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交番のおまわりさん

作者: 眞基子

「交番のおまわりさん」


 荒川署地域課勤務の相川徳人は、管内の交番に赴任して一年経った。まさか、自分が警察官になるとは、あの頃は思わなかった。最初は管内の地図を覚えるのに大変だった。下町特有なのか、細い道が迷路のように交差し、ぐるっと回って元に戻り、先輩の警察官に笑われた。それでも巡回を重ねる内に、道も住民の顔も覚える事ができ、また住民の人達から声を掛けられる事も増えた。特に朝の通学路に立つこともあり、近所の子供達とも仲良く話したり、事故や事件に関わらないように目を配る。 

 季節が梅雨と夏の鬩ぎ合いをしているある日、交番の中を覗き込むように一人の高齢女性が顔を出した。

 「どうかしましたか?」

 百八十七センチを超える長身と鍛えあげた体躯の徳人は、時として相手に威圧感を与えてしまう。犯罪者に対峙する時は抑止力になるのだが。

 徳人は、優しく声を掛けた。女性は少し躊躇するように下を向いた。

 「お金を拾ったんです」

 女性は小さな声で言った。徳人は頷いた。

 「分かりました。お金を拾ったんですね?どれですか?」

 女性は、おずおずとバックから大きな封筒を差し出した。徳人は一瞬手を出しそうになり、慌てて手袋をした。そっと覗くと札束が見えた。一瞬訳が分からず、先輩警察官の竹下和彦に顔を向けた。流石、三歳年上の竹下は手袋をすると、落ち着いて封筒の中身を確認した。帯封をした札束が五つ、五百万円だ。

 「すみません。ちょっとお伺いしたことがありますので、お待ちいただけますか?ああ、どうぞ椅子にお掛け下さい」

 竹下は徳人に目配せすると奥の部屋に引っ込み、所轄に連絡をした。

 何か事件に関係しているのか確認している。竹下は奥の部屋から顔を出し、徳人を呼んだ。

 「相川、今所轄から車が迎えに来るから、お前も一緒に乗って行ってくれ。不安だろうから最初に応対したお前が付き添っていれば安心するだろう。何か分ったら連絡してくれ」

 「分かりました」

 徳人は、八十歳の秋元タキと一緒に荒川署に行った。タキは緊張した面持ちで少し震えていた。確かに一般の人が覆面パトカーといえ警察車両に乗ることは殆どない。徳人はタキに「大丈夫ですよ」と、微笑んで見せた。タキは、交番から十分程の一軒家に一人で住んでいた。夫の武と蕎麦屋を営んでいたが、五年前、武が八十三歳で死去した後、店を畳んだ。子供もいず、それから一人暮らしだった。荒川署の会議室に通されたタキの隣に徳人が座った。本当は、離れた所で見守るつもりだったが、タキが徳人の方を不安そうに見るので、地域課係長の佐々木譲が苦笑いを浮かべ、徳人に隣に座るように言った。

 「この五百万円は、どこで拾ったんですか?」

 佐々木がタキに聞くと、タキは困ったような視線を徳人に向けた。

 「私、拾ったと言いましたかね?」

 タキは確認するように言った。徳人は、頷いて見せた。

 「ああ、ごめんなさい。交番に行った時、焦ってしまって」

 「いいんですよ。誰でも五百万円も見たらパニックになりますからね。で、何処で見つけたんですか?」

 徳人は、タキに優しく聞いた。タキは完全に徳人の方を向き、話し出した。

 「今日、お昼の食事に稲りずしでも買ってこようかと思って、玄関に行くと三和土に大きな紙袋が落ちていたんです。うちは店を畳んだけど、玄関は店の横にあるんです。たまに、旅行案内や雑誌の封筒が投げ込まれるので、またかと思いつつ中を見るとお札が見えたんです。勿論、触っていません。それで、慌てて相川さんのいる交番に行ったんです」

 「えっ、私の事を知っているんですか?」

徳人は一瞬驚いた、俺はこの人を知っていたかなと。

 「いえ、ごめんなさい。いつも交番の前を通ると気を付けてと声を掛けて下さるので自然に名前を覚えてしまって」

 緊張していたタキもちょっと微笑んだ。

二人を見ていた佐々木が声を掛けた。

 「では、このお金に心当たりはないんですね?」

 「はい」

 タキは今度は佐々木に向き合ってハッキリと答えた。

 結局、このお金の出所を所轄の窃盗係が調べることになった。詐欺などに関係しているのではないかと。

 徳人はタキを家に送る前に惣菜屋に寄って、稲りずしを買った。

 「ご協力ありがとうございました。お昼ご飯が遅くなってしまって。これは私からのお礼です」

 「いえ、相川さんにはご心配をお掛けして」

「それより、家に入ったら戸締りをしっかりして下さいね。私も周りの見守りを強化しますからね」

 徳人はタキを家に送ると交番に戻り、竹下に逐一報告し、報告書を書いた。竹下は報告書を読みながら言った。

 「現金を家に放り込まれた理由が分からないと不安だな。窃盗係も周辺を調べるだろうけれど、我々も巡回の時マメに秋元さんの家を監視することを夜間の交代の者に通達しておこう」

 「私は明日非番ですので、今夜は秋元さんの家の前で張り込んでいますよ」

 「いや、休みはちゃんと取らないとな。警察も働き方改革には煩くなっているから」

 「大丈夫です。朝になったら部屋に戻って寝ますよ」

 その日の夜半、徳人がタキの家に忍び込もうとした犯人を逮捕した。犯人の篠田肇は墨田区の留守宅で五百万円を盗んだところを隣人に見つかり、慌てて逃げ出し、一時封筒を隠そうとして、タキの家の郵便受けに入れた。蕎麦屋は閉店して表戸も閉まっているので無人家屋と思い込み、夜中に取りに来る予定だった。もし、篠田が家に入り、タキと鉢合わせになっていたら、大変な事になっていた。徳人は図らずも犯人逮捕で警視総監賞を貰った。半年後、徳人は警視庁機動隊に移動となった。それでも徳人は交番を懐かしく思い、非番の時にはタキや子供達に会いに来ている。 

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