9話 デビュタント
「クリスちゃん、明日のドレスの最終チェックをするわよ」
母のエレンはクリスの手を取ると屋敷へと向かった
明日はクリスのデビュタントの日だ
ルガード国では12歳から15歳の間に社交界デビューするのが一般的だ
クリスは今年15歳なので、ぎりぎりになってしまった
それというのもクリスは普段、オルドリッジ家にいない
オルドリッジ家どころか、このルガード国の首都にすらいない
魔法使いとしての修行のため、魔獣のエリザベスとヴァレンタインに弟子入りしているのだ
クリスは魔法使いとして強くなるため
ヴァレンタイン達はクリスを美味しくするため
お互いの利害が一致しているので、今このような生活を送っているのだ
クリスとしては自分が強くなれば美味しくなりヴァレンタイン達に食べられてしまうので、弟子入りしての修行は自殺行為ではないだろうか?と思ってしまう
だが父のリチャードは「それは置いといて、修行をしよう」と言うのだ
それに3年間ヴァレンタイン達と共に生活をしていて思ったが、ヴァレンタインの「食べる」も本気か怪しくなってきた
ともあれ、明日はデビュタントの日だ
しかもルガード国の王女もデビューするので、普段のデジュタントより格段に規模がでかい
近い年頃の令嬢の中には王女と一緒にデジュタントを迎えたくて、わざわざ時期を遅らせている者もいる
クリスは遅らせた訳でも遅い訳でもないが、たまたま一緒になってしまった
だが母のエレンの気合は凄まじい
侯爵家の令嬢として、また王女と一緒にデビュタントを迎える為、エレンはこのデビュタントに心血を注いでいたのだ
「もう!何でこんな直前に魔獣討伐に行くのよ
ヴァレンタインくんもよ?怪我でもしたら大変でしょ」
「怪我は舐めれば治る」
これはふざけているのではなく、本当にエリザベスやヴァレンタインが舐めれば軽い擦り傷などはすぐに治ってしまうのだ
エレンにぐいぐい引っ張られているクリスの後をヴァレンタインは付いて来ている
「ヴァル、どこまで付いて来るの?」
「餌が取られないか見張ってなきゃな」
「誰も食べないわよ」
そんな事を言っているうちに、部屋に着いてしまった
さすがに今からドレスを合わせるのに、ヴァレンタインが同席する事は出来ない
「あ、ヴァレンタインくんは隣のお部屋に行っててね」
エレンはそう言うとクリスを連れて部屋へと入っていった
一人廊下に残されたヴァレンタインは仕方なく、エレンに言われた通り隣の部屋へと入って行くのだった
♪♫♬ ♬♫♪
広大な敷地の王宮の中でも、最も広いホールでデビュタントは執り行われる
デビューする令息にエスコートされ参加する令嬢や、婚約者や兄弟などにエスコートされる令嬢達が続々と集まって来ていた
令嬢達は顔見知り同士で集まり、お喋りをしている
「お聞きになりました?
今日のデビュタントにクリスティーナ様も参加なさるそうですわ」
「あの魔法使いの?」
「そうですわ」
赤髪の令嬢は扇で顔を隠してはいるが、明らかに嫌悪感を抱いている事がわかる
「まあ、今年のデビュタントはヒラヌル王女も参加されるというのに…」
「本当に!
魔法使いなんて薄気味悪いですわ」
「そのような方をエスコートされる人なんていらっしゃるかしら?」
「確か兄上様がいらっしゃいましたよね?
兄上さま以外、誰もエスコートをして下さる方なんぞおりませんわよ」
そんな話しを聞きたくもないのに聞こえてしまっている3人の令嬢がいる
「何もご存知ないのね
オルドリッジ侯爵家がいなければ、このルガード国は魔獣によって滅ぼされていますわ」
「そうですよね
オルドリッジ侯爵家は国王陛下も一目置かれていますもの」
「それに魔法使いってすごいじゃないですか
羨ましいですわ」
「ええ、本当に!」
あちこちでこんな会話が囁やこれていると、会場がざわついた
人々の注目は会場の入口に集まっていた
そこにはシンプルだが揺らめく真っ白なドレスを身に纏ったクリスと黒の礼服を着たヴァレンタインがいた
普段クリスは絶世の美女・エリザベスと一緒にいるので目立たないが、誰が見ても可愛らしい容姿だ
金髪は緩く結い上げ、ティアラが輝いている
ヴァレンタインは超絶イケメンなので、シンプルな礼服であっても目立ってしまう
ヴァレンタインにエスコートされクリスは会場に入る
「もう、ヴァルがイケメンだから目立っちゃってるわ」
「当然だ」
クリスはエスコートは兄のエイブラハムがすると思っていた
だが、母のエレンはヴァレンタインに白羽の矢を立てた
「可愛いクリスちゃんにヴァレンタインくんはお似合いよ」
なんて笑顔で言われた
「お母さま!ヴァルにエスコートなんて無理です」
クリスがそう反対したが
「俺を誰だと思っている?
エスコートぐらい出来るぞ」
「えっ?」
まさかヴァレンタインがあっさり承諾するとは思ってもみなかった
「ヴァル、いいの?」
「別に構わない」
マジですか?
絶対にヴァレンタインに自分は不釣り合いだ
ヴァレンタインにはエリザベスのような美女がお似合いなのに
クリスは普段エリザベスを見ているので目が肥えてしまっているが、クリス自身も目立つ容姿だ
クリスに自覚はないが、かなり可愛い
ヴァレンタインと並んでいれば、実はとってもお似合いなのだ
エレンの目に狂いはなかった
だがヴァレンタインはクリスに注目が集まるのは面白くない
変な男が寄ってきたらどうしてやろう
喰ってやろうか?
などと物騒な事を考えていた
「クリス!」
「ヘレナ!」
先程、魔法使いが羨ましいという会話をしていた3人はクリスの傍に来て声を掛けた
実はこの3人とクリスは幼い頃からの友人だ
年齢も同じという事もあり、とても仲が良い友人達だった
「お久しぶり」
「本当に!」
3人はヴァレンタインをチラチラ見ている
クリスは「ああ」と気が付いた
「ヴァレンタイン・リアム・レイメントよ」
とヴァレンタインを紹介した
「は、初めましてヴァレンタイン様」
「「初めまして」」
3人は顔を真っ赤にしながら挨拶をした
「初めまして、お嬢様方」
ニッコリ微笑むヴァレンタインは14〜15歳の女の子には刺激が強すぎる
「クリス!貴女隅に置けないわね」
3人はきゃーきゃー言っている
「魔法使い仲間よ
外国の方なの」
「まぁ!魔法使いなんですか?素敵!」
3人は更にきゃーきゃー言い出した
周りの貴族達は聞き耳を立てている
すると王女の入場が告げられた
皆、一斉に入口に注目した
助かったわ
注目が自分達から離れて、クリスはほっとした
入口からはベルナルド皇太子にエスコートされたヒラヌル王女が入場した
ベルナルド皇太子もヒラヌル王女も黒髪で茶色の瞳だ
国王の血を濃く受け継いている事が伺える容姿だ
白のドレスにレースを贅沢にあしらって、更に宝石も散りばめられている
ティアラも宝石が輝いていた
いよいよデビュタントが始まる