第二十三話 一陽来復
「葉、すぐに治しますからね……」
リンは目隠しを外し手をかざし、葉の傷を治していく。折れた骨も潰された内臓も治り、葉がゆっくりと瞼を開ける。涙を流しているリンに「もう大丈夫だよ」とこぼれるような笑顔を見せる葉。
リンは葉の頬にそっと触れ、リンの額と葉の額を合わせる。
「僕はもう大丈夫。彩の傷を治してあげてくれるかい」
リンは葉の額に優しくくちづけをし、彩の治療に入る。
「お嬢さん……」
この声は……リンさん?
彩が薄っすらと目を開けると、白と紫の宝石のようなキラキラした光が入り込む。
「綺麗……」
「リン、綺麗だって。よかったね。彩、僕もそう思うよ」と葉。
「うふふ。ありがとうございます」
リンは照れくさそうに頬をピンク色に染め、ふにゃとした笑顔を見せる。
その宝石のような光はリンさんの目の色。光の加減で濃淡が変化し、同じ紫色なのに虹のように何色にもみえる美しい瞳。
「彩、具合はどう?」
「葉くんこそ、大丈夫なの?」
「僕はリンの治癒の力でご覧の通り元気だよ」
葉はニコニコしながら両腕をブンブンと振りまくる。
リンはぷくぅと頬を膨らまして「こら、まだ完治はしていませんのよ。大人しくしていなさい」と葉の袖を掴む。
「あ……ごめんよ、リン」
葉は沈んだ顔で肩を落としているとリンはクスクスと笑いながら優しく頭をポンポンと撫でる。
「リンさんは治癒能力が使えるんですね」と彩。
リンは頷き、優しく微笑む。
「リンは特別な種族でね。この光った紫色の目が治癒をしてくれるんだけど……この目を食べると不死身になれるという間違った噂が流れていて。リンの種族はそのせいでほとんどいなくなってしまったんだ。そういう理由でリンは常に目を隠しているんだよ」
「人魚伝説みたいな……」
「人だけでなく妖モノも自分の都合よく解釈して……そして思い込むんだ……」
葉は下を向き悲しそうな顔を見せるとリンは葉を優しく包み込む。
どの世界にもそういう人はいるんだなと思うと途轍もなく悲しくなった。
部屋の空気が重苦しい雰囲気になり、それぞれが思いにふけっていると……その雰囲気に耐えられなくなった雪女が部屋中に美しい結晶の雪を降らしはじめる。
雪をみて雪女のことを思い出す彩。
「そうだ! 雪さんは?」
「アタシはここだよ」
彩はキョロキョロと部屋を見渡すが、雪女の姿は見えない。
「え? どこ?」
小さな雪だるまが彩の服をツンツンと引っ張っている。
「え? 雪だるま? まさか、雪さん?」
「今は力がなくてこんな様さ」
雪女は掌サイズの雪だるまの姿になっている。
「バニラアイスはね、彩が心配でずっと傍にいたんだよ」
「心配なんかしてないさ。こいつの力を奪ってはやく元の姿になろうとしただけさ」
雪女は口をへの字にしてフンっと反対方向に顔を向け、腕組をする。
「ツン……」と金平糖が言うと。
ゴンっ! 雪女の氷の塊が金平糖の頭の上に落ちる。
「てぇ……地味にいてえ」と金平糖は半べそをかきながら頭をなでる。
ピーーー。とヤカンの沸騰した音が鳴り響く。
「そうだ! 薬湯を作ろうとしてお湯を沸かしていたんだった」
リンと雪女は大慌てで台所へ急ぎ走っていく。
「あの、葉くん」
「ん?」
「お手洗いはどこかな?」
「ああ。えっとね、案内するよ」
「ありがとう」
彩と葉が部屋を出て廊下を歩いていると
ドンガラガッシャン。台所の方で大きな音が聞こえてくる。
「あー。ちょっと見てくるね。お手洗いはその突き当りを曲がった一番奥だよ」
「わかった。ありがとう」
少し薄暗い長い廊下を歩いていると窓から三枚の桜の花びらと黄金の羽根がヒラヒラと落ちて真っ暗な部屋の小さな隙間に入っていく。隙間から部屋を覗くと部屋の中から小さな光が見える。
彩はその光が気になって部屋の襖を少し開けると、数えきれないくらいの呪符が部屋中に貼られ、何重にも重ねられた陣が書かれていた。その中に人と思われる若い女性が磔のような形で封印されていた。
え? なにこれ?
「彩! 場所わかったー?」
台所の方から葉が声をかけてくる。
「うん、場所わかったよー」
今のは見なかったことにしよう……。
ずっと気になっていたことがある。
葉くんは本当に人間なのか。
いつも片目を隠しているのも気になる。
あとどうやってあの妖モノたちを浄化したのか。
そして……本当に味方なのか。
彩は手洗いを終え部屋に戻ると、まるでお茶会のようなに机にたくさんのお菓子が並べられていた。
両手にお菓子を握りしめた金平糖が「おそかったな」と言うと、雪女が金平糖に体当たりをする。
「コン、失礼なことはいうもんじゃないよ」
「あ! いや! そういう意味でいったんじゃ」
「まあいいから。お茶にしよ」
雪女はニコッと笑い手招きをする。
庭をよく見ると桜の木々が並んでおり、桜が満開に咲き花びらが舞っている。桜の木の下には秋桜が咲き乱れ、蛍が飛び交い、雪が降っている。
今は夏なのに……ここには四季がある?
桜の木の下には猫の仮面を被った黄金の翼を生やした妖モノが立っている。空を見上げると、さっきまでの雨が嘘のように雲一つない天色になっていた。
彩は翼の妖モノが少し気になり、妖モノがいた場所をみるが既にいなくなっていた。
「あれ? 君は新しい妖モノかい?」
声がする方を向くと、頭から角を生やした人間のような生き物が胡坐をかいて縁側に座っている。
「えっと。私は……人間です」
「あ? マジ? ごめん。悪気はないんだ」
「テンテン! 来てたんだ!」
「葉、その呼び名は……。えっと、はじめまして。俺は天邪鬼です。えっと……人間からは鬼って呼ばれる存在かな」
鬼? 桃太郎に出てくるような鬼? それにしても……小柄……子供のような……。
「はい! 子供ではありません。小鬼っていう小柄な鬼で立派な大人です」と天邪鬼はニヤリと笑う。
あれ? 心を読まれちゃった?
「彩、さっきの戦いで日本刀になっていたのがテンテンだよ」と葉がやってくる。
「あ! さっきの!」
「ん? あの場にいたのか?」と天邪鬼。
「ワンタンが憑依していた女の子だよ」
「あ~! 葉、いつの間に新しい仲間が出来たんだ?」
「えっと……仲間では……」
彩をチラリと見て寂しげに笑う葉。
「なんだ? 仕方ないな! お嬢ちゃん! 葉の仲間になってくれないか。絵もいるけどあいつは小学生だし頼りないからな」
「テ、テンテン……」
「仲間?」と彩。
「そうだ! こいつはいつも一人で抱え込みすぎる。だから同じ人間で俺たちが見えるお前に葉の仲間になってほしいんだ」
「えっと……」
彩は状況が読み込めず沈黙してしまう。
「はい! 今の話はなし! とりあえずお茶にしよ」
葉は仕切り直し、みんなでお茶会という名の宴会をはじめる。
しばらくして、舟をこぎ始める彩。そんな彩を見て、彩の横にリンがさっと寄り添う。
少し眠いな……。
「あんな力を使って……疲れているんですよ。ゆっくりおやすみなさい」
リンが彩の頭を優しく撫でる。
う……ん? 私寝ちゃったんだ? みんなどこだろう?
それにしてもなんかモヤモヤと霧っぽい? 寝起きだからかな?
「お~い! 誰かいないの~」
彩は部屋を歩き回るが誰もしない。
さっきの部屋なら? 封印された人がいた部屋に向かうと人影が見える。
あれ? 葉くん? と誰かが話している?
「葉くん?」と何度声をかけても返事がない。
これは……夢?
「羽衣……。あの力は僕が受け継ぐって話になったじゃないか」
「これ以上、言葉に迷惑はかけられないわ。だからあの子に……」
葉は大きな声をあげて衣の胸ぐらをつかむ。
「話が違うじゃないか……。僕はもう……あんなことになるのが嫌なんだ!」
声を荒げ立てる葉。
女性らしき人と葉くんが揉み合っている?
「……や?」
彩はハッと目を覚ます。
彩は宴会が行われている隣の部屋の布団の中にいた。隣の部屋からはどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
「はい!」
「うなされていたよ、大丈夫?」
そこにはさっきとは違う、いつもの優しい葉くんがいた。
「うん、大丈夫。葉くんは大丈夫?」
「ん? なにが? 僕は元気だよ?」
「あ、そっか。ならいいんだ」
「そうだ! 彩に言いたいことがあったんだ!」
葉は告白でもするように、前のめりになって彩の顔をじっと見つめる。
「え? なあに?」
「彩、これからも僕の友達でいてくれるかい? あと迷惑でなければ僕のやっている妖モノ関連の仕事を手伝ってほしいんだ。あ! 安心して! 今日みたいなのは特別だと思って。通常はここまでのことはきっと起きないから……だから……」
葉は不安げな表情で彩の様子を伺う。
「葉くん、私も友達になりたい! あと、私も一緒にそのお仕事やってみたい」
「彩! ありがとう。助かるよ。あらためてよろしくね」
葉と彩は握手をする。
「こちらこそ、色々とよろしくね」
葉は眩しいくらいのキラキラの笑顔を見せる。
「君と僕がみている世界の色が同じで、すっごく嬉しいよ」
「うん! 私もだよ」
桜の花びらが部屋の中に入り舞っている。
私と葉くんにしかみることのできない世界の色……それは……言葉にできない世界の色。それは出逢ったモノ同士にしか創り出せない、見ることが出来ない特別な色。
――出逢いで世界の色は変化する。
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