第九話 舐犢之愛
ガシャン! 何かが割れたような音がし、バサァ! と翼のような音がしたかと思うと彩は黄金の翼が生えた妖モノに抱きかかえられ空に浮いていた。
翼を生やした妖モノが手を上げ振り下ろすと、ドンっ! と大きな雷鳴とともに閃光が走りぬけ地面が揺れる。
「え? 何が起きているの? あなたは……誰?」
彩を抱えている猫のお面を被った妖モノは「すまないね……」と言い、彩を眠らせる。
翼の生えた妖モノが静かに降りてきて、真っ黒に焦げで煙を上げている二体の妖モノたちに特殊な水をかけ、その妖モノたちを浄化させる。彼らは砂のようなサラサラした形となって消えていく。
「ヨナさま」
「ヨナさまだわ!」
「助けていただき、助かりました」
「ありがとうございます」
彩を守ろうとした妖モノの正体は大天狗のヨナ。妖モノたちはヨナを囲い泣き噦る。
「んんん? にゃ、にゃ、にゃんで君がここにいるのかにゃ?」とメイド服を着た人の姿に猫耳と尻尾を付けた妖モノが木の上から声をかける。
「月兎……お前こそ何故ここに……」とヨナは猫耳の妖モノに問いかける。
「ちょい待てい! よくみて! ぼくは猫耳っ子だぞ。兎じゃない、猫だもん」
月兎はハナの目の前にジャンプしておりてきて、自分は猫だと言わんばかりに招き猫のポーズをしてみせる。
「兎はここで何をしている」
「だから、ぼくは猫だってば! それよか、ヨナくんこそ何してるん?」
「葉に呼ばれて、こちらに来ただけだ」
「ふーん。衣のところじゃないんだ?」
「衣?」
「うん。ヨナくんが抱っこしている子のこと」
「この子は衣ではないぞ」
「え? マジ? うーん。言われてみればオーラが少し違うかな?」
「この子に何の用だ」
「あー衣が戻って来たっていうから会いに来たんだよ」
「この状況が会いにか?」
「今日の君はよくしゃべるねー。そうね、会いにではなく連れ去りにが正しいかにゃ」
「では、この子は衣ではないから帰るということかな」
「うんにゃあ。まあ雰囲気が衣っぽいし、連れて行こうとは思ってるにゃん」
月兎は彩を頂戴とニコッと笑い両手を差し出す。
ヨナは彩を妖モノたちに預け、彩と妖怪たちを守るように水の結界を張る。
「月兎よ。紙人形はともかく、人の亡骸を使うとはどういうことだ」
「だって死骸を使った方が楽だもん」と自分は何も悪いことをしていないという様子を見せる月兎。
「人間を使うのがタブーなのは知っているだろう」
「えー月兎、お月さまの住民だからわっかんなーい」とニコニコしながら高い声で可愛く振舞う月兎だったが、突然別人になったかのように目に角を立て恐ろしい目つきになったかと思うと低い声で「それよりさぁ、ぼくの愛する可愛い子供たちを殺してくれたねぇ。どう責任取ってくれるのかなぁ?」と言い、戦闘態勢に入る。
そう。月兎の正体は夜空に見える月にいる餅をつく兎のことである。当然月から来たのではなく、妖力の強い泉に何百年もの間反射し続けた偽りの月から生まれた兎の妖怪、それが月兎である。本来の姿は白い兎であったが妖力の強い泉に浸かり続けたため変身能力や自分の妖力を使うことでモノや人を操ったり、モノに妖力を込めることで物体を創り出すことが出来るようになったのだ。
「じゃあ、月に帰ってもらおうかな。モチモチぴょんぴょんくん」
金平糖は葉に憑依し、犬神という大きな獣の妖怪となったワンタンの背中に乗って空からおりてくる。葉は薄ら笑いをしながら月兎を見下ろす。
「私の名前はツキトであって、そんなふざけた名前ではない! みんなまとめて殺してやる」
「お前の目は節穴か? あー兎の目だから俺らが見えていないのか」と葉に憑依した金平糖が月兎を小馬鹿にし「そうか、兎様は俺や狐がいるってのに勝てると思っているのか、それは面白い」とワンタンが月兎に噛みつこうと牙をむき出しにして大きな口を開けている。
「ふふ。あなたの他のお仲間はもういないわよ」とリンは森全体に毒性の鱗粉をまき、月兎の仲間たちを麻痺させたのである。リンは蝶の姿から人の姿に変化をしながら空から降りてくる。
「狐ども奴が! いつもいつも邪魔ばかりしやがって!」と月兎は地団駄を踏む。
月兎は変化していた猫耳が本来のウサギの耳に変化し、全身が毛むくじゃらの巨大な兎の姿に戻る。そして隠していた鋭い爪と牙を剥き出しにして毛を逆立て怒り狂う。
ワンタンは尻尾を地響きが起こるくらいに地面に強く叩きつけ、威嚇をする。
「ダイくん! じゃない、ヨナくん! 来てくれたんだね。……彩のことも守ってくれてありがとう」と葉。
「お前に呼ばれたからな」とヨナは猫の仮面を取りながら優しく微笑む。
「そうだ、ヨナくんを呼んだのはね、例の封印の件について聞きたいことがあってね」
「そういうことか、わかった。後で話そう」
「そうだね、今はモチぴょんくんをどうにかしないとね」
「ああ」
葉は手鏡を出し「命変刀」と唱える。すると手鏡が刀に変化する。
「リン、頼むよ」
「はいよ」
リンは葉の刀に憑依し、刀は紫色のオーラを放ちはじめる。
葉とヨナは背中合わせになり、葉は刀を構え、ヨナは水球を大量の水球を作り出す。葉が月兎に向け刀を一振りするとカマイタチが放たれる。月兎が軽く避けると今度はヨナの水球の弾丸が放たれ、またピョンピョンと避けきると目の前にワンタンが大きな口を開け噛みつこうとする。月兎は咄嗟に後ろにジャンプをするが葉の刀で背中を切られてしまう。
「いってぇ……ってこれなんだ……よ」
月兎の声が小さくなっていき、そのまま千鳥足になったかと思うとその場に倒れ込んでしまう。
葉の刀はリンの能力、呪いの毒が纏っているのである。リンは生と死をもたらす能力を持っている。そのためその毒が肌に直接触れたりカマイタチが掠っただけでも毒に侵されてしまうのだ。
葉とヨナは再び背中合わせになり、葉は妖怪封じ用の札を出し、ハナは結界を張るための大きな水球を作り出す。葉の妖怪封じとヨナの水球が月兎目掛けて飛んでいくが、当たる寸前のところで妖怪封じは破られ、水球は蒸発していく。そして葉と金平糖の憑依が解除させられてしまう。
そこに琴の音色と共に大量の桜の花びらを纏った辻風が吹く。
「寄ってたかって私の愛する子をイジメないでもらえるかな?」
月兎の目の前に黄金の長い髪を靡かせ着物に織物を羽織った美しい男性と黄緑色のゆるふわの髪をフワッとさせミニスカートのカラフルな着物を着た女性が現れる。
「シン……と」とヨナは言葉を詰まらせると。
「やあ! 文月ちゃんだよ!」と文月はダブルピースでアピールをする。
「文姉さん!」
葉は驚愕した表情で叫ぶように文月の名前を呼ぶ。
「葉。今の私は文月なの! 昔の名前で呼ばないで! それに葉とはもう家族じゃないし」
文月は両腕を組み頬をぷくっと膨らます。
「文姉さん、帰ってきてよ……」
「葉。これ以上私を怒らすと容赦しないからね」
「文姉さん……」
「あーもう頭に来た!」
文月は腕を真っすぐに伸ばし、人差し指で文字のような陣のようなものを描きはじめる。
「文月。止めなさい。余計なことをすると……わかっているね」
文月は描くのを止めシンの腕にギュッと抱き着き、葉を鋭く睨みつける。シンはそんな文月の頭を優しく撫でる。
「やあ、ヨナ。久しぶりだね」
シンは穏やかに微笑み、ヨナは険しい顔で二人を凝視している。
「何故お前たちがここに……」
「言うまでもないだろう、衣を探しにね」
「衣はもう……」
「そうはいうけれど、衣の力が使われたと聞いてね。彼女の力は妖モノたちを滅ぼしかねないからね。現にここらへんは黒い妖気を感じないようだし」といってシンは彩をチラリとみる。
「彼女が衣でないことはわかったよ。我が子たちが勘違いをしてしまったようですまないね」
ヨナは眉間に皺をよせ、シンを睨み続ける。
「そんなに怖い顔をしないでおくれよ。何もしないから。この子を連れて帰るよ。あ、でももし衣の存在や衣の力を感じることがあれば、その時は……ね」とシンはニコッと笑う。
「それで……君は言一族の長だね? その見た目は……無理のし過ぎはよくないね。それにその痣があると言うことは……君が転生者で記憶保持者ということか。あの時の対価はまだ払いきれないんだね。過去の言葉の呪いはいつまで続くのかね。可哀そうにね。だからあの時、私の助言を聞いていればよかったのに。ああ、対価は君もだったね、ヨナ」
シンはニコニコと微笑んでいるように見えるが目が笑っていない。
葉の左目が赤色に変化し、全身からオーラのようなものを放ちだす。葉を守るように金平糖とワンタンが本来の姿、妖気を纏った怪物のような姿となりシンの前に立ちはだかる。ヨナは上空に雨雲を呼び寄せ、晴れていた空が大嵐に変化していく。
「おっと、長居をし過ぎたようだね。それでは私は帰るとしようか」
シンは月兎の腕を掴み、微笑みながら手を振る。
琴の音色と共に大量の桜の花びらを纏った辻風が吹き、シンと月兎の姿が見えなくなる。
「くそぉ、逃げやがたな」
「次に現れたら噛み殺してやる」
金平糖とワンタンは通常の大きな妖怪の姿に戻っていく。
そして空の嵐は消え去り晴れ渡った空に戻っていく。
「葉、大丈夫か」
ヨナは水の玉で作ったベッドの上に葉を寝かせる。
「ありがとう。うん……だいじょう……」
葉はそのままぐっすりと寝てしまう。
「今はゆっくりお休みなさい」
リンは蝶になり鱗粉をまき、葉を眠らせる。
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