店なんて全然知らないし。あ、でもミルカは全然家から出ないから尚更か」

「うるせえ」


 ミルカが言い返すと、フレンカは楽しそうに笑いながらディスプレイされたシャツを合わせて姿見の前に立つ。


「ねえ、似合うかな?」

「フレンカなら何着ても似合うだろ」

「むー、嬉しいけどそうじゃないの」


 頬を膨らませてむくれているフレンカだが、ちっとも怒ってようには見えない。


「なんか楽しそうだな」

「そう? そうかも。こうやってミルカと買い物することってあんまりないじゃない?」

「俺が全然家から出ないからな」

「ごめんって」

「フレンカさん」


 試着室の中からネリルの声がした。


「どうしたの? 着れた?」


 フレンカはカーテンの隙間から中を覗き込んだ。


「ちょっと待ってください」

「えー! すっごくかわいいじゃん」


 フレンカはカーテンから顔を離しミルカの方を向いた。


「ミルカー! 来てー!」

「ちょ、ちょっとフレンカさん」

「大丈夫だって! すごく似合ってるから!」

「そうじゃなくて」


 フレンカはカーテンを開けようとするも、ネリルは必死にそれを抑えている。

 このままだといつまでたっても終わらず店に迷惑をかけかねないので、心の中でネリルに謝罪をしながらミルカはフレンカの横に並んだ。


「ほら、諦めて」


 恨めしそうな目をフレンカに向けながら、観念したのかネリルはカーテンから手を離した。

 フレンカがゆっくりとカーテンを開けると、その向こうにはいつもとは見違えたネリルが恥ずかしそうに立っていた。


「おお……」


 全身黒を基調としたスタイルに、ピンクのカーディガンを羽織ったものだった。

 普段来ているシンプルな白のワンピースとは雰囲気からして全く違う。ミルカは思わず感嘆のため息を漏らした。

 何も言わないミルカにどうしていいのかわからないのか、ネリルは視線はキョロキョロと辺りを彷徨う。

 流石に見かねたのか、フレンカが助け船を出した。


「ミルカ、どう?」


 その声に、ハッとミルカの意識は戻ってくる。


「うん、いいな。すごくいい。似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます……」


 ネリルは後ろを振り返り、姿見に全身を映す。

 その様子が端から見ても嬉しそうだとわかり、ミルカの心もどこか温かくなった。


「さ、じゃあこれともう一式くらい選んで、あとは食料をいくらか買って帰ろっか」

「ん? まだ買うのか?」

「やっぱりもう一着あった方が良いかなって。私たちはもう少しここにいるから、ミルカは食材の買い出しをお願いしていい?」

「わかった。何買えばいい?」

「ここに書いといた」


 そう言って、フレンカはポケットから買いだしリストが書かれたメモを差し出した。

 そこには野菜から肉まで様々なものがズラッと並べられている。


「ありがとう。行ってくる。待ち合わせは商店街の入り口で良いか?」

「うん、お願いね」


 ミルカは二人に手を振り、店を後にする。

 辺りは日が落ちかけ、夕焼けの赤さが広がり始めていた。


「ちょっと急ぐか」


 帰りが遅くなっても良くないので、ミルカは目的の店へと駆け足で向かう。


「──つけた」

「え?」


 背後で誰かの声が聞こえた気がして、ミルカは足を止めて振り返る。

 だが、普段の商店街のごとく人々が歩いているだけで、そこには何も見つけられなかった。

 気のせいだったのかもしれない。ミルカは改めて買い物のために歩き出す。聞こえた声のことなんて、すぐに忘れてしまった。

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